身体が小さいと人を風除けに使いやすかった
ため息が漏れでそうになるが、元々先輩に電話したところでほとんど出ないので、いつもとあまり変わりはないか。
携帯を携帯していないとなんのための携帯なのかが分からない。 先輩のことだ、もしも何かに巻き込まれたとしても大丈夫なのは間違いがないので、連絡がなかったところで心配はしないけれど。
とりあえず、テレビでも見てゆっくり待っていようと付けると、丁度出た番組がよく見知った街、ここ六曜町の観光についてやっていた。
珍しいこともあったものだと思い、先輩が昨日使っていたクッションを抱きしめて、目から下を埋めながらその番組を眺める。
どうやら、地方のテレビ局らしく、それならばたいして珍しいものでもないかな。 と思う。
先輩の匂いが少々していてどこかウトウトしてしまう。
ヤケにテンションの高いゲストと、べっぴんさんの女性が六曜町の観光スポットを巡るらしい。
そんなに観光出来るようなものがあったかな。 首を捻ってみるが、思い浮かばない。
テンションが高いゲストが町人らしい人に話しかけて何かお店の場所を聞いていく感じらしい。 もしかしたら知り合いが映るかもしれないなとワクワクしながら眺める。
それにしても、話しかけた学生の背が高すぎて身体付きが筋肉質すぎてどこかコスプレのように見える。
テレビに出る人は身長が低い人が多いと聞いたことがあるけれど、それとしても話しかけられた学生は背が高い……。 あれ、この学生の服、僕の通っている高校の物と同じである。
ついでに、数少ない知り合いである。
『このお店知ってる? ってすごい筋肉だねお兄さん』
『はは、この町の人はだいたいこれぐらいですよ。
んー? あっ、はい知ってますよ。 知り合いのお店なのでよければご案内しましょうか』
「さらっと嘘を吐かないでください」
思わず突っ込みを入れる。
よく僕の部活に遊びにくる、先輩と勝負するのが趣味の、赤口のライバル(自称)の戦部さんがテレビに映っていた。
あまりの体格に常に半分見切れている戦部さんが、よく見知った道を歩いていく。
『よく行ってるみたいですが、このお店の名物を食べたことありますか?』
『名物……ああ、プロテイン入りのドーナツのことですか。 それならありますよ』
プロテイン入りのドーナツ……あの筋肉の秘密がついに明かされるのか。
『えっ?』
「明かされないんですか!」
どこか噛み合わない会話をしている三人が入っていったのは、これまたよく見知った、近所のお店だった。 土田さんと土田さんの奥さんがやっているお店だ。
『このお店、お店の前に小さい畑があるんですね。 無農薬の拘りお野菜ってことなんですかね』
土田さんが趣味でやっている家庭菜園を見てそんなことを言うが、その植物は野菜ではなく朝顔である。 姫ちゃんが土田さんに変わって世話をしているのでまだ枯れていなくてよかったと思う。
ちなみに朝顔の前はサボテンだった。
ヤケにとげとげした顔の土田さんが、黒いTシャツを着て鉢巻を巻いて出てきた。 それはラーメン屋の格好だ。
そんなグダグダが続き、ついに割と常連さんのはずの僕も知らない県外からも食べにくるという全国的に噂の名物料理が出された。
『これは美味しそうな冷奴ですねえ!」
あのおっさん適当ですね。 なんで豆腐にちょっと置いたり掛けたりするだけの物を名物にしているのだ。 テレビもそんなにネタがなかったのか。
ゲストとべっぴんさんは美味しい美味しいと絶賛していたが、僕はその豆腐に男の文字が入っていたのを見逃すことはなかった。
ダメだ。 全く面白くない。
これ以上知人の醜態を見るのは悲しくなってしまう。
妙に緩くなった涙腺は僕の言うことを聞いてくれそうもないので、見ないようにテレビを消す。
あぁ、人間って悲しい。
とりあえず、お風呂を洗ってお湯を入れよう。
そんなこんなしている内に先輩も帰ってくるだろう。
ピカピカに磨いてしまおうとスポンジと洗剤を手にお風呂場でドタバタしながら洗う。
一通り洗い、洗剤を流すが、まだ先輩は戻ってはこない。
お風呂に湯が張りそれに入って、ゆっくりしていても、まだ戻って来ない。
愛想を尽かして出て行くといったのは、多分考えられない。
お風呂の湯を抜いて、湯冷めしないように厚めのパジャマを装備し、先輩が突如エンカウントしても大丈夫なように軽く上着を羽織っておく。
一応、携帯に着信がないかを確認するがわざわざ公衆電話から電話をかけてくるような人でもないのは分かりきっていたことである。
ついでに時間を確認すると、7時半にもなっていないぐらいで、普通の高校生は夜遅くまで遊び歩いていると聞くので心配やら呆れるやらをするには早すぎるか。
髪も乾かし終わり、何もすることもなくため息でもない小さな息を吐いていると、玄関からピンポンと軽快な音が響いた。
「はい、今行きます」
先輩だろうかと思うものの、違ったら恥ずかしいので先輩であるのを確かめてから睨む。
「遅いです。 携帯も携……んぅ、持ち歩いてませんし」
文句を言うが、先輩はヘラヘラ笑って靴を脱ぐ。 僕の頭を撫でようと伸ばされた手を軽く弾き、玄関から離れる。
「ちょっと色々してて、先輩がいつ帰ってくるのか分からなかったので、買い物に行くことが出来なかったので今から行きます。
