下書き④
辞めるためにはバックレるか揉め事を起こすしかない。そう、渡辺さんに言われ、わたしは愕然としてしまった。そこまでヤバい職場だとは思わなかったのだ。
たかがバイト、いくら辞めないでと言われたって、本気で退職しようと思えばどうにかなるだろう。そう考えていたのに。世の中に常識が通じないと言うか、労働法や刑法よりも会社規則が優先される職場が実在するとは。
過去に同じように、このホテルに恨みを持ったバイト、あるいはパートの人間がいたのだろう。わざわざ、バイトの辞め方の心得まで残していってくれていた。
あれを見るに、本当にバックレか問題を起こすかしないと辞められないのかもしれない。
本当に嫌なところに当たってしまったものだ。文章を書くことを仕事にしたいのに、ブラック企業の募集要項を見抜けないなんて……。
バイトの辞め方のアドバイスに従おうと思ったのだが、辞める際のやり方が、一部分からないでいた。文字の上から、ぐちゃぐちゃとペンで塗りつぶされていて、何が書いてあるのかが分からない。複数人が書き直そうとしてくれた痕跡があるものの、それでも全て不明。
最初のうちはボールペンで軽く消してあった程度なのだろう、推測できるか、まだ読めるかの状態だったのだろう文字も、上からしっかりとマーカーで塗りつぶされている。ボールペンでぐちゃぐちゃと消した上から、マーカーで塗りつぶされているようだった。
忘れ物日誌の予備の紙がしまわれている引き出しの一番下にあった紙だ。あそこはバイトやパートがほとんど管理しているようなものだが、タイミングさえ合えば正社員の人も開けるようになっている。バイトやパートが消えないように、重要な場所を塗りつぶしたのかもしれない。
嫌な攻防を見てしまった。
バックレの際にかかってくる電話の対応。あれは多分、新館六階の客室に忘れ物をした人間から電話がかかってくるけど、自分は新館の担当じゃないから新館の忘れ物は分からない、と言わなければいけないということだろう。
これはまだ推測できる範囲だったが、肝心の電話番号と、最後の一文が分からない。
電話番号なんて、一字伏せられるだけで何パターンも考えられるし、最後の一文は消されている部分が多すぎて全く想像が付かない。
揉め事を起こす方も、同じように肝心の部分が分からない。
守らなければどうなってしまうのか。辞められない、ともなれば、揉め事の起こし損。人間関係が面倒になるだけ。
そう思い、渡辺さんも言っていた、『ホテルのレビューを荒らしてクビにされる』を選ぼうと思ったのだが……。
大手のトラベル予約サイトを開き、ホテルのレビューを見て、ふと違和感に気が付いた。




