憂い
フロランスの誕生日会当日。
エルネストと共にランヴェール邸へと向かった。
成人していないので開催は昼間で、今日は雪も止んでいて寒さも少し落ち着いていた。
「雪がやんでよかったね」
「はい。昨日は驚きました」
「確かに。昨日は今の時期にしては珍しく沢山降っていたからね」
「今日は晴れましたから、雪も少し溶けていますね」
外の景色を楽しみながら今日の誕生日会が楽しみで朝から少しそわそわとしていた。
暫くしてランヴェール邸の門を潜り少しすると馬車が止まった。
御者が扉を開け、エルネストが下りると、すっと手を差し出してくれる。
最初の頃は戸惑っていたが、もう慣れたものでそっと手を添えて馬車を降りる。
「とても賑やかだね」
「少し遅かったでしょうか」
「いや。僕たち大公家が一番遅くに来るのがいいんだよ。あまり早すぎると他の招待客達が気を遣うからね」
「なるほど」
エルネストと話をしていると、出迎えに出ていたフロランスの兄、クロードに声を掛けられた。
「お待ちしておりました。本日は妹の誕生日会に出席いただきありがとうございます」
「こちらこそ、招待いただきありがとうございます」
「フロランス様のお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとうございます。後程妹と両親が参りますので、会場にご案内します」
クロードの案内でホールに案内されると、フロランスと交流のある令嬢達にランヴェール家と交流のある家が招待されていた。
この中で一番年下はリディアーヌだろうと思われる。
「リディ、もし誰かに何か言われたら直ぐに教えてね」
「……教えたらどうするのですか?」
「うん、それは父上次第かな?」
(これは話してしまったら大事になりそうな……)
こういった大勢の場に出るときは毎回同じ注意を受ける。
まだリディアーヌを養女だと侮っている者が多いのが現状だ。
それもその筈、まだ未成年であり何も成してないのだから、好き勝手言われても当然だとリディアーヌは思っているから、誰かに何かを言われたとしても仕方ない事。
けれど、リディアーヌの家族はそう思っていないので、エルネストが言ったように注意を受けてしまう。
「リディは気にしなくていいんだよ。あ、ほら。フロランス嬢が来たよ」
その言葉でフロランスが侯爵と侯爵夫人、そしてクロードと共に会場に姿を現した。
「本日は娘のフロランスの誕生日パーティーにお集まり下さりありがとうございます」
侯爵が簡単に挨拶をした後、フロランスが前へ出る。
「皆様。本日は私の誕生日にお集まりいただきありがとうございます。今日は楽しんでいってくださいませ」
フロランスが緊張する様子もなく挨拶の言葉を述べるとパーティーの始まりだ。
リディアーヌはエルネストと共に主役であるフロランスの元へ行こうと思ったが、凄い人集りだ。
「少し後で行こうか」
「はい、お兄様」
流石にこの人の中行くのは気が引けるリディアーヌだが、エルネストとしては、大公家の自分達が行けば、話したい人々が避けざるを得なくなるのでそれを避けただけだった。
「エル、リディアーヌ嬢」
歩いていると後ろから声がかかり振り向けばノルベールの側近のイヴァンとアレックスの二人だった。
「二人も来ていたのですね」
「クロードの妹君のお誕生日だからね。リディアーヌ嬢、お久しぶりです」
「避暑地でお会いして以来になりますが、お元気でしたか?」
「お久しぶりです。はい。イヴァン様とアレックス様もお元気そうで何よりです」
二人と合流した後、四人でフロランス達へ挨拶に向かった。
丁度挨拶をする人達が途切れたタイミングだったから他の人達を邪魔することなく済んだ。
「フロランス嬢、本日はお誕生日おめでとうございます」
代表でエルネストがフロランスへお祝いの言葉を述べると嬉しそうに「ありがとうございます」と嬉しそうにしているのを見ると、やはり貴族令嬢として率直に凄いなと、お茶会をするときも思っていたけれど、自分には到底難しいとリディアーヌは思った。
挨拶を終え、リディアーヌはエルネスト達と共に行動を共にしていると、挨拶を終えたフロランスがリディアーヌ達の元へエミリアとアマリアと共にやってきた。
「やっと抜け出せましたわ」
「リディ様、この間のお茶会ぶりですわ」
「今日の装いもとっても可愛らしいですわね」
「彼方に席を用意しておりますから、良かったらご一緒しましょう」
フロランスから誘われてエルネストを振り返ると、行っておいでと頷いたのでにこりと微笑んでリディアーヌは「はい」とフロランス達と共に移動した。
