長期宿泊準備 (11月3日12:00~15:00)
――20XX年11月3日 12時00分 渦雷家
「――必要なものは……」
渦雷は一時帰宅し、自室で荷物をパッキングしていた。室内をうろつき、片っ端から必要なものを手に取っていく。
遡ること1時間前。
東雲たちが秘匿班活動へと出かけた後、公安部から通達があった。
身の安全のためオフィスに1ヶ月ほど泊まり込んで欲しいとのことだった。
この期間は事後処理を含めた期間だ。また、阿久津の件の警戒もあるのだろう。呼び出されていた班員が帰還後、各自公安が運転する車に乗って自宅に荷物を取りに帰った。
衣類(肌着など)はおおよそ3日分パッキングする。特捜の建物内にランドリーがあるので、長丁場になったとしても衣類を多く用意しなくて良いのは助かる。基本、制服だし。入れるとするならば他所行き用1着と、リラックスしたい時用の私服だろうか。
その他個人で必要なもの――常備薬やサプリメントなど――がある場合は、想定された期間分より多めに用意することにしていた。
「急に寒くなったし、冬用の寝巻と防寒具も入れておかないと……」
渦雷は衣類用の圧縮ポーチに入れて、冬物衣類のかさを小さくする。その後スーツケースを開き、圧縮した衣類を詰める。
空いたスペースに自分用のお菓子や教科書、ノート、筆記用具、《《赤本》》を詰め込んでいく。
忘れがちだが、渦雷は18歳の高校三年生――リアルに受験生なのである。
渦雷は志望校の合格圏内にいるので、余程のことが無い限り焦る必要はない。阿久津の件は痛手だが、入試時期と重ならなくて良かったと思うしかないだろう。
「――次」
自室の荷物を詰め終わった渦雷は自室を出る。階段を降り、1階へと向かう。洗面所に入り、歯ブラシなどを回収したのちキッチンへ向かう。
「返信が――あ、来てた」
渦雷はスマートフォンを取り出し、チャットアプリを開く。
「母さんに許可取ったカップ麺と……コンソメとかだしの素とか、冷蔵庫の中の卵1パック貰っていって……あ、野菜室の中にあるキャベツときんぴらも良いって書いてある。――持って行くか」
渦雷は母からのメッセージを見ながらキッチンのパントリーを開け、物色し始める。
班員が泊まり込みの際に食品を持っていくのには理由がある。
長期間家を空ける時は冷蔵庫の中身が心配になる。特に1人暮らしだと帰宅する頃には腐ってしまうことが多い。
そのため1課2係7班では、長期で泊まり込む際は各自冷蔵庫の中身を持ち寄るようにしている。今回も帰宅したら腐っていそうなものや、家族と暮らしている場合はご家庭で消費しきれないものを持ち寄っていた。
1課2係7班のオフィスの中にある給湯室は、キッチンとして改装されていた。炊飯器、オーブン、冷蔵庫、電気ポットはもちろん、鍋などその他調理器具も揃えている。
泊まり込みの際、困るのは食事だ。冷凍食品や出来合いのものばかりでは飽きるし体にも良くはない。食の好みも様々で、味覚過敏の班員も居る。キッチンの改装は全員がストレスなく泊まり込むための策でもあった。
「これで良し、と」
渦雷は許可が出たものをエコバッグに入れた。食材の準備は万端だ。
渦雷は家の戸締りを確認しつつ、再び階段を上って自室まで戻る。スーツケースを手に取り、周囲を見回す。
――これで、忘れ物はないはず。
期間内は戻ってくることはできない。渦雷は自室を再度確認した。――大丈夫そうだ。
「――お疲れ様です。お願いします」
渦雷はスマートフォンを取り出し、待機していた公安に連絡を入れた。目立たぬよう、車を裏手に回してもらう。
渦雷は荷物を持って家を出る。玄関に鍵をかけ、迎えに来た公安の人とともに車に乗り込んだ。
渦雷は公安に礼を言い、シートベルトを締める。
乗り込んだ車が動き出す。
渦雷は助手席に座る公安の人に聞いてみた。
「言える範囲で構いません。俺や他の班員にスパイの見張りはついていますか」
他の班員も、今頃同様に帰宅して荷物をまとめているはずだ。ひとまず、オフィスに戻るまでの間に現状を聞いておきたかった。
「いいえ。今のところ無いようです。が、油断はしないでください」
返ってきた答えは意外なものだった。
公安の人によると、今のところ見張られている様子はなく、静かなものらしい。
班員が狙われているなら、諸々付いてきていてもおかしくないはず。
――阿久津の主張通り、本当に班員の情報は漏れていないのか?
