死に方生まれ方 後編
そして今、6回目の人生が始まり、同時に終わりを迎えようとしている。
「場所がどこであっても、ましてやまだ生まれる前であっても、あなたは今から48時間以内に死ぬ。ただそれだけのことです」
シノが隣の少女の顔色を伺いつつ続けて話した。
「もう少し具体的に申し上げますと、あなたは胎児のまま死んでしまうんです。ただ、現世の法律と冥界の決まりごととがズレていたりしてこちらでも色々と判断に困りまして……」
少女は少し表情を曇らせながら話す。
「あと、あなたは今回で通算6回目の死を迎えるため、冥界で永住することになる。だが今回は死んだかどうか境界線があいまい……なので特例として、もう一度現世で人としての人生を送るか天国で暮らすか、どちらかを____」
「決まってますよそんなの!現世に行くなんて地獄に堕ちるのと同じようなもの、それはお二人ならよく分かっているでしょう?」
さー…っと私とシノたちの間をそよ風が通り過ぎていく。草原は波打ちゆらゆらと揺れ、ザワザワと音を立てる。
「あなたが現世へ降りるまでまだ時間があります、ちょっとお茶でもしていきませんか?」
シノが帽子を被り直し、私へ手を差し出す。
目を合わせては下を向いて、少ししてまた目を合わせて、でも結局逸らしてを繰り返した。
(私は一体何をためらってるだろう……)
ついて行ってみるべきか?どうせ別に時間の無駄になるだけなのか?
楽しそうだなあ、いや別にそんなことないのか。
耳元で天使と悪魔が囁いているかの如く二つの感情と思考が忙しなく交錯する。
どうしようかどうしようかとしている私を見かねて少女が私の手を掴み引っ張る
「えーい!そんなに迷うんなら行けばいいでしょう!何か不都合がある訳じゃないんだから!」
「ええ…ちょ、ちょっと!」
私は手を引かれるがままにその場を後にした____
私が連れられたのは天国中心部のとある喫茶店。どうやら現世にも同じ系列の店がいくつかあるらしい。
テーブルを挟んでシノと少女が座っている。テーブルの上にはそれぞれ注文したコーヒーやドーナツなどが置かれてある。
「やっぱ抹茶フラペチーノしか勝たん!クリームがあるとなおさら良いな!」
少女は美味しそうにゴクゴクと飲み物を飲む。
「いつもそれ飲んでますよね、今度わたくしも飲んでみましょうかね」
「うむ、もちろんシノの奢りでな!」
「奢りって、私が飲むんですから〜」
少女とシノが笑みを浮かべる。
「そんな、あらやだ奥様〜みたいに言わなくても〜」
「ちょっとちょっと、真似しないでくださいよ!」
2人はあははと笑ってテーブルの上の食べ物を手に取った。
(私だけ会話に置いていかれているような気がするけど、なんだか見てるだけでもなんというか____)
「あ、楽しいんでしょ!」
少女がスッと顔を私の方へ向けた。
「え、なんで分かるんですか?」
「ふふ……まあ、そんな感じの顔してたからさ」
少女が肘をついて頬杖をし私をじっと見つめる。私もじっと、少女を見つめた。
「にらめっこなんてしてると、コーヒーが冷めちゃいますよ」
「シノもにらめっこするか?」
「いえ、大丈夫です」
「すみませんね、どうぞうちらのことなんか気にせず召し上がってください」
「ああ……ありがとうございます……」
カップに指を通してゆっくり口元まで持っていって、ぐいっとコーヒーを飲んだ。うむ、まあまあな時間手を付けなかった分程よい温度になっている。
カップをテーブルに置き、ゆらゆらと映る私を見つめる。
(このまま何もせず天国に住み続けるのもいいかもしれないけど……)
「実はわたくし、元々現世で普通に人間として暮らしていたんですよね」
そう言ってシノが飲み物を一口飲んだ。
「え、そうなんですか?」
「……本当に大昔の話ですけどね」
シノはまた飲み物に口をつけた。
「そ、その、どんな感じの人生だったんですか?」
「どんな感じだったかと言われると難しいですが、全然楽しくなかったですよ。大量の仕事に追われたり、したくもない勉強を嫌々させられたり、自分は何一つ悪くない理不尽なことで責任を負わされたり。とにかくつまんなかったし、とにかく苦しかった」
「やっぱ現世ってロクでもないことばっかりなんですね。なんか聞いて悪かったかもですね」
「……つまんなかったけど、割と幸せでしたよ」
