道化将軍/常勝将軍
帝国陣内で何か動きがあったことは先ほどの爆発音から容易に想像できる。
問題はその爆発が大きすぎる事、兵士たちの動揺が尋常でない事。以上の点から、重大な不測の事態が起こった事は間違いないのだろう。
既に偵察に向かっていたシャドウが帰ってくる。
「ケフカが毒を使おうとしたようだ。だがレオに咎められ、小競り合いが起こった結果があの爆発のようだ」
ケフカがここに。エドガーは少し驚きの表情を見せる。てっきりケフカはナルシェの氷漬けの幻獣を手に入れようとしてくるものと思っていた。
「あいつ、魔導が取り柄のはずなのにナルシェじゃなくてドマ攻めやらされてたんだな」
しかもレオの補助って。どうやらフィガロでティナを取り逃がしたことが余程の失態だったんだろう。
「それでケフカは取っちめられたって訳だ。毒なんか使おうとするからだぜ。自業自得さ」
マッシュは鼻息荒く吐き捨てる。
「あと、レオは帝国本国から帰還命令があったようだ」
シャドウの情報に、エドガーは首を傾げる。レオがいなくなるのに代わりを務めるはずのケフカがダメになったってことは…
シャドウがエドガーに対して頷く。
「やはり、撤退か」
帝国兵に走った同様の動揺はそれだ。ここまで作戦を進めていながら結局撤退か。帝国にとっての鬼門、ドマ。今回の作戦も過去に類を見ないほどの時間と物量をつぎ込んだ。なのに結末はこれか。碌に攻め込みもせず、挙句内部の暴走で台無しになるなんて。
何か、何やってんだろうな、俺たち。
ほのかに漂う厭戦気運。レオ将軍が率いる精鋭部隊にてそんな空気が醸成された事実は決して小さくない影響を生み出すには十分だった。
もちろんエドガーはこの機会を逃さない。
よし、私は私の仕事をしよう。
俺たちはナルシェ長老宅の広間にいた。ナルシェ長老ほか自治体の幹部達と、リターナー指導者バナンと俺、ティナが顔を突き合わせている。リターナーがこの先帝国との戦いに勝利するには戦力の増強が不可欠である。その計画の一つとしてナルシェ自治区の協力を得る必要があった。しかしナルシェは言わずと知れた中立都市。果たして帝国と対立する選択を選ぶだろうか。
「お前さん達の言い分はわかる。このまま帝国の横暴を許しておれば、中立という関係性は成り行かぬだろうな」
バナン言い分はこうだ。帝国は世界の統一を目的としている。今は中立という立場上侵攻されないとしても同盟国であるフィガロに攻め込んだ事実もある。軍事強化の一途を辿る帝国に政略的な約束など無に等しい。ならば侵攻を許す前に、こちらから立ち上がろうと言うのだ。その論理にナルシェ長老は一定の理解を示した。
「だが我々には鉱山資源が背景にある。別に帝国とやり合わずとも交易による関係性を維持しておけば食うには困らぬ。お前さん達やフィガロも顧客の一つだ。わざわざそれ以上の関係性を積極的に築く必要はないのだがな」
長老の言葉に居並ぶナルシェ幹部も頷く。彼らはそもそも帝国に対する敵対心がない。帝国が欲している氷漬けの幻獣も交渉材料の一つに過ぎないのだ。
「だが帝国はいずれその資源を奪おうとこの地に攻め込んでくるぞ。いつまでも対等な立場を保っているとは思えん」
バナンの言葉も的を得ている。ナルシェは自ら供給した資源で力をつけた帝国にいずれ滅ぼされるのだ。これにはナルシェ側は反論できない。それもまた事実であり、対抗する手段も持ち得ないのだ。
「鉱山資源はフィガロも必要としている。フィガロの機械科学が進歩すればナルシェにも機械が導入され鉱山事業はさらに活性するだろう。手を組む恩恵は帝国よりもフィガロが勝るのではないか」