「やっと落ち着けますわ」
「流石に大人ばかりに囲まれると疲れますわよね」
「リディ様達とご一緒出来るこの時間が癒しですわ」
ほっと息をつくフロランスは先程とは違ってほっとした表情をしていた。
外の顔を内の顔を使い分けられているから本当に感心する。
「それに、友人にお祝いしてもらえるのが一番嬉しいですわね」
「それは言えてますわ」
「そういえば、リディ様の十歳のお誕生日はどうされるのでしょう?」
「まだ先の事なので、それにお父様に確認しないと分かりません」
貴族の子供の誕生日は十歳から多くの貴族を屋敷に招きパーティーを行う。
リディアーヌも来年には十歳となるので、次の誕生日も他の貴族の子供達と同様に誕生日パーティーを行うのかと思うと少し気が重たくなる。
漸く友人同士のお茶会に慣れてきたところだけど、このように大勢の貴族が集まるパーティーはまだ慣れない。
それに、フロランスのように優雅に微笑みながら他の貴族を相手にするなんて、まだ無理だと後ろ向きになる。
「ルヴェリエ殿下の事ですから、きっと盛大なパーティーをお考えになられるわよね」
「リディ様は大公閣下にも愛されていますから、きっとリディ様より張り切って準備しそうですわ」
確かに、それはあるかもしれないと思わず頷いてしまった。
「リディ様はあまり気が乗らない様子ですわね」
「まだ大勢の方とお話するのは緊張しますから」
「まぁ。そうですの?」
「私の父と母には普通ですわよね」
「何度か言葉を交わしていたら、それなりに大丈夫なのですが、初めての方は特に……。私は養女なので、それを良しとしない方も多くいらっしゃいますから」
リディアーヌがぽろっと零すと、フロランス達が顔色を変えた。
「リディ様! そんな事気にされなくてもいいのですわ!」
「フロー様の仰る通りですわ! ルヴェリエ殿下を始め、ルヴェリエ大公家の皆様に愛されているリディ様に嫉妬しているだけです」
「その通りですわ。外野の羽音など無視なさって良いのですよ」
フロランス、エミリアにアマリアの三人から勢いよく言われて少し仰け反ってしまったけれど、私を心配してそう言ってくれているのは良く伝わって、嬉しくなった。
「ありがとうございます」
お礼を伝えると、何故か三人は悶えていた。
(あぁ、本当にリディ様は……!!)
(なんて可愛らしいのでしょう!)
(大公家の皆様が溺愛するのも分かりますわぁ!)
三者三様に心の中が荒れ狂っていると、リディアーヌは不思議そうに「大丈夫ですか」と声を掛けた。
「し、失礼しましたわ」
「リディ様があまりに可愛らしく……」
「少し取り乱してしまいましたわ」
三人の言葉を聞いてもあまり理解できなかったが、何事もないでほっとした表情を浮かべた。
楽しくお話をしていると、フロランスの兄、クロードが彼女を呼びに来た。
「お話の途中で申し訳ないのだけれど、妹を借りていいかな?」
「あ、申し訳ありません。つい楽しくてフロランス様を独占してしまいましたね」
「いえ、いつも妹と仲良くしてくれてありがとう。フロー行くよ」
「皆様、途中で申し訳ありませんわ」
「いえ、お気になさらないでください」
名残惜しそうにフロランスはクロードと共にこの場を後にした。
暫く三人で話に花を咲かせていると、今度はエルネストがこちらへとやってきた。
「リディ、此処にいたんだね」
「エルネスト様、リディ様を独占してしまい申し訳ありません」
「気にしてないよ。リディも楽しそうだからね」
そう言って「僕も一緒していいかな?」と聞かれてエミリア達の了解を取って席を勧めた。
何処か疲れたようなエルネストにどうしたのかと尋ねると、とてもしつこい令嬢に捕まっていたのだとか。
そこからようやく逃げ出してきたのだと言った。
「それは災難でしたわね」
「どちらのご令嬢に捕まっていたのでしょう?」
「お兄様、大丈夫ですか?」
「あはは、大丈夫だよ。相手はマリエル・ルナール侯爵令嬢ですよ」
「まぁ。エルネスト様はあの方に付きまとわれているのですね」
「何処かで聞いたことのある名前……」
「リディは一度会った事があるよ」
「いつですか?」
「皇子殿下主催のお茶会の時、リディを馬鹿にしていた愚かな令嬢だよ」
(あの時の……)
思い出したがあまりいい印象はない。
あの令嬢がエルネストに絡んでいたと聞いて、少しイラっとしてしまった。
「あの令嬢はどのような方なのですか?」
「年齢は私達よりひとつ下ですわ」
「性格はあの通り、気に入らない者をいじめたり、人気のある殿方にアピールしていらっしゃるの」
