新たな学び
お待たせしました。
第七章スタートです。
「「「申しわけございませんでした!!」」」
朝訓練場へ行くと謝罪の言葉を浴びせられた。
謝罪というのは浴びせられるものではないけれど、今はこの表現が当てはまる。
目の前には例の四人が一斉にリディアーヌへ頭を下げているから表情を確認することは出来ない。
彼等の側には団長が腕を組んで笑顔で見ているが、その目は笑っておらず、この状況が理解できずにリディアーヌは首を傾げる。
「団長、この人達はどうして私に謝罪しているの?」
本気で分からずそう質問すると、団長はやっぱり分かっていなかったかとでもいう風に頭を押さえた。
「お嬢様。この四人はお嬢様が連れ去られても直ぐに行動を起こしませんでした。何より護衛すべきなのにそれを全うせず、みすみす連れ去られてしまいました。まさかお忘れではありませんよね?」
勿論覚えている……一応。
今団長に言われて思い出した、といった方が正しいけれどそんな事言えば叱られるのが目に見えている。
とはいえ、あの時彼等は直ぐに動かなかったのは事実で護衛としては失格だ。
リディアーヌとしては彼等が動かなくても特に気にしていなかったが、本来護衛騎士は対象が危険な目に遭わぬように未然に防ぎ、もし防ぎきれなかったとしても対象の身の安全を一番に考え行動しなければならない。
今回目の前の四人はそれが出来ていなかった。
きっとこの四人は団長を始め、リュシオルやベルトランからも何かしら処罰を受けるだろう。
その内容は知らないし、特に知りたいとも思わないが、護衛対象を護れなかった事に対しての謝罪を受けたのだけど、本当にそう思っているかは分からない。
四人に向けていた視線を団長に戻す。
「覚えているけれど、彼等の事を団長に言われるまで忘れていました」
「ぶふっ!!」
変な声が出たのはリディアーヌの後ろにいたローランだ。
団長は辛うじで笑いを抑えられているが肩が震えているところを見ると大分我慢しているのだろう。
「何か面白かった?」
「お嬢様最高です!」
「護衛騎士にとって忘れられていたとはそもそも騎士失格ですね。屈辱と思う事すら思い上がりもいい所です」
「大体、護衛がいる事を忘れられるって、いないに等しい事ですよ。そしてそれだけ役に立っていないという事ですからね」
「騎士としている事を恥ずべきです」
団長の言葉にローランは頷いている。
そして未だに顔を上げない四人に流石に顔を上げてもらうように団長を見るが、首を振るだけだ。
居心地が悪く感じるリディアーヌに団長は言葉をかける。
「彼等の謝罪について理解していただけましたか?」
「理解しました。けど忘れていた私も悪いと思うの」
団長はふるふると首を振る。
「人にはそれぞれ立場があります。お嬢様はルヴェリエ大公家の公女様で彼等は一騎士に過ぎないのです。捨て置いて構いませんよ。それに、お仕えする方に覚えてもらう為の働きは本人次第です」
実力は勿論大事だが仕える方に対し誠実で忠実に与えられた仕事、それ以上の働きが必要だと言うことも分かる。
けど、彼等が誠心誠意謝っているのかは疑問だ。
「別に彼等は私に仕えているわけではないでしょう? それにどうして今回四人が私の護衛としたのですか?」
先ずはそこが疑問だったので、この際団長に聞いてみた。
「お嬢様ならある程度予想されているのでは?」
「多分そうかな、っていうのはあるけど、それだけ?」
「答え合わせをお望みであれば、閣下にお聞きするのが良いでしょう」
「お兄様、答えてくださるでしょうか」
「可愛い妹君からのお願いでしたら大体は答えてくださるでしょう」
絶対に知りたい、という事もないし、忙しいリュシオルに聞きに行くのも気が引ける。
それに団長は“大体は”と言った。
という事は答えられないこともあるという事だ。
それならば別に答え合わせをしなくてもいい。
「お忙しいお兄様の手を煩わせるのは申し訳ないから止めておきます」
リディアーヌは何事もなかったかのように訓練を始めようとするが団長に止められた。
「お嬢様。お忘れですが、あの四人の謝罪はどうされますか?」
その言葉に足を止めた。
(すっかり忘れていた……)
くるりと彼等の方へと視線を向けると、まだ頭を下げていた。
どうやら謝罪に対し、何も言わないのでずっとそのままだったようだ。
団長は団長でずっとこのままでもいいと言わんばかりの笑顔だ。
リディアーヌにしてみれば、さっさと頭を上げて訓練でもすればいいのに、というのが本音で謝罪に関しては本当にどうでもいいのだ。
ふうっとため息をついて、彼等へ向けて口を開く。
「時間が勿体ないので訓練を頑張ってください」
「……彼等を励ますとは、お嬢様はお優しいですね」
団長はリディアーヌを優しいというが、心の中では違う言葉を呟いていた。
(陛下や閣下とはまた違うけれど、やはり同じ血を引いていらっしゃる)
リディアーヌの言葉は謝罪を受け入れていない上に訓練をする必要性があると言っているようなものだった。
彼等もそれを感じたのだろう、ぐっと唇を噛みしめる者、その通りだろうと受け入れる者、屈辱的に感じているような者までいる。
(全く。お嬢様が養女だと甘く見過ぎだ)
団長は内心呆れと皇国騎士団に対し、失望のため息をつく。
全員が全員そうではないが、こう目の前にいてリディアーヌに対し全く態度を改めない者に対し、もう騎士の位を剝奪し放免したい気持ちがふつふつと湧いてくる。