畳み掛けるようにバナンは発言する。長老は腕を組んだまま言葉を発さない。
「やれやれ、ここはどんだけ冷え込むんだよ」
そうこうするうちにロックが部屋へ立ち入ってくる。エドガー達が向かったドマから新しい情報がないか麓の村まで聞き取りに行っていたのだ。
何かわかったか。暖炉で焚べる火にあたるロックの背中越しに俺は問いかける。ロックはかじかんだ体をほぐしながらこちらへ向き直る。
「ドマから帝国は撤退した。ドマの勝利だ」
おお。ロックの言葉に俺は思わず声を上げる。そうか、ドマは勝ったか。という事はあの凄惨な悲劇は起こらなかったのだな。ケフカの毒。起こらなかった。俺は体の力が抜けるのを感じた。よかった、上手くいった。どうやら俺の選択は、目的の一つを達成したようだ。
だがバナンはロックの情報を違った表情で捉える。
「どうだ、聞いたか」
バナンが振り返った先にはナルシェの面々がいる。
もはや帝国にかつての威光は無い。今こそ手を取り合い、帝国の支配を覆す時が来たのだ。バナンの握る拳に力がこもる。
「ドマとフィガロは手を組んだそうだぜ」
ロックもバナンの脇に並ぶ。帝国の侵略を退けた二国が手を取り合った。さあ、あんたらはどうするんだ。
乗り遅れたって知らないぜ。言葉にはしないがロックの言葉の裏にはそんな意思が見て取れる。
やれやれ。これが時勢というものか。
長老は半ば諦めたようにこぼす。
「このナルシェの自治は政治的な立場ではなくこの土地の信念に近い。あくまで我らは独立独歩、山の民としての誇りを持っている。そなたらリターナーは帝国と違いこの地の資源の搾取を目的としていない事は理解している。それでも約束してほしい。我らの生き様には口出しをせんでくれるか」
ナルシェの長老一同幹部達が俺たちに向かって頭を下げる。
すかさずバナンは膝をつき長老の肩に手をやる。
「無論じゃ。共に帝国と戦う。その約束のみ。他には何も必要とせん」
どうか頭を上げてくだされ。どことなく芝居掛かった所作だが、互いに歩み寄ったという事実を納めるには絶好の構図だろう。
後にバナンは語る。
ナルシェは戦力として考えていない。我々がナルシェも併合した、という事実のみが必要だったのだ。あいつらは自己の利益になること以外ではテコでも動かんさ。そういう奴らだ。
ともあれこの同盟によりフィガロ、ナルシェ、ドマの三国が手を組んだということになり、帝国は世界のほとんどを敵に回すという事態に陥った。無視できない対抗勢力が生まれたことで帝国の独裁時代は終わりを告げた。
これからいよいよリターナーの反攻が始まろうとする時、ナルシェに向かいつつある一団があった。既に北大陸では唯一の帝国拠点となっているサウスフィガロから向かうその隊はまだ若い女性が率いている。そう、言わずと知れた常勝将軍セリス=シェールである。
本来であればケフカの任務だった。だがあの男の度重なる失態にて私に役目が回って来た。ナルシェの氷漬けの幻獣の接収だ。魔導研究所で確保している幻獣とは保有している魔力の桁が違うとの情報で、更に軍事力を向上させるため必要不可欠。何としても作戦を成功させなければならない。
まあ確かにケフカ向きの任務ではある。中立を宣言する地域に問答無用で侵攻する。こんな事を平然と出来る奴はあいつくらいだろうからな。とはいえ、それを私がやらねばならない。体よく反乱分子のリターナーをナルシェが抱えているという情報がある。これは中立を謳いながらも帝国に対し不利益な行動を取る準備を企てていると捉えられる。侵攻するには十分な理由だ。対抗する最大勢力と言えども所詮リターナーなど寄せ集めの烏合の衆。専属軍人である我々には遠く及ばぬ。
