ミーティング (11月3日10:20)
――20XX年11月3日 10時20分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス
天道の説明を受けながら、ざっと資料に目を通した後。渦雷たちは情報端末で資料を隅々まで確認しつつミーティングを進めていた。
「――で、この協力者。よくもこんなに情報売り渡せたな」
発言の主は霧島だ。
「そもそも、8回程度の定時連絡でこんなにたくさん渡せるものなのかよ?……半分は阿久津が絡んでるみたいだが……」
「霧島の言う通り、情報の量がいささか多すぎませんこと?」
霧島の疑問を雨宮が引き継ぐ。
「そもそも、ただの一研究員が、これ程までに情報を知りえることってあるんですの?協力者が研究していたのは医薬品分野ですし……。おかしくありませんこと?――まさか、ハッキングでもしたというの?……どうやって……」
霧島と雨宮は流出した情報の量に疑問を持っていた。特に雨宮は情報の流出に関して頭を悩ませている。
「……と、いうよりも……。その……。ハニートラップって、こんなに効果があるものなんですの……?」
雨宮は更に問う。
渦雷も雨宮と似たことを考えていた。
――わざわざハニートラップを使ったのは何故だ?
R国のスパイは人心掌握術に長けていると聞いている。そんな事をせずとも、簡単に情報を抜き取れるはずである。
――何かの要因で使う必要性があったのだろうか。
「んー?……ハニートラップは古典的な手法やけど、だからこそ効く場合が多いで」
渦雷が頭を悩ませていると、天道が2人の疑問に答え始めた。
「引っかかった後は『週刊誌に載りたないー』とか、『会社よりも奥さんにばれるほうが怖い』言うて、ズルズル従う奴が大半やで」
「何ですのよ、その理由は……」
雨宮は軽蔑した。
「……まぁ、あの国なら人心掌握だけでやりそうやけどなぁ……」
やはり、天道も疑問に思っていたようだ。
「情報量に関しては俺も疑問に思ぉとる。ハッキングの線も疑わしいけんど、俺としてはまだ裏に【公安が知らへん誰かさん】が居りそうなんよなぁ……。……機密情報、大放出やさかい……」
天道は頭悩ませつつも、素直に自身の見解を伝えた。この案件の疑問点はかなり多いようだった。
渦雷はそんな天道を視界に入れる。
――今日の天道さんが素直すぎて怖い。
いったいどうした。何があった。
――変なものでも食べたのか?
渦雷が少々失礼なことを考えていると、東雲と晴野が口を開く。
《うっわ……流している情報が、下手したら国を傾かせかねないものが多いんだけど。R国は人心掌握術徹底的に仕込まれるっていうけど、どんだけ手練れなんだよ、このスパイ》
「てか、協力者の居る会社、日本が誇る大企業、東山製薬じゃないですかやだー。これ、西園寺グループの傘下企業でやり取りも多いから、西園寺グループ本体へのスパイ行為だったんじゃね?てかそっちが本命っぽくね??めっちゃ回りくどくね??」
西園寺グループは日本が誇るトップ企業の一つだ。
傘下の企業は製造業、工業、医療、薬品、化粧品、食品、石油、造船業など多岐にわたる。
いわゆる「子どもでも知っている会社」だった。
――東山製薬株式会社を通して、西園寺グループへの道づくりにするつもりだったのだろうか?