少しいなくなりますが、変なこと絶対しないでくださいね」
「はいはい。分かった。 任せとけ」
「絶対、ですからね」
あまり信用出来ないが、流石にデリカシーやら人間性やらが欠如している先輩でも人の家を漁ったりはしないだろう。
自室に戻って、パパッと着替えてしまう。
エコバッグと財布を鞄に入れて、少し急ぎ足で玄関に行くと、先輩が立っていた。
「もう暗いから荷物持ちでもするよ」
先輩が荷物を持ってくれるなら、確かに助かる。 身体が標準よりも多少小さい分だけ積載量が少ないのは確かで、いつもより先輩の食事の分だけ増えるとなれば帰った頃にはフラフラだろう。
明日の分も買おうと思えば持てるかどうかも怪しいぐらいだ。
「じゃあ、お願いしますね」
下げた頭を乱雑に撫でられる。 扉を開けると流れてくる風は、湯で暖まった体にはすこし寒い。
外に出て、空を軽く見上げると横一列に並んだ星があった。
直ぐにあれは星ではなく、空に浮かんだ土地に建てられた家から漏れ出る光であることに気がつく。
家から出て数歩歩くとまた風が吹くが今度はさして寒くない。 横にいる先輩に当たったからか、僕の元にはあまり届いていないらしい。
「寒くは、ないですか?」
僕よりも薄着で僕より風に当たる場所にいるので少し肌寒そうだと思い声を掛ける。
どうやら寒くはないらしく、先輩は不思議そうに僕の顔を見る。
「いえ、寒くないなら、いいんです」
「新は?」
左手で服の裾を掴んでみたら、ほんの少し冷たくて自分の身体がまだ火照っていることを思い知る。
湯冷めしているから寒く思うのかもしれない。
けれど。 と、小さく手を横に動かして見る。
先輩の手に触れることはなく。 自分だけが横に伸ばしていたということが分かってしまう。
「ほんの少し、寒いです。
でも、丁度いいぐらいかもしれないです」
最近、僕は笑うのが上手くなった。
小さく先輩に向けて笑いかけてみると、先輩もいつものにやけた笑顔を返してくれる。
充分だ。 充分である。
言い聞かせるように思って、前に向き直る。
ゆっくりと僕の歩幅であるいても、つまらない道のりは短い。 家からそう遠くもないスーパーには直ぐに着いた。
外観はいつもと変わっている場所はどこにもなく、少し安心する。
「スーパーは変になってなくてよかったですね」
「そうだな。 中身は分からないが……」
先輩が不穏なことを言うが、気にしないようにして中に入る。
綺麗に掃除をされている床は天井の照明を跳ね返し、光を避けるように下を向いても、暗い外との対比で眩しいくらいに明るく感じる。
店内は大まかには変わらない。 不潔を思わせない程度に綺麗で、嫌にならない程度に小さな汚れがある。 端っこにある汚れがたくさんあり、少し気になるのは低い目線だからだろう。
その器量の狭さと身長の低さにため息を吐いて、籠をカートに乗せ、それを押しながら店内を移動する。
「何か、食べたいものはありませんか?」
そんな人任せな質問をすると、先輩は奇怪な形をした野菜を見ながら、興味がなさそうに「なんでもいい」と答えた。
なんでもいいが一番困る。 なんてテレビなどのメディアで聞いたことがあったが、なるほど納得である。
だけれどそれも僕も「なんでもいい」なんて適当に考えていることだから、先輩に文句を付けたりが出来るようなものでもない。
ここ7年程、特に食べたいものというのもなく、いつも「なんでもいい」と適当に作って適当に頬張っていたけれど、先輩相手に適当なものを出すのも嫌だと思えばやはり困る。
いつも見る食物に混ざって陳列されている奇怪な食べ物を眺めたりしている先輩を見つめながら、どうしようと考えだと末に、一つ思いつく。
「気になるなら、それとかを使った料理にしてみますか?」
ふざけたり、面白いと思うものが好きな先輩が喜びそうであると思い提案する。
もし嫌な味わいだったとしても僕にはダメージはなく、先輩が被害を受けるだけだろうし、先輩はそれも楽しみそうである。
「面白いな、それ」
先輩は愉快そうに頷き、一番妙な形をした野菜をぽいとカゴに放った。 それから先輩が気になった妙なものをカゴに詰め込み、会計に向かった。
「袋はお持ちでしょうか?」
「いえ、持ってません」
「一枚5円となりますが、お付けしましょうか?」
とりあえず、「はい」と返事をしながらこくりと頷く。 まさか、いつもはただで付けてくれるこのお店が有料になっているとは……。 持って来ればよかったと少し落ち込みながら、お金を払って食材の入れられたを持っていく先輩についていき、机の上で袋に入れる。
帰ろうと袋を持つと、先輩に引ったくられるに取られてしまう。 正直、助かるけれども悪い気がしてしまう。
行きの時と同じように手を少し横に伸ばしてみるけれど、その意味はなく少し肌寒い風を撫でるだけだ。
「新、寒くないか?」
季節外れの台詞。 その言葉を聞いて、少しだけ間が開く。
春でも、夜の風は冷たい。
「やっぱり、ほんの少しだけ、寒いかもしれないです」
僕の横に出された手に、冷たい風が吹いて冷やすことはなくなった。
暖かい、なんてどこか遠くにいるように考えてから、小さく息を吐き出して、握り返した。