番外編:トラジディ・オブ・ドマ
ドマ城の高台から帝国陣営を見下ろす。目立った動きはないが、侵攻の準備は着々と進んでいるようだ。
「カイエン殿、このまま籠城を続けてよろしいのでしょうか」
帝国には攻め込んでくる気配はない。ドマ側もまた、城から打って出るつもりはない。
「帝国は攻め手を欠いているでござる」
十分な兵力、居並ぶ魔導アーマー。総攻撃をかければこのドマを陥落せしめることなど容易だろう。だがそうしない。
恐らく、敵は自軍の損害も最小に抑えようとしている。確かレオ将軍と言った。優秀な将兵でござるな。
しかし、不穏な噂もある。
帝国は毒を使うらしい。報告にある。
これまで実例はある。同様に守勢に入った相手に対し凶行に至ったという。
今回も状況は似てはいる。それに帝国が毒を使用した時、必ずその場を指揮していた将兵がいる。
ケフカ。奴は危険でござるな。
「念の為、井戸水は使用せず、備蓄している水を使用するように通達しておくでござる」
カイエンは配下に指示を出す。
籠城を始めて十日が経つ。備蓄はまだ保つ。あとは帝国側に厭戦気運が高まれば。
再度帝国陣営を見渡す。相変わらず動きはない。が、どうも一部で騒ぎが起こっているようだ。
何でござろう。
目を凝らし、一点を見つめる。侵入者でござろうか。戦闘が起こっているようでござるな。何者かを追いかけているように見えるでござる。
待て。させるか。時々、荒らげる声も聞こえる。内紛でござろうか。ドサクサに紛れて打って出るのも手であるか。
考えている内に騒ぎは収まる。侵入者を鎮圧したか。
「一体何でございましょう」
先ほど指示を命じた兵士が隣にいる。滞りなく警戒態勢は敷かれたようだ。
もし帝国が毒を使うことがあれば。隣の兵士が言う。
あってはならぬことだ。だがもし、使われてしまえば。いや、使うと考えておらぬといかんか。
その時、異変に気づく。
城壁を監視している兵士が倒れている。他の兵士も座り込んでいる者もいる。
水を飲むな。
城内で悲鳴にも似た声が起こる。至る所で。
いかん。
「お主は城内の状況を調べ、報告せよ。拙者は陛下の護衛に当たるでござる」
カイエンは吹きすさぶ風のごとく、階下の王の間へ舞い込む。
倒れている。陛下。カイエンはその身を起こす。
「カ、カイエンか。吐瀉物に触れるな。毒だ」
目が見えぬ。弱々しく繋がれる言葉に、カイエンの手は震える。
多くは語れぬ。よいかカイエン。残る兵を連れ、逃げよ。今はドマを明け渡せ。そしていつの日か、お主なら。
そこまでだった。糸の切れた人形のように、重みがカイエンにのしかかる。
陛下。無念にござる。カイエンは静かにその身を横たえた。
悲しんでいる間はない。気持ちの整理もつかぬまま、カイエンは駆け出す。
「ミナ、シュン」
駆け込んだ部屋からは返答はない。もう一度、カイエンは同じ名を大声で叫ぶ。
そこにいるのだ。目では捉えている。お願いだ。返事をするでござる。
何かを掴もうと伸ばされた手を取る。ミナ。何度名を呼んでも答えはない。抱き起こす体はぐったりと力ない。青白い顔は生命の息吹を感じない。
そして、最後の最後まで。きっと守ろうと抗ったのだろう。伸ばされたか細い手の先。寝台に横たわる小さな身体。
シュン。何度も名を叫ぶ。
「ああ。そんな…」
その身には触れることができなかった。触れて、確かめるのが怖かった。まだ、子どもだぞ。剣の稽古も始めたばかりだ。よく飯も食べ、体も大きくなり始めたばかりだぞ。なのに、なのに。
カイエンの体から力が抜ける。立っていられなくなる。一歩、二歩。後すざりする。ふと足に触れるものがある。見下ろす。ミナの手だった。反射的にその手を握りしめる。
掴めなかった大切なもの。分かっている。その身はどうなろうと、この子を守ろうとしたのだろう。
事切れた体を抱きかかえる。まだ、温もりを感じる。
許さん。
心の奥底から湧き上がるものがある。
許さん。許さん。
同じ言葉を怨嗟する。
静かにミナの体を横たえ、手をあわせる。ありがとう。