まだはっきりしないが、油断大敵だ。
気を引き締めて任務に当たろうと思う渦雷だった。
――20XX年11月3日 15時00分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス
荷物を取りに自宅に戻っていた面々は、再度オフィスのミーティングルームに集合していた。
部屋の掃除(盗聴器や発信機の確認と排除)を終え、霧島が口を開く。
「さて、恒例の冷蔵庫の中身大公開だな。僕はーー和牛肉ステーキ用、ラム肉、エシャロット、紫玉ねぎ、じゃがいも、アボカド、バゲット、オリーブオイル、エビ、アンチョビ、グリーンピース、生ハムの原木、メロン、チーズ各種、未開封の牛乳1リットル、紅茶、トマト、バジル、岩塩、有塩バター、無塩バター、レモン、ライム、シュガーシロップ、ウイスキー、ブランデー、ウォッカ、ジン、ベルモット、スウィートベルモット、梅酒、ラム酒、スパークリングワイン。未成年用に貰いものだが――オレンジジュースとリンゴジュースがあるぞ」
霧島が家から持ってきたものをミーティングルームのテーブルの上に広げる。
ラベルを見ると、購入したスーパーは成〇石井だった。お高い。
……なんというか、食材からかなり優雅な生活をしているのが窺える。生ハムの原木なんてはじめて見た。意外と大きい。そして、酒の種類が豊富である。
「私はきゅうり、パプリカ、じゃがいも、玉ねぎ、トマト、ごぼう、にんじん、冷凍枝豆、ブロッコリー、卵2つ、白身魚、コンビニの白ワイン、スパークリングロゼ、炭酸水、100%オレンジジュース、塩、コショウ、ビネガー、ハーブ各種とドライパセリ。あと、一昨日作った茹でた鶏ハム、茹でキャベツ、キャロットラペ、寒天ね」
嵐山も持ってきた食材を公開した。
嵐山は基本的に薄味を好む。
味覚過敏もあるのだろうが、塩コショウとビネガー、ハーブが味付けのメインらしい。基本的にいつも自炊している。
「僕は大根、にんじん、もやし、長ネギ、白菜、キノコ類、冷凍のつみれ、豚肉、豆腐、鍋のもと、高菜、明太子、冷凍の焼き鳥セット、賞味期限間近のトマトソース(業務用)、賞味期限間近のホワイトソース(業務用)パスタ、ベーコン、コーヒー豆、コーヒーフィルター、マヨネーズ、鰹節、ミックスナッツ、するめ、お好みソース、中濃ソース、塩、砂糖を持ってきました。明日買出しに行く予定だったので、あまり碌なものがありませんね……。あと、ビールと日本酒、焼酎です」
雪平もミーティングルームの机の上に持参した物を広げていく。
どうやら雪平の今日の夕飯は鍋の予定だったらしい。その他に、ストックしていたが賞味期限間近になってしまったソース類も持ってきてくれていた。
公安の人に頼み、買い物をしてもらうこともできるが、そうすると常日頃から激務な彼らの仕事を更に増やしてしまう。なるべく買出しの回数を減らしたいため、賞味期限間近の食品の供出はありがたかった。
「お、いいな。ミキシンググラスとかアイスピックも持ってきたし、楽しもうぜ」
「ええ。またおつまみ作りましょうね」
「はい!楽しみにしています!」
霧島が声をかけ、嵐山と雪平が晩酌会の開催に同意する。
「成人組はまた酒盛りする気?ww羨ましい限りでw」
東雲はデスク近くから少し遠巻きに3人を見て、言った。
「ジュースもあるから、未成年も一緒に飲もうな」
霧島が東雲をはじめとした20歳以下に晩酌の誘いをした。
「次、私ね。よいしょー。」
次に口を開いたのは晴野だ。ソファの上に置いていた大きなエコバッグ2つをデスクに持ち上げ、次々と中身を出していく。
「……えーと納豆8パック、豆腐2丁、千切りキャベツ、鶏むね肉(40%引き)、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、賞味期限ギリギリの素麵、カレールゥ2箱、豆苗食べた後にもう一度生やしたやつ、生姜、ニンニク、卵4個、見切り品のベーコン、たたき売りされていた冷蔵うどん3玉、しらたき、――あ。傾いたのと重みでちょいと潰れてるスーパーの安っいチョコ味のロールケーキ1本(20%引き)、コ〇トコのでかいポテチとチョコレート、半額になってた食パン6枚切りを2袋~。あ、コ〇トコのディナーロール(未開封だが賞味期限間近)は朝ごはんにいかがですか?……以上かな」
