潜入開始前夜 (1月8日18:00)
――20X1年1月8日 18時00分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班
学生組は学校が終わった後、急いで特捜に来ていた。
着替えてミーティングに着く。
「――全員集まったな?潜入前の最終会議や。」
渦雷は着席している。
天道から下りた案件なので、進行役は天道に譲った。
天道は班員を見渡し、話を始める。
「まず、目的から行くで?御霊磨き聖慈愛院蓮の伽藍堂救世会の証拠集めや。内部情報の他にテロの予兆、行方不明になった公安や公安の協力者の居場所や、死体の在処が掴めたら上出来や。ただし、踏み込み過ぎるな。何されるかわからへんからな。」
「はい。」
潜入組――霧島、晴野、東雲が返事を返す。
「次に、潜入の配役設定や。まず霧島。暗唱せぇ。」
「俺は平田理亜夢。25歳。国籍は日本。株式会社R-Srv.ITの社長で、先月オフィスを持ったばかりの1年目社長だ。従業員はいないし、お金もあまりない。使えて月に数万円だ。宗教やスピリチュアルに興味があり、現在教祖の愛人の百合香に宗教へ勧誘されている。明日の午前中に百合香と教団へ向かう予定だ。会員になった後は内部に踏み込んでいく予定だ。」
霧島は空ですらすらと暗唱した。
年末から接触しているだけあって、自然に言葉が出ていた。
霧島はあの後、キャバクラに数回通っていた。
そして、百合香を指名して仲良くなり、勧誘されることに成功した。
他の女の子は、かなり怪しんでいたらしい。
これは霧島が潜入に失敗した、という訳ではない。
百合香は教祖の愛人というだけでなく、裏引きで稼いでいるという噂があったからだ。
キャバクラの客に裏引きを持ち掛け、生活費をもらう――キャバクラを利用したパパ活と言えば理解が早いだろう。
そのうえ宗教勧誘までしてくる。店にとっては地雷だが、恐らく店長かオーナーとも恋仲――繋がっているのだろう。
ちなみに、これらは言うまでもなくルール違反だ。
そのためキャバクラ内では白い目で見られているらしいが、一切辞める気は無いようだ。
百合香としては何もできなくても美貌があれば稼げるのだろう。
清楚っぽくニコニコしていれば、いつも何とかなるのだ。
努力せずに、ただただ愛されることを享受する。苦手なことは出来なくていい。他がやってくれる――そんな感じだった。……霧島の一番嫌いなタイプだった。
「よし、ちゃんと言えとるな。明日以降もしっかり頼むで。本番やからな。……踏み込み過ぎるなよ。」
「はい。坂井さん。」
霧島はわざと天道の役名を呼んだ。
「次。晴野。」
「はーい。私は佐藤望愛。19歳。高卒のフリーターです。両親が蒸発したため、引きこもりの弟と暮らしています。最近安めの家賃のアパートに引っ越しました。ファミレスのホールで働いていますが、アルバイトだけでは食べていけないので、パパ活で稼いでいます。あ、誰か暇つぶしにバ先来て顔見せてクレメンス!!ヴォイド以外の精神安定剤になってくれ!!」
「おえ。設定戻れ。脱線すんなや。」
「……えっと、パパ活で貰ったブランド物は換金してお布施に全ツッパ。大学の試験期間中は【太パパとの旅行】ということにして、試験受けつつ特捜に戻ってきます!踏み込む度合いは霧島サブ――平田さんより浅めだけど、アホみたいな礼拝や、とち狂った宿泊研修にも少しだけ参加するのが目標ですがマジ無理超行きたくねぇ。」
晴野は公安の関係者が運営しているファミレスにて働くことになっていた。
年末にはすでに顔合わせを済ませ、昨晩初出勤をしていた。
覚えることがいっぱいあって大変だと、会議が始まる前にバイト先での動きを書いたメモを見ていた。
まぁ、晴野だ。どこでもやっていけるだろう。……最後、本音が駄々漏れだが。
「おえ、最後本音漏れとるで!消せ!!あんさんはこれからスピリチュアルに傾倒するんや!!信者として、あんさんの言う宗教BBA共?に救われるんやぞ!!!」
「役としてだよ。本心からそっちに行く気、ないっす。マジ無理。」
「……ポーズだけでもちゃんとしてくれへんと疑われるで……。絶対口滑らせるなよ。ええな?」
「はーい。」
晴野は適当に答えた。
「……心配や……。」
天道は軽く頭を抱えた。
「あー。次、東雲。」
「僕は佐藤流輝空。晴野――佐藤望愛の弟。言わずもがなの引きこもりだよ。ネット厨で、廃課金。姉の金を食いつぶす厄介者だね。あ、晴野が連絡なしで帰宅したら、キレたり暴言吐いたりドスドス歩いたりするよ。……普段は霧島のサポートとして、システム開発をして過ごす。あと、班員との連絡役でもあるね。てか、名前がキラキラすぎるんだけど、大丈夫なのコレ??」