たとえそう思ったとしても皇国の騎士団所属の者を自ら処断出来るはずもなく、ベルトランに命じられた通り、その性根と教育を叩き直すよう言われたが……さて、もう少し厳しくする必要性があるようだ。
当のリディアーヌは我関せずと自分の訓練を始めている。
その頑張る姿を見ると自然と笑みがこぼれた。
訓練場の一件から暫く、リディアーヌが訓練場を訪れてもあの四人の姿はなかったが、特に気にせずいつもの訓練をしつつ、団長から新な訓練を追加され頑張っていた。
新たに追加されたのは訓練だけではなく、ベルトランから皇家についての授業が追加された。
授業初日、ベルトランの書斎を訪れるとソファにかけるよう言われそちらへ座ると、ベルトランは目の前に座った。
この授業の時は防音の結界を張っての授業となった。
「さて、昨夜伝えていたように、今日から皇家について授業を始める」
「お父様、質問をよろしいですか?」
「どうした?」
「それは、私も学ばないといけないのでしょうか……」
「エレン、お前は皇帝の娘だ。学ぶ必要がある」
「けど、私は……」
「皇宮に戻らないかもしれない、と考えているな?」
「っ!!」
ベルトランに図星を突かれ気不味くて目を伏せる。
今の所彼方へ戻るという選択肢はなく、エレオノール自身戻るつもりがないと考えているからだ。
その理由は言うまでもなくベルトランも分かっていて、彼女の心情も理解できるが彼としては本来の家族と共に過ごす事が一番だと思っている。
それが現状難しい事だと憂いているのだが……。
「エレンよ。戻る戻らないは別としてだ。戻らないからと皇家の勉強を怠っていい事にならない。戻った時に知らないでは済まされないのだ。前にも言ったが先の事は分からん。勉強しておいて損はない」
「……分かっています」
そう呟いて伏せていた視線をベルトランへ戻す。
その瞳は少し不安定に揺れているが、学ぶ事への意欲が無いわけではなかった。
(全てが後ろ向きではなさそうだな)
ベルトランは娘の様子を見て少し安堵した。
「では始めよう」
エクラタン皇家に関しての授業はその歴史から始まる。
一般的に知られている内容よりも深く、エクラタン皇家の成り立ちから今のような強国と言われるまでになった歴史を、皇家がどのような選択をして来たのかを。
そして帝王学。
リディアーヌは何故自分が帝王学を学ぶのか理解できなかった。
皇帝の子供は三人。
リディアーヌはその一番下で継承権も第三位だ。
何よりもまだ公にされておらず、大公家の娘として生活をしている。
当の本人に戻るつもりもなく、疑問に思うばかりだ。
それでも何も言わずに学ぶのは先程ベルトランが言った通り、学んで損はないという事。
ただその言葉のみを信じて学ぶだけだ。
「さて、今日の授業は此処までにしよう」
「ありがとうございました」
「さて、お茶にしようか」
ベルを鳴らすと侍女が入ってきてさっとお茶の準備を整える。
今日は一口大の数種類のスコーンで、どれも美味しそうだ。
「ふむ、授業の後は甘いものに限るな」
「お父様、お疲れですか?」
「いや。リディがあまりにも理解力があるから然程疲れてはいない。何より娘に直接教えるのは保護者としての特権だからな。楽しいから時間を忘れてしまいそうになるが、リディこそ疲れているのではないか?」
「いえ。お父様の授業は楽しいです。新しい知識を得ることが面白いですから」
「は、はは! リディは勤勉だな」
「そうでもないです。先程言った言葉は本心ですけど、一番はお父様達の足を引っ張りたくないからです」
「ふむ。まぁそれも本心なのだろうな」
「お父様に嘘をつく意味がありません。それに、嘘をつきたくありません」
ベルトランの目を見てはっきりと伝える。
娘の視線を受けて嬉しそうに微笑む。
その姿が昔のオードリックと重なって見えた。
(よく似ているな)
昔を思い出し懐かしむ。
オードリックによく似ているのは皇子とリディアーヌだ。
皇女は皇后に似ている。
その皇女は相変わらずな様子だという。
リディアーヌが関わらなければ皇女としての振る舞いは申し分なく、学ぶ事に対して意欲もあり問題はない。
だとしても妹が戻ってきたというのにあれ程厭うのも疑問がある。
皇女自身の心情は分からないが、その点に関しては異様に頑なで全く話を聞かないというのだから……難儀なものだ。
「お父様?」
「あぁ、いや何でもない。それより明日から領地へ向かうが、聞いておきたいことはないか」
「私が領地へ一緒にいってもいいのでしょうか?」
「何故だ?」
「シオルお兄様は私を妹として受け入れてくださっていますけど……」
リディアーヌの本来の身分は皇女だ。
けれど今はベルトランの養女となっている。
皆は何も言わないけれど、面倒だと思う。
リディアーヌは領地へ行って迷惑を掛けないか、とても心配で皇都で留守番をしている方がいいのではないかと今も考えている。
領地へ行くことが決定したのは先週の事。
マラディの一件が終わり、一度領地の様子を見に行かねばとリュシオルが呟いたのだが、皇都での仕事が多くそれどころではないため、ベルトランが代わりに行くこととなった。
そして気分転換にとリディアーヌも一緒に行く事が決定した。
「心配しなくていい。彼奴は早く妹に会わせろと催促の手紙を何度も送ってきているくらいだ。行ったら行ったで面倒になると思うぞ。違う意味でな」
楽しそうに笑うベルトランを見て違う意味で不安に駆られた。
ご覧いただきありがとうございます。
第七章終わりまで二日おきに更新しますので、よろしくお願いしますm(_ _)m