「アピール? 何をアピールするのですか?」
「将来有望な婿探しですわ。結婚する相手を探しては粉をかけておりますの。ですが上級貴族にそれは通用しませんわ。まぁ中には引っ掛かる方もいらっしゃるのが驚きですけれど」
「エルネスト様は災難でしたわね」
「あのようなしつこく、リディの悪口を延々と話す者は願い下げだよ」
今のエルネストの言葉を聞いて疑問に思った。
結婚相手にアピールするなら、その兄妹の悪口を話すのはマイナス以外ない。
兄弟仲がいい程、嫌われてしまうだろう。
「成長していないのですね」
ぽつりと呟くと、一瞬しーんと静まり返った後、笑い声が響いた。
「あ、相変わらず辛辣だね」
声を出して笑ったのはエルネストだ。
令嬢らしく扇子で口元を隠して笑っているのはエミリアとアマリアの二人で、どうにか落ち着こうとしているが肩は震えている。
少し落ち着いたのかエミリアがようやく扇子をパチンと畳んでリディアーヌを見つめた。
「そういうリディ様が好きですわ」
「確かにあの令嬢は成長しませんわね」
「学園って誰でも通えるのですか?」
「いえ、そんな事はありませんわ」
「まず試験に合格しませんと、学園には入れません」
「試験は来月に行われれるので、その結果次第ですわ」
「貴族が殆どだけれど平民でも将来有望な試験に合格さえすれば入れるんだよ」
エミリアは自信に満ち溢れ、アマリアも、試験に緊張しているように見えないから大丈夫なのだろう。
その試験に果たしてその令嬢が来年試験を受けて受かるのかと疑問が湧くが、どうでもいいので直ぐに意識の外へ追いやった。
「皆様、試験頑張ってくださいね」
「ふふ。リディ様に応援されたらとってもいい点を取って試験合格を目指しましょう」
「負けませんわ」
二人を見ていると何も心配ないようで、嬉しい結果を待つ楽しみと、やはりこうしてお話しする機会が減るだろうと少し寂しくなった。
フロランスの誕生日会から一ヵ月以上が過ぎ、三人から嬉しい報告が届いた。
三人揃って無事合格したと手紙が届いた。
学園へ入学前にお茶会をしましょうとお誘いの手紙に目を通し、お祝いをしようとフェリシエンヌに相談をしたり、準備したりと、今年もあっという間に過ぎていった。
新しい年が始まり、今年は雪が昨年より多く降っていて寒い日が続いていた。
「リディ、手紙が届いているわ」
部屋で読書をしていたら、フェリシエンヌが部屋を訪れ手紙を手渡してくれた。
誰からだろうと思っていたら、フロランスからだった。
早速読んでみると、お茶会の招待状で学園へ入る前の最後のお茶会だ。
「フロランス嬢が学園へ入ると寂しくなるわね」
「はい……」
「リディも頑張って学園へ入ったら、また友人が増えるわ」
「そうでしょうか」
「そこは貴女も頑張らないとね。勉学は問題ないでしょうけれど、友人を作る方が貴女にとっては難しいと思ってしまうのね」
不安そうにする娘を慰めるように頭を撫でる。
リディアーヌが学園へ入るのはまだ先の話だ。
それまでに新しい友人が出来るといいのだけれど。
フェリシエンヌは学園へ入った後の事が心配だった。
まだ先の事とは言え、リディアーヌなら一人でも問題なく過ごせてしまうという変な安心感と、友人が一人もいない状態で学園生活を送るのかと、そちらの心配が大きい。
もうひとつの心配事は彼女の行く末だ。
出来れば学園までに本当の家族の元へ戻るのが好ましい。
皇女とリディアーヌの年の差は一年。
学年も一学年しか違わないので、何かと学園で衝突しないかが心配だった。
まだ猶予があるとはいえ、リディアーヌはエクラタンへ帰ってきてもうすぐ四年目迎えようとしているが、皇女は相変わらずだった。
「お母様、どうされましたか?」
「いいえ。何でもないわ。さぁ、お返事を書いてしまいなさい」
「はい」
リディアーヌが憂いなく過ごしてくれるならそれが一番なのだけれど、そろそろ考えていかないといけない事だとフェリシエンヌは考えるも、まだ暫くこの憂いが晴れる事はないだろうと息をついた。
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ブクマ、評価をありがとうございます。
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第七章の終わりとなります。
次章まで少しお時間いただきますが、楽しみにしていただけると嬉しいです。
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