シュンに対して、手をあわせる。すまなかった。
そして立ち上がる。
許さん、帝国。
ドマ城の異変は帝国側もすぐに感じ取った。
ケフカが毒を使ったらしい。レオ将軍がいなくなった途端だぞ。おい、水を飲むな、この周辺の水は全部危ないぞ。
城内から絞るように滲み出る悲鳴やうめき声。それもやがて起こらなくなり、ひっそりとした静寂が訪れる。
ああ、やっちまったな。帝国兵は言葉を失った。俺達は、やっちゃならない事をした。
おい、ケフカを探せ。責任はあいつに取らせろ。そんな声が上がり始めた。その時。
ドマの城門が開け放たれた。
そこに立つ、男が一人。
帝国兵がざわめく。生き残りがいた。一人か。
レオ将軍がいない今、指揮をとるはずのケフカは姿を見せない。
どうする。陣営に動揺が取り巻く時、城門に立つ男が放たれた矢のように帝国陣内に突撃した。
一太刀放てば五人を斃し、二太刀放てば十人を屠る。帝国兵は抗うまもなく瓦解を始める。
敵は一人だ。囲って止めろ。誰かが叫ぶが、声の上がる所で斬撃が奔る。
帝国軍に戦慄が走る。鬼か。恐らく我々はドマの鬼を目覚めさせた。
殺す。
全員殺す。
刀を振りかざすたび、人が斃れる。まだ足りぬ。己等を裁くには、まだ足りぬ。この無念を晴らすには、こんなものでは足りぬのだ。
この身の底から得も知れない感情が蜷局を巻いているのがわかる。それを吐き出そうとする度、力が湧き上がる。だが分かる。この力は善いものではない。忌むべき力と呼ぶものにござる。それでもこやつらの死を以てでしか、陛下を始め、皆の手向けにはならぬのだ。
徐々に帝国側の混乱も収まり、組織的にカイエンを迎撃する体制が整いつつある。カイエンが受ける反撃も、決して浅くない。命を燃やし尽くすような修羅の如き威容は、まさしく風前の灯火であった。
これまでか。
陛下。シュン、ミナ。拙者もすぐそこへ行くでござる。
「おっさん、助太刀するぜ」
金髪の大男が突如背後を守りだす。
無言の黒い影が死角の敵を迎撃する。
再び帝国の戦線が崩れだす。援軍か、しかし一体何者でござるか。尽きようとした身魂を奮い立たせ、目の前の敵を斬る。だが、もう先程のような得体の知れない力は発揮されない。
「多勢に無勢。おっさん、ここは逃げの一手だぜ」
承知仕った。もはや異論を唱える気力はない。三人は戦力を一点に集中し、突破口を開き、帝国陣営から逃れることに成功した。
「拙者、ドマ王国のカイエンと申す」
ご助力感謝致す。手当を受けながらカイエンは深々と頭を下げる。
「俺はマッシュ。そこの仏頂面はシャドウって用心棒だ」
これでよし。おっさん丈夫だなあ。あれだけの傷を受けて生きてんだからな。
なあに。カイエンは一息つく。
ドマ王国が受けた痛みに比べれば、こんな傷なんぞ軽いものでござる。
既に夜は更けた。三人が囲む焚き火が煌々と周囲を照らす。とはいえもう帝国は追ってこないだろう。あれだけ暴れたんだ。追い払っただけでも奴らにとっては御の字だろうよ。マッシュは焚き火に照らされるカイエンの表情を見る。あの時城内で何が起こったか。きっとマッシュの想像を絶するに違いない。推し量れるはずもないのだ。
「すまない。ケフカが毒を使うのを止めることができなかった」
マッシュは姿勢を正し、深々とカイエンに頭を下げる。
「成程、あの時帝国陣営で戦闘を起こしておったのは貴殿らであったか」
どうか頭を上げてくだされ。感謝の至りもない。毒を使う使わぬは戦の常。落ち度はそれを防げなかった身共にあるでござる。ドマは敗れるべくして敗れたのでござるよ。
「潔いな。少々過ぎるが」
シャドウが呟く。余計なこと言うんじゃねえ、とマッシュが色めくが、カイエンは首を振る。
「拙者は全てを失ったでござる。もはや思い残す事はござらんよ」
だろうな。鼻で笑い、シャドウは焚き木を火にくべる。
「生き切ったって面してやがる。迷惑な奴だ」
おい、いい加減にしろよ。マッシュが怒りを露わにする。今にも取っ組みかかろうとする矢先をカイエンが制する。
「御仁、分かっていただけるのか」