サーベル山脈山系の山間の路地を北へ向かう。道幅が狭くなり、眼前の山々に冠雪が見られ始める。
セリス将軍、ナルシェ到着までもう僅かです。部下からの報告がある。目を凝らせば立ち昇る蒸気を視認できる。なるほど、もうすぐね。
「いいわ。このまま直進。仮にも中立を謳っているのでしょう。攻撃はしてこないはずね。正面から堂々と乗り込んでやりましょう」
無論セリスは推し量っているのだ。自らが何もせずとも相手の対応如何でこちらのやり口は変えられる。そして何が起ころうとも勝ち抜けることができる。それだけの自信と実績を彼女は有していた。
帝国軍が向かっているという情報は既に俺にも届いていた。
ナルシェの住人達は各々の家に備えられた地下室へ潜む。自警団であるガード達は鉱山にこもり、敵襲に備える。徹底した籠城作戦だ。相手が攻撃の意図を見せるまでこちらから仕掛けることは無い。なるほど中立国の戦略らしいぜ。
俺たちも帝国軍を迎え撃つため鉱山へ立ち入る。帝国の目的は氷漬けの幻獣だ。これを奪われればあの魔導研究所に送られ、帝国の魔導力は格段に向上することだろう。
ヴァリガルマンダだぜ。イフリートやシヴァとかなんか比べもんにならねえ。それにこいつがなくなれば、ティナの記憶を取り戻すきっかけも失うかもしれない。
鉱山を登りながら俺の前方を進む者達の背中を見ていた。バナンを先頭にロック、ティナ。戦力的には不安がある。思ったよりも帝国の侵攻が早かった。ドマに向かったエドガーとマッシュは間に合わない。
だが俺は少し考える。本来ここに攻め込んでくるはずのケフカは失脚した。では代わりに誰が来る?レオは本国へ呼び出されて北大陸にはいない。指揮官不在で氷漬けの幻獣確保なんてやらないだろう。だったら一体誰が…
あっ。
思わず声が出た。
どうした。ロックが振り向く。
いや何でも…と言いかけて口をふさぐ。
「ロック、ナルシェへ攻め込んでくる帝国軍を率いる奴が誰かわかるか」
俺の問いにロックは少し思案にふける。
「確認したわけじゃないが、消去法でいけばセリスだろう」
あの常勝の女将軍な。どんな奴か知らないけど。
軽々しくその名を口にするロック。無理もないけど、お前が簡単にその名を出すんだもんなあ。
俺だけが色々堪えるものがある。これも改変の影響か。そもそもフィガロで必要以上にケフカを追い詰めた事で帝国内での評判下落を招き、挽回を期してナルシェの氷漬けの幻獣確保の任務に当たる筈が、ドマで色々やらかして(多分レオに挑発されたとかで)ケフカを失脚の憂き目に遭わせてしまった。ケフカ枠が空白になったことでナルシェ侵攻の任務はセリスに廻ってきたという事か。とするとサウスフィガロの地下で裏切り者として拘束される事なく、バリバリの帝国将軍としてこの地にやって来ると言うわけだ。
とどのつまり、セリスは敵になった。
俺は勝手にロックにかける言葉を失っていた。
「どうした。何か顔色が悪いぞ」
俺の動揺を気にかけてくれるロック。お前はいい奴だな。その後ろで俺の顔を覗き込むティナがいる。ああ、ティナ。俺の一番の目的はお前を幸せにする事だ。だとすればこの展開も悪くないのか?
駄目だ、もう俺にはわからない。わからないけれど立ち止まるわけにはいかない。誰が来ようと関係ない。俺は鉱山の奥を見据えた。この先にいる氷漬けの幻獣ヴァリガルマンダ。待っていろ、ティナ。もう悲しい思いはさせないぞ。