「でも、こんな悪いことばっかり起こってるのに、すごい苦しかったしつまんなかったのにどうして幸せだったと言えるんですか?」
シノと少女がまた微笑み、お互い視線を交わす。
「どうしてかはよく分かんないです、強いて言うなら誰かとこうして笑い合えたり冗談を言い合えてたから、でしょうかね。あと、道を踏み外さず真面目に生きてたとかね。現世にも天国と同じような広い原っぱもあるし……それに美味しいコーヒーだって!」
「シノさん……」
「要するに現世って人や国にもほんの若干変わるとは思いますが、そこまですんごい悪いとこじゃないよってことです」
今まで一人ぼっちで直ぐ現世へ行って、そのまま天国に帰ってばっかりだったから分かんなかったんだ。現世のことも、苦しいことがあっても支え合う存在とかも……
私のイメージだけの現世と本物の地獄が重ねってたから、だからずっと現世のことを悪いことばっかりの場所とかと思ってたのかな……
「あ、あの!シノさん!」
私はテーブルをドンと叩き勢いよく立ち上がった。
「あの、私やっぱりその……」
「その?」
「その……私やっぱり……………に……」
シノは腕時計をチラッと見て、私の方を向き微笑む。
「おっと、もうお時間のようですね。まあすぐこっちへ戻りますからまたそのときに聞かせてください」
「ま、待ってくださ____」
ここは一体どこだ?母親の腹の中だろうか、だがフワフワと浮いているような感じがしない。
ずっしりとしていて、でも何だか柔らかくて……暖かい。
温もりが私を包み込んでいる、目を開けられないからどういう状況か分からないけどとても居心地が良い。
(なんだろうこの感じ、なんか、ここから離れたくない……)
「みんな来てくれたよ、ほら」
この声はもしかして私の母親だろうか。今まで聞いたことのない、とても優しい声だ。
ポタポタと、これはきっと涙ってやつだ。一粒一粒水の塊が私へ落ちてくる。私の頬を伝って全身へその水が回っていく。
今すぐ目を開けたい、泣く必要なんてないよと言ってあげたい、泣かないで私はここに居るから!私をこんなに優しく抱きしめてくれてるだけでも本当に幸せなんだ!産声に出したい言葉が走馬灯のように駆け巡る。
やがて私は熱い炎に包まれ、それから間も無く私は現世を後にした____
どこまでも続く緑の草原の上に真っ青の空と大小様々な雲が浮いている。心地よいそよ風が草原と僕の頬をそっと撫でて通り過ぎていく。
「天国はとても心地いいな、シノ」
隣の上司が野花で作った冠を頭で押さえながら呟く
「それ、前も聞きましたよ」
またさーっとそよ風が通り過ぎていった。風に煽られてゆらゆらと草花が揺れる。
「……そういえばあの人結局どうしたんですか?」
「現世で色々見に行くついでに、抱っこしてくれた恩を返しにいくってさ……」
「そうでしたか、現世へ戻りましたか。あの人やっぱ現世にもう一周したいかもって言ってましたし」
「これでお前の仕事も終わりだ。あとはもうお前の好きなようにしろ」
上司がその場を離れようとどこかへ歩き出した。
「でしたら……」
私は上司の手を掴んだ。上司は驚いた様子で私の方へ振り向いた。
「シノ……お前どういうつもりだ?」
そのままもう一方の手で私は上司の頭を撫でた。
「好きなようにしていいって言われたので、好きなようにしてみました!」
彼女はふっと微笑んだ。
「お前ってやつは、こういうときだけ人間っぽいんだから」
「おーい!シノさーん、探しましたよー!」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。
「この声もしかして……ああ行橋メイだ!もうかったって言ってたあの子!」
「ずーっと会いたかったんですよー!」
「行橋さん……」
「ほら、お前のフィアンセが呼んでるぞ。早く行ってやりな」
「フィ、フィアンセってそんな大袈裟な……」
背中をすっと押されて、私はその声の方へと向かった。
もしあなたが今から48時間以内に死んでしまうしたら。
やり残しておきたいことを片付けるだろうか、何もせずボーッとその瞬間を待つか、どうせ死ぬからとあるいは悪の限りを尽くすだろうか。
だが大事なのは死を目前にして何をするべきかその場で考え行動することではない。
きっと死んでも悔いのない、幸せだったと思える毎日を積み重ねていくことなのではないのだろうか。