無言。シャドウは答えない。
かたじけない。カイエンは礼を告げる。救われ申した。
「勝手にしな」
シャドウは立ち上がり、闇に消える。
なんだよ。今日はやけに喋るじゃねえか。マッシュが下唇を突き出す。おっさんもおっさんだぜ。いきなり分かったふうな…
カイエンは眠っていた。張っていた気が緩んだのだろうか。
やれやれ。何だか、俺だけ子どもだ、ってか。
マッシュはそっとカイエンの体を横たえ、毛布をかける。
ふと、その閉じられた目の端に光るものは、見て見ないふりをした。
ナルシェでござるか。
カイエンは思案する。マッシュから旅の目的を聞き、カイエンも目的を同じとするためリターナーに加勢する事になったが、この地からナルシェに辿り着くには海を越えるしか無い。
「とにかく南方へ向かうでござる。彼の地にてナルシェへ至る手段があると聞いたことがあるでござるよ」
何とも心許ない情報ではあるが、ここで手をこまねいている時間が勿体ない。ともかく行こう。ドマ南部へは山間の森を抜ける必要がある。山深い谷に位置するせいか、陽が差し込まず、常に暗い。
「何とも嫌な雰囲気だぜ」
おっさん、道は合ってるんだろうな。マッシュの問いに対するカイエンの歯切れは悪い。やれやれ、迷っちまったらしいな。何度も見たことのあるような分岐に差し掛かる。どちらであったか。判断を迷うカイエンに痺れを切らし、マッシュはその背を押しやる。
もういいよ。俺について来い。先頭を切り、マッシュが歩き出す。待たれよ。だがその静止には説得力がない。シャドウもマッシュに歩き従った。
やがて一行は見たこと無い景色に出くわす。石造りの細長く横たわる高台。その足下には鉄製のレールが敷かれている。
「鉄道じゃねえか」
フィガロでも見たことはある。それは機械の発達したフィガロであってこそのもので、まさかドマのような国にもあるとは思ってもみなかった。
「ドマ鉄道にござる」
だが、なぜ。カイエンは首を傾げる。既にドマ鉄道は廃線になったはず。こんなところに遺構があることも聞いてはおらぬ。よく見ればホームの先に列車が停まっている。全く持って理解ができぬ。もしや、これは。
乗っていこう。マッシュが言う。こいつに乗れば、ナルシェに行けるんじゃねえか。
言うが早いが、既にマッシュは列車に乗り込んでいた。
いかん。
「降りるでござる。マッシュ殿」
だがマッシュはカイエンの言葉など気にも止めない。
マッシュ殿、この列車は乗ってはならぬ。すぐに降りるでござるよ。
繰り返される忠告を無視してマッシュはドアを開き、車両内へ入っていった。
ならぬよ。聞くでござる。
致し方ない。マッシュを引き止めるため、カイエンも中へ入る。
瀟洒な造りのソファが並べられた座席。装飾されたランプ。落ち着いた色合いもあり、上品な内装だった。
「こいつはいい。気に入ったぜ」
マッシュ殿。カイエンがその肩を力強く掴む。気だるそうに振り向くマッシュ。その視線の先には深刻に顔を顰めるカイエンがいた。
その時、出発の汽笛が鳴り、列車はゆっくりと進行を始めた。
大変でござるよ。
一体何が。列車に乗ったほうが旅は楽だろう。
「これは魔列車でござる。この世とあの世をつなぐ列車でござる」
マッシュはぽかんと口を開ける。何言ってんだおっさん。おかしくなったか。
冗談ではござらん。見るでござる。
わずかに震える指で指された先をマッシュは見る。錯覚か、何か空間が歪んでいるように見える。それは瞬く間に黒い影のような実体を持ち、動物的な爪の形態をした刃がマッシュを襲った。間一髪、猫のような身のこなしでそれをかわすが、腕にひとすじ、鋭利な傷が残った。
「生あるものをこの列車は受け付けておらぬ。拙者らを排除しようとしているのでござるよ」
ゴースト、かよ。まさかそんなモンが存在するなんて。気づけばこの狭い車両内の前後を取り囲まれている。この際カイエンの言うことが正しいかどうかなんてどうでもいい。ともかく、こいつら倒せるのか。
シャドウがゴーストの攻撃を躱し、横薙ぎ一閃、苦無で切り裂く。黒い影は霧が晴れるように、霧散した。