東雲も自分に割り振られた配役を空で言った。
霧島の会社のホームページやサンプルコードなどは、東雲が全て昨日までに用意していた。
後は部屋に引きこもるだけである。
「大丈夫や。そういう設定やし。」
「……ならいいや。」
名前が少々奇抜だと思っていたのだろう。
大丈夫と言われ、東雲は納得がいったようだった。
続いて、天道は雪平のほうを向く。
「次、雪平。関わる可能性あるんやろ。言いぃ。」
「僕は潜入はしませんが、倉木さんから指示が出た場合は教団の敷地に入るかもしれません。その時は知らないふりをしてください。」
雪平はさらっと提示できる事項を話す。
だが、天道が聞きたかったのはそういうことではない。
「……万が一の時の名前を決めておきぃ。何があるかわからんから。」
そう。万が一の時があるかもしれないのだ。
事前に設定を決めておけば、パニックになることも少ないだろう。
「え……うーん。……あ。中島遥斗はどうでしょう!」
「本名やないなら、それでええよ。」
「わかりました。中島遥斗でいきます。」
雪平の仮名は中島遥斗になった。
どこか柔らかい響きが雪平に合っているように思えた。
「……えっと。明日以降は宗教施設に出入りする人の【色】を確認します。初日の調査ですが、嵐山さんと渦雷リーダーに補佐をお願いしています。班ではこの中で判明した情報の一部を、天道を通して倉木さんに上げることに決まりました。また、調査で判明したほとんど全ての情報を僕が倉木さんに直接上げますので、何卒よろしくお願い致します。」
これは昨日、雪平と共に決めていたことだ。
嵐山は車の運転兼、情報まとめ担当だ。
主に雪平が見た【色】の情報を、ノートパソコンの文章ファイルにて纏める。
万が一教祖周辺に見つかった時のことを考えて、嵐山は外から見えない位置で作業することになっている。
渦雷は写真撮影担当だ。
レンズ部分の光の反射が少ない、公安御用達のカメラで出入りする人物や周辺の景色を撮影する。
嵐山が作成したファイルに画像を併せて添付して、情報として纏める算段だ。
本当は渦雷が運転するべきだが、受験前なので嵐山が気を利かせてくれた。
何か事故でも起こして、入試資格がはく奪されるようなことが起きないとも限らない。嵐山の気遣いには頭が下がった。
「……その情報は全てこっちで見れるんか?」
雪平の仕事内容に天道が口を挟む。
班員で勝手にされたら困るのだろう。また、新上司にあげる情報も欲しいようだ。
「はい。班で一緒に確認して、その後倉木に上げる情報量を決めます。どうせ、霧島さんたち潜入担当にも関わるんです。天道さんも居ていいですよ。…ですが、このことは知らないふりをしてください。僕は内通者のフリ――班内スパイムーブをかますのが月末までのお仕事なので!」
雪平は最後、元気よく答えた。
「そうか。なら、ええ。……後でミーティングの日時知らせぇ。参加するから。」
「あ、晴野さんに――じゃなかった。東雲くんも…居ない。渦雷リーダー、でもない……あれ?んー。あ、そう!嵐山さん!!そういうことは嵐山さんにお願いします。」
天道の返答に、雪平は一生懸命記憶から連絡担当――臨時の常設オペレーターを引っ張り出した。
1課2係7班のオペレーターである晴野は教団に潜入する。
情報班員兼第2オペレーターである東雲も、晴野の弟役でオフィスに出て来られない。
それなら普通はリーダーが担当するのだが、渦雷も受験(大学共通テスト)が入っている。
その次の霧島サブリーダーも潜入担当だ。
潜入によって、ことごとく連絡役の役職が居なくなっていた。
そのため、今回は臨時でフルタイムで勤務している嵐山にオペレーターを頼んでいた。
このことは雪平もちゃんと記憶していたようだ。助かる。
「わかった。嵐山。ちゃんと知らせぇ。」
「わかってるわよ。仕事だもの。」
「……信じるで……。」
嵐山と天道の間に微妙な空気が流れる。
今までのことを考えたら当然なのだが、天道としては非常にやりにくいようだった。
だが、雪平はスケジュール管理が壊滅的。雨宮は学校でそもそも特捜にあまり居ないとなると、嵐山しか居ないため、気まずいながらも飲み込んだようだ。
……嵐山と天道の溝は、すべて天道が原因だが。
自業自得だった。
これからも関わるつもりなら、ぜひ信頼回復と関係改善を頑張ってほしい。
「……あー。他。潜入に関わってくる奴、居らへんか?」
天道は気まずそうに頭をガリガリ搔きながら、残りの班員に聞いた。