ラベルを見るとスーパーは統一されておらず、色々な格安スーパーに買いに行っているようだ。あと、コ〇トコの商品がでかい。ポテトチップスもそうだが、特にディナーロールは大きな透明の袋の中にこぶし大のパンが36個も入っている。
晴野の持ち寄りに霧島が口を開く。
「晴野ってなんというか……いつも随分質素、だよな……。見切り品とか多いし……。晴野って結構人脈あるし、秘匿班で稼げているんじゃないのか?秘匿班の上司がケチなら、高い能力持ってんだからさっさと鞍替えしたほうが良いぞ。特捜の基本給、薄給だし」
「おうおう1人暮らしの庶民なめんなよ英国貴族サマ。こちとら給料は全て生活費、秘匿班での収入は大学の学費と教材や研修費に吸い取られてんよ。あとなぜか毎月10万を毒親への仕送り強制な?そのせいで収入ほとんど消えるし、税とか諸々の値上げが響いて主食は見切り品だゴルァ。心配してくれたのは嬉しいけど、秘匿班の上司は羽振り良いから平気っす!さっきも呼ばれたしね!今月もなんとかなりそうっす!!」
「えっ……」
「……いやぁ、秘匿班制度が無かったら、蛇とか道端の草とか食ってた自信あるわ。……まぁ、家から逃げだして1人暮らししてるのが原因って言われたらそれまでなんですけどぉー。――早く親くたばらねぇかな」
晴野の言葉の端々には相当な苦労が滲んでいた。
――晴野は【家庭内環境がかなり厳しいお家】で育っていたのか……。
あまりの壮絶さに渦雷は無言のまま固まった。
他の班員も同様で、とりわけ日常生活での苦労を知らないであろう霧島と雨宮は信じられないことを聞いたと言わんばかりの反応を示した。
数秒後、霧島が口を開く。
「……悪かった。その、……晴野は公安にいる内情に詳しい人から、報酬をたんまりもらえているのを想像していたから……。その……食材あるし、いっぱい食べてくれ。すまん。色々踏み込みすぎた」
家庭環境も良く食べるのに困ったことがない霧島が、過酷な環境で食うのに困ったこともある様子の晴野に謝罪した。……生まれ育った環境が違い過ぎた。
「んえっ?」
だが、晴野は霧島の謝罪に驚いた。
「……ああ、たんまりもらえていますよ。本当に。ただただ消え方が半端ないだけで」
晴野は霧島の言葉をあまり気にしていなかったようだ。環境の違いというか、誰もが恵まれているという認識の違いを正したかっただけらしい。また、何も悪くない上司を疑われたのも訂正したかった程度なのだろう。
晴野はエコバッグを畳もうと手に取り、動きを止める。出し忘れがあったようだ。
「――あ、あと花火」
「……なぜ」
霧島が目を白黒させる。
「――へ?なんか家にあったから!!」
晴野はあっけらかんと元気よく楽しそうに答える。
「多分、学祭でやったどっかのサークルのビンゴの景品だった気がする。気分転換に季節感無視してみんなで屋上で凍えながらやろーぜ。いえぁ」
晴野は屋上での花火大会の開催を提案した。
――花火か。
渦雷は火の用意を考える。確か、防災用にロウソクが入っていたはず。
火は何とかなりそうだ。コートさえ着れば、季節感なくても意外と楽しいかもしれない。
晴野のターンが終わったので、渦雷が口を開く。
「俺は卵1パック、キャベツ、小麦粉、だしの素、カップ麺、米酢、みりん、コンソメ、スナック菓子、母さん作のきんぴらごぼうだな」
きんぴらごぼうは母が作り置きしていたもので、かなり大量にある。自分を含め、食べたい人が食べればいいと思って持ってきた。
「私は果物、ゼリー、クッキーやゴーフレットの詰め合わせ、ケーキ1ホール、ハム、油、食器用洗剤とランドリー用の粉洗剤を渡されましたわ。全て頂き物で恐縮ですが。洗剤はこちらに置いておきますわね。どうぞ、お好きにお使いくださいませ」
次に雨宮が口を開いた。