いけそうだな。シャドウは息をつく暇なく、二撃三撃と斬撃をつなぐ。マッシュも負けじと鍛え上げた肉体を武器に、ゴーストを次々と討伐する。瞬く間に車両内のゴーストは一掃された。車内には一定間隔で車輪がレールをまたぐ音のみが響く。
「ドマ国では死者は魔列車に乗り、あの世へ送られると言い伝えられているでござる。迷信と思っておったが、よもや実在するとは」
「てことはおっさん。俺達は死者の国へ連れて行かれてるって事か、今」
だから何度もそう言っておるでござろう。引き止めてもお主が聞かないからでござる。
隣のシャドウも頷く。お前が悪い。珍しく、言葉まで使う。ちっ。すまねえな。俺が悪かったよ。
「とにかく、止めなきゃならねえな」
機関室はは先頭だ。ブレーキなんかもあるだろう。マッシュ達三人はゴーストの妨害をくぐり抜け、先頭車両へ到達する。
機関室をくまなく調べる。どうやらこいつらしいな。見つけたブレーキのレバーを、マッシュは力任せに引く。車輪がロックし、レールとの激しい摩擦が起こり、火花が散る。列車は減速を始めるも、引いていたブレーキのレバーが戻り、車輪が回転を始める。
「こいつ、抵抗してやがる」
マッシュはさらに力を込めてレバーを引く。
ーなぜ生あるものがこの列車に乗っている。
突如、機関室に声がこだまする。幻聴か、と思いマッシュはカイエンと顔を見合わせるが、どうやら全員に聞こえているようだ。
「間違えて乗っちまったんだ。降ろしてくれねえか」
ー生あるものはこの列車に乗れるはずがない。列車は止まらぬ。
そこを何とか頼むって言ってんだろ。マッシュはブレーキを更に引く。
ーそなたらの中に死人がいる。列車に乗ることができた理由はそれだ。
カイエンはシャドウと顔を見合わせる。マッシュはブレーキを引くのを止め、カイエンを見る。
「おっさん、あんたの事か」
確かに。拙者、この世に未練はないと考えていたでござる。されどもマッシュ殿、シャドウ殿といるうち、まだやり残したことがあるように思えてきたでござる。拙者が一人、こうして生き残ったのも何かの縁。なればこの縁にすがり、生き抜くことが死した輩への手向けとなると思い直したのでござるよ。
「列車殿、後生でござる。我らを降ろしていただきたいでござる」
沈黙が落ちる。
「どうなんだ、言う事聞かねえならこの列車叩き壊してやろうか」
凄むマッシュをシャドウが制す。お前だけ残ってみるか、馬鹿野郎。
ー次の駅で降りるがいい。
それきり、声はしなくなった。
やがて進む先にホームが見える。列車は減速し、停車する。
「やーれやれ、やっと降りられた。さっさとおさらばしようぜ」
マッシュの悪態を、残る二人は聞かないふりをする。
「しかし魔列車か。死者をあの世に運ぶってね。まあ、ぽっくり死んで、それっきりってのも悲しいもんな」
案外、残った奴らの未練みたいなもんが生み出しちまった代物なのかもな。
マッシュの背中越しにシャドウが魔列車を見つめる。残った奴らの未練か。なるほどな。
カイエンもまた、魔列車を眺める。視線は流れ、客車、ホームへと。
「む、あれは…」
カイエンは突如駆け出しだ。視線の先には魔列車へ乗り込もうと、ホームへ作られる人の列がある。今まさに、死者があの世へ旅立つため、魔列車へ乗車しているのだ。
ミナ、シュン。
カイエンは最も大切な名を叫ぶ。並ぶ列に二人がいるのだ。
だが二人はカイエンの声がする方を見ようとしない。表情無く、列に流され乗車していく。
待つでござる、待つでござる。
カイエンは息を切らし走るも、列の最後が乗車を終え、ホームは閉じられた。
汽笛が鳴る。
列車は再び、動き始めた。
待ってくれ、ミナ、シュン。拙者も、拙者もそなたらと…
走り去ろうとする列車の最後尾、不意にドアが開き、ふたつの人影が姿を表す。
二人は口を開く。声は聞こえないが、カイエンの頭に響いた。
幸せだったわ、あなた。
パパ、僕、剣の稽古をしてママを守るよ。
列車は走り去る。カイエンはホームの先で、一人立ち尽くす。