「居ないわね。私たちはオフィスに居つつ、関わりある人から情報をもらう感じになるから。……潜入に関わるとしたら、臨時の潜入担当との接触時のみね。」
「ええ。私も。」
「ああ。俺も同じだ。」
「わかった。」
嵐山、雨宮、渦雷の回答を聞き、天道は班員を見回して発言する。
「よし。潜入や接触するときの注意実行や。――班用、個人用のスマートフォン、免許証、保険証などはもう持ち込むな。自宅か特捜オフィスに置いてけ。んで、ロッカーにでも入れて鍵かけときぃ。俺も深く潜るときはそうしとる。」
「はい。」
潜入担当の班員(霧島、晴野、東雲)が返事をする。
「……他の奴らも、接触の際は見られて困る物は絶対に持ち込むな。ロッカー様の出番や。ホンマ、何があるかわからへんし、誰が見とるかもわからんから。」
「はい。」
基本的に潜入に関わらない班員(雪平、渦雷、嵐山、雨宮)が返答した。
「あー……。本来ならいけんのやけど……心配やから、潜入初日の21時半に班のグループ通話しまひょ?まだ初日やったら、自宅に盗聴器とか仕掛けられへんやろ。……不安やわ。」
天道は班員に臨時のミーティングを提案した。
班員としてはありがたかったので、各自提案に乗る。
「わかった。万が一盗聴器が仕掛けられていた場合は、気分転換にどこかのホテルで仕事してるフリしてみんなに連絡入れるわ。」
霧島は盗聴器があった場合は、理由をつけてホテルに行くようだった。
夜遅くだと、共用のレンタルオフィスが閉まることもあり、個室のワークスペースとして利用する算段だった。
「同じく!ヴォイドの部屋には入らないだろうし意地でも入らせないから、私はパパ活のフリでもしてホテル行くよ。」
晴野はパパ活の設定をこれでもかというほど利用しまくるようだ。
「では、その時は僕がパパ役をします。急ごしらえになるので、公安の人では難しいでしょうし…。天道さんは霧島さんとの接触担当ですので、晴野さんには近づかないほうが良いので。…僕は22歳なので、違和感もないはずです。」
「わかった。頼んだで。」
雪平の提案に、天道は納得したようだ。
既に年末から霧島に関わっているので、晴野にまでは関われないのだろう。
「雪平はパパというより彼氏役じゃない??ついでにというか、連絡前に2人で何か食べてきなよ。…仕事の話はできないだろうけど、クソカルトで頭が飽和した後の気分転換になるんじゃない?」
「なるほど晩御飯…わかりました。そうします。」
東雲の提案に、雪平は乗ることにした。
パパか彼氏かは見た人の判断に委ねる事にしたようだ。
「ありがとゆっきー超助かる!!メンタル保てますわーwwえ、どこ行く??どこがいい??」
「そういえば、晴野さんたちが住む偽装アパートがある最寄り駅の近くに、リーズナブルなフレンチレストランがあったはずです。確か、有名ホテルの料理長を引退した後にお店を開いていたはずなので、美味しいですよ。駅の近くなのでホテルもありますね。」
「よっしゃー!!美味しいご飯だ!!盗聴器仕掛けられてなくても行くわww明日はよろしくゆっきー!!」
「わかりました。予約入れておきますね。…あ、テイクアウトのケーキも予約しておきますね!ぜひ東雲くんと食べてください。」
ハイテンションで喜ぶ晴野の横で、雪平はメモ帳に〔店とホテルを予約すること!〕と記入した。
連絡手段用にホテルも押さえておくのだろう。
スマートフォンのリマインド機能も設定していたので、忘れず予約出来るはず。
「IYH!!」
「やった!!ゴチになりますww」
「はい。コーディングの気分転換になれば嬉しいです。」
ケーキと聞き、晴野と東雲のテンションがぶち上がった。
雪平はいつも通り、ほのぼのとした感じで返答した。
「あ、そうだ。霧島さん!お店はここです。もし、美味しい料理――えっと、お口に合うかはわかりませんが、ここはおすすめだしリーズナブルなので!」
雪平はスマートフォンでお店のマップを表示し、霧島のスマートフォンに送信した。
霧島は受信したメッセージを開き、マップを見る。
「週一くらいの頻度なら、霧島さんの潜入時の資産――価格設定にも合います。よければまた行ってみてください。元有名ホテルの料理長だった人がのんびり営んでいるお店です。聞かれたときは『取引先の社長に教えて貰った』で通用すると思いますよ。」
「お、ありがとう。晴野とは別の日に行ってみるわ。」
「はい!」
お店の情報があれば、何か聞かれたときの助けになる。
また、ライトな信者に食事を誘われたときに悩まなくてもいい。
雪平の紹介はありがたかった。
「よし。決まりやな。では、各自健闘を祈る!」
天道の言葉で潜入前最後のミーティングは解散になったのだった。




