2.新しい縁談話
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ピオニー家は魔王討伐後に叙爵し、そこから商才によってそこそこいい家門になった。
四天王を討伐したあたりから王族と貴族のあり方が少しずつ変わっていき、ついていけない家門がある中でピオニー家は見事に適応した。
事業での功績もありピオニー家は男爵から子爵になっていた。
爵位は低いもののその資産はかなりの物で、昔ながらの考えが捨てられない高位貴族は、クロエの持参金目当てに縁談話を持ち込む。しかし、結果は惨敗。
当然だ。貴族に溶け込めないクロエと、昔ながらの考えが捨てられない貴族の子息と合うはずがない。
クロエは、最近では弟が婚姻する前に修道院に入ろうかと本気で考えている。
キセル、エディ。すまない。ダメな姉がこの家に迷惑をかけてしまって。
クロエは、心の中で二人の弟に謝る。
爵位を貰ったことはクロエの功績だが、それを大きくしたのはキセルの努力の賜物だ。
クロエはキセルに対してとても申し訳なく思っていた。生き別れて姉らしいことを何一つしてあげられなくて、その上、生まれ変わっても家門に泥を塗っている。
どうしたものかと、クロエは頭を掻いた。勇者としては優秀でも貴族としては劣等生だ。勉強ができても立ち振る舞いはどうしようもできない。
「クロエ、また、見合いがダメだったのか?」
父の部屋に行くと怒った様子もなくそう聞いてきた。
一般的な貴族の家だったら間違いなくクロエは強く叱責されている。
クロエの父は傲ったところがなく優しく、基本的に家族を大切にする。
かと言って甘やかすわけではなく、厳しいところは厳しい。クロエの性質を知っていても父は抑圧することはなく尊重した。
見合いがうまくいかない事を父は怒らないので、クロエの良心はいつも痛んでいた。
「はい。申し訳ありません」
クロエは怒る様子もない父を見て謝る。
「お転婆だから仕方ないな」
ちなみに断られた理由はお転婆だったからではなく、たまたま入ったカフェで店員に対して横柄な態度を取ったので注意したからだ。
注意した時、見合い相手は顔を真っ赤にさせて何か言っていたが、クロエは覚えていなかった。ついでに顔も覚えていない。
『だから、時代に取り残されて落ちぶれたんじゃないの。本当は私のことだって馬鹿にしているくせに持参金は欲しいって乞食以下じゃない』
かなり辛辣なことをクロエは言い返した。
『なんだと!?』
殴られそうになったが、咄嗟に組み敷いて頭を何発か殴ったがクロエはあえて言わなかった。
「……」
クロエはあの時の事を思い出して黙り込む。
たぶん、相手に注意しなければお見合いはうまくいっていた。我慢ならなかったのだ。
前世で苦い思いをたくさんしてきたから。
「ピオニー様も幼い時はとてもお転婆で、その頃から美しかったようだ」
だから、大丈夫だと父は笑った。
絶対に違うと思う。
クロエはどんな表情をしていいのかわからず俯く。
ピオニー家の男は総じて夢みがちで、英雄ピオニーの事を本気で女神かなんかだと思っているように見える。
現実を教えるのは可哀想なのでクロエは何も言わないけれど。
「クロエは、ピオニー様に似たんだな」
「……」
父には認識障害があるのかもしれない。
クロエは、壊れたおもちゃを見る子供のような表情を父親に向けた。
「大丈夫さ。クロエは素敵な男性と幸せになれるさ」
楽観的な言葉にクロエは、後どれくらい父は怒らないで我慢してくれるのだろう。と、考えた。
見合いがダメになるたびに理由をちゃんと知っているのに、怒らず優しい言葉をかけてくれるあたりが彼の性質なのだとクロエは思った。
英雄の家系である自分や家族を誇りに思っている。
懲りもせずに縁談話が持ち込まれたのは1ヶ月後だった。
「クロエ、新しい縁談が来ているんだけど」
「え、またなの」
これで何度目だろうか、クロエはげんなりしていた。
それほどまでに、ピオニー家と縁続きになりたいという相手側の思惑が見えてくる。ようは金目当てだ。
だが、そんな相手とはうまくいくはずがない。表面だけ取り繕ってもすぐに内面はわかってしまう。
「そんな顔しないでくれる?」
父はクロエの反応に困った顔をする。
彼はなぜクロエを貴族と結婚させることに固執しているのだろう。
「直接挨拶に来てくれてね。印象がよかったよ」
クロエは、直接挨拶に来た。という話を聞き少しだけ驚く。
今までは、見合いとはいえ、自ら父に挨拶をしに来た者が一人もいなかったからだ。
「直接ですか?」
「そう、直接来たんだ。物腰も柔らかかったよ」
父はその人のことをとても気に入ったようだ。
そのせいか、クロエも少しだけ興味を惹かれた。
「どなたです?」
「ノイン家の嫡男だ」
ノイン家と聞きクロエに衝撃が走った。
あそこは伝統のある家だ。
「ノイン家って確か侯爵ですよね?」
なぜノイン家から縁談話が……?
クロエは、驚きと戸惑いが隠せなかった。
ノイン家は、伝統のある家門だが古い考えを早々に捨てて、小さな領地の特産品と事業で成功をして裕福だ。
「そうだな」
「でも、仕事で隣国に行ったと聞きましたが」
ノイン家の特産品の売りつけのために今の拠点は隣国にあると、クロエの記憶にはあった。
「一度戻ってきて、結婚相手を探しているようだ。あちらの嫡男は成人しているし、早く結婚したいのだろう」
父の説明は確かに納得できる物だった。
しかし、クロエは腑に落ちなかった。
「あら、よりどりみどりでしょうに」
そう、持参金目当ての縁談話にしてはおかしい。
お金なんて向こうだって沢山あるはずなのに、なんで、私なのかしら?
クロエの頭の中は疑問符でいっぱいだった。
まるで、自分が望まれているみたいだ。ノイン家のカディスとは一度も話したことはないのに。
「とりあえず会ってみる?うまくいかなくても、コネができたらいいなって思っているんだ」
父の利益になるのなら、別に受けてもいいか。うまくいかなくても、向こうは誠実そうだし友達にはなれそうね。
「受けてみる。うまくいかなかったら、ごめんなさい」
見合い話を受けたのは軽い気持ちだった。
そいつがとんでもない男だなんてクロエは思いもしなかった。
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