雨宮が持ってきたものは、全て贈答用の箱に入っていた。特に果物は高そうだ。流石はお嬢様である。
――やっぱり、古くから続く有名な家柄の子なんだろうか。
渦雷は一人思考する。
班員の私生活は詮索禁止なので聞かないが、霧島に匹敵する感じなんだろうなといつも思う。渦雷とは住んでいる世界が違うのだ。
「僕は米10キロ貰ってきたよ。梨1箱と醤油も。アイスは既に冷凍庫に入れたよ。……その、お母さんが、みんなによろしくって……」
デスク側に居た東雲も、持ってきたものを紹介した。
いつも資料室で暮らしていた東雲も帰宅して、数か月ぶりに家族と顔を合わせたようだった。
「お、よっしゃ米来た!主食じゃー!!」
晴野が喜ぶ。
「そういえば、誰もお米を持ってきていませんでしたね。東雲君、助かりました。ありがとうございます」
「ども。渡してきたの、お母さんだし……。伝えとくよ」
雪平が礼を言うと、東雲は少し照れた。
「とりあえず、お米洗って給水しておきませんか?」
「その前に、まず生ものを冷蔵庫にしまわない?食材が痛むわ」
「あ。確かに。しまいましょう」
雪平と嵐山が話し合い、冷蔵庫に食材をしまいはじめた。
「よし、やるか」
「うぃーすwww」
霧島と晴野も要冷蔵の食材をしまうのを手伝った。
「果物は常温で大丈夫ですし、こちらにまとめませんこと?」
「そうだな。動かすぞ」
雨宮と渦雷が果物を1箇所にまとめる。
要冷蔵品が片付き次第、要冷蔵以外の食材をキッチンに移動させる予定だ。
「今日の夕飯のメニュー、どうするよ」
「自作のものと、晴野の割引シリーズをメインに考えましょうか」
「腐りそうなものから食べていこうぜー!祭りだいえぁ!あ、私、渦雷家のきんぴら狙ってます!!」
「いっぱいあるから好きに食べてくれ」
「そういえば、卵とにんじんとじゃがいも多くない?」
「卵はスクランブルエッグにしたら速攻消えるだろ。牛乳もバターもあるし、いける」
「……僕、スクランブルエッグよりオムレツが良い。…ごめん、ちょっとここから離れるね」
「あ、悪い。人数が多かったか。資料室で休んでいてくれ」
「うん……ありがと」
「そうね。どのみち卵料理だし、明日の朝ごはんにしましょうか。大量のディナーロールと共に」
「まぁ、素敵ですわね!楽しみですわ」
食材をしまいつつ、雪平、東雲、嵐山、霧島、晴野、渦雷、雨宮が話し合う。 なぜか朝食がすんなり決まり、夕飯の献立は方向性は定まったものの、手作りのもの以外は未定だった。
その後、ミーティングルームの机の上のパンを見て雨宮が口を開く。
「コ〇トコ……。これがコ〇トコですのね……。はじめて見ましたわ」
「コ〇トコ行ったことないけど、本当に量多いんだな。数日は持ちそうだ。てか、よく買ったな、これ。……36個入りだぞ。消費する予定はあったのか?どう見ても1人じゃ食べきれないだろ……」
驚く雨宮、疑問を浮かべる霧島に、晴野が答える。
「えっ、全部冷凍するに決まってんじゃないっすか!やだー。余ったものやすぐに食べないものは即冷凍!これ、庶民の処世術なりー。霧島サブ、お試しあれ?……てか、こっちこそ成〇石井とか生ハムの原木とか贈答品、この班に来てはじめて見たわ。ずっと都市伝説だと思ってたわ」
「へー。今度パン余ったらやってみよ……。いや、都市伝説じゃないから。普通に存在してるから」
雨宮、霧島、晴野はディナーロールを見ながら話していた。
「あ、忘れるところだった。雨宮、洗剤ありがとう。助かった」
「どういたしまして。あっても使いませんから、有効活用ができてこちらも嬉しいですわ」
渦雷はキッチンから出て雨宮に礼を言った。
ランドリーの粉洗剤は、各自が持って行かなければいけない。班の在庫を切らしていて、公安に買い出しを頼むか悩んでいたのでとても助かった。
「お米、お米~」
雪平は嬉しそうに米をとぎ、炊飯器に入れた状態で給水させていた。
持ってきたものが片付いたところで、班員は再びミーティングルームに着席する。東雲は資料室の自デスクにスタンバイした。
さぁ、ミーティングの再開だ。