「特許や利権絡みなのかしら。それとも企業自体を潰したり買収しようとしているのかしら……?この情報のばらけっぷりでは判断できないわよね」
嵐山は情報の利用目的を考えてみたが、いまいちしっくりこない様子だ。
渦雷も口を開く。
「医薬品に関しては理解できるが、一研究員がどうやってこれらの情報を手に入れたんだ?グループ内の他企業から情報を抜き取った、という事だよな?……この3つは阿久津に助けを求める前にスパイに渡した情報なのに?」
スパイの手に渡った情報は、初期の段階で石油の買い付け価格や交渉内容の詳細、開発に関わった医薬品のレシピ、造船の部品サンプルと設計図の横流しと多岐に渡っている。 阿久津が関わって以降は更に分野が広がっていた。
情報の受け渡しは紙ベースではなくデータで行われていたようで、どれもPDFで50から60ページ程。流出情報のボリュームがえげつなかった。
《やっぱり居るんじゃないの?お抱えハッカー。あぁ、3課2係の鬼畜防衛システムぶち込みたい……》
「禿同。その線が妥当じゃない??手引きする人間も居そうだけどさぁ……」
渦雷の疑問に東雲と晴野が答える。
この2名は協力者の周囲に必ずハッカーが居ると考えていた。
「ハッカーのぉ……。居るんかなぁ、やっぱ。……認めたない……。……東雲やネフィリムみたいなんが、この世にゴロゴロいて堪るか」
天道はひとりごちた。
渦雷はファイルを閉じ、協力者の情報を開く。
――さて、スパイの協力者の情報は……。
渦雷は資料に目を通す。
警察に駆け込んできた、スパイの協力者の男の名前は安在雄介。安在は東山製薬の研究員で、医薬品開発をしている。最近では確か、人工血液の開発に携わっていたはずだ。
通常は協力者が関係している情報、もしくは協力者自身が関与する研究成果を売り渡すのだが、今回流れた情報は多岐にわたっていた。
――やっぱり、妙だ……。
疑問点は流出した情報の多さと情報の種類。特に、警察に駆け込む前段階で既に渡した情報に注目したい。
安在自身が開発に関わった医薬品のレシピならまだわかる。だが、石油の買い付け価格や交渉内容の詳細、造船の部品サンプルと設計図の横流しなどと多岐にわたっているのだ。
警察に駆け込んで以降は、阿久津が情報獲得に手をまわした可能性があるが、初期段階では安在1人だったはずなのだ。
また、ひとつの情報あたりのボリュームが多い。1人でこれだけの情報を集めて渡すなどできるのかと疑う量である。
――もう何人か協力者が潜んで居なければおかしいよな……?
スパイにわたった情報は東山製薬株式会社に関係するものではある。
――様々な部署の情報を手に入れることは不可能なはずだ。
最後の方の取引リストにある、青少年特殊捜査本部の情報は阿久津由来だからいいとしても、やはりハッキングの線は否定できない。
渦雷は次の資料を開く。阿久津が起こしたテロに関するものだ。
――しかも、R国だろ……?冗談じゃない。
阿久津が関わったテロを先導したテロリストは【R国の活動家】と繋がっていた。同じ思想を持つ者同士ということで仲良くなり、テロリストはR国に赴いて【R国の活動家】から射撃などの訓練を受けていた。武術の心得があって当然だった。
――で、テロリストに関わっていた阿久津は、R国スパイに操られていたから……。
テロリストが訓練を受けていたところにR国スパイが接触し、日本が弱体化するよう手を回していてもなんら不思議はない。テロリストたちの活動資金も潤沢だったようだし、捉えたテロリストの口からR国スパイの名前があがっているため、間違いないだろう。
――本当に、何してくれてんだ、阿久津。
今回の一件は、協力者の男性を囲んだ、スパイとテロリストと阿久津の奇妙な三角関係で出来上がっていた。
「ひとまず、内事の【表】が秘密裏に情報に関われそうな人間を洗っとる。けど、あの西園寺グループや。いかんせん人数が多い。傘下まで調べんとやからなぁ……」
天道は内事の動きの一部を明かす。……駆り出された捜査員はかなり大変そうだ。
~♪
ブーッ…ブーッ…
資料とにらめっこしていると、室内に複数の通知音が響く。
スマホが鳴ったのは晴野と雨宮。そして、資料室に居る東雲の3名だった。
「あ、ごめん。渦雷リーダー、私ちょっと呼び出しされたっぽい。30分後に居なくなるわ」
《え、晴野も?……僕も久々の外出だね。もう少ししたら行ってくるよ》
「あら、私も……ですわね。ええ。……少々席を外させていただきますわね」
恐らくスカウト制度を利用した、秘匿班での活動だろう。
「マジか。好きにしぃ」
天道はさらっと外出の許可を出す。
「……?――あぁ、良いタイミングで行ってきてくれ」
リーダーである渦雷も許可を出す。
渦雷は案件がきたのと殆ど同じタイミングでの呼び出しに驚いていた。通常、秘匿班は【班の業務に支障が出ない範囲での活動】になるはずだからだ。
また、雨宮の顔色が悪いのも気になる。……大丈夫だろうか。
「りょ。あざす」
《時間になったら行ってくるね》
晴野と東雲は言葉を返す。
雨宮は無言で立ち上がり情報端末を所定の位置に戻した後、筆記用具などをデスクに置きに行く。
「では、行ってまいります」
緊急の呼び出しだったようで、雨宮はすぐにオフィスを出ていった。
「……」
渦雷は雨宮の後姿を視線で追う。
詮索は無用だがタイミングが重なりすぎているため、つい気になってしまう渦雷だった。
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