金髪美女へ向かう
それから日数が経ち、グリゴリーたちはついに氷国に戻ってきた。彼らが辿り着いてから一時間も経たないうちに、帝都内で騒動が起こる。
火国第六部隊将軍マルコが、西の住宅地区で氷国兵士たち相手に暴れていた。
空を飛び回り、敵の背後に降り立ち、戦闘不可能の傷を与える。捕らえようとするも、その流麗な動きに氷国兵士たちは惑われ、気付けば一人また一人と地に伏していく。
空中に飛び散る血の間を、マルコは口元をニヤつかせながら移動する。
「イヤッハー。そらついてこいよ氷国の兵士ども。おれっちの首を取れば、例え敗戦したとしてもこれからの人生安泰だぜ。英雄扱いもされて国中からもてはやされるだろうよ」
興奮したマルコの声が、都に響き回る。
その声を聞きつけ、基地にいた兵士どころから住宅で寝ていた民衆までもが武器を手に持ってやってきた。
怒りや恨みに混じる栄光と金貨への欲望が彼らの目の奥にあった。それらは時に隣のものとの協力や、冷静な一部の兵士からの退去命令も無視させた。特に狂奔したものたちは味方同士でさえとも傷つけ合っていた。このせいで優秀な兵士たちもその自慢の力が発揮できず、結果的にたった一人に三百人以上の兵士たちが翻弄されることとなった。
興奮と抑制、憎しみと喜び。
混沌渦巻くその場を、マルコは鋭い身のこなしと技でさらにかき回す。
地面からの長槍をヒュッと回るように躱す。壁の出っ張りを蹴り、高度を上昇させて部屋の窓から投げつけられた椅子を踏みつけてまた飛び上がった。
「年頃のお嬢さんが、そんな怖い顔して人に物を投げちゃいかないよ。もっとおしとやかにしないとボーイフレンドが作れない……っと。危ない危ない。軽口を叩いてる暇もないや」
「それは天変地異を疑う所業だ。明日には氷国は砂漠に、火国は凍土になっていそうだ」
マルコの背後へ射られた火矢が打ち落とされた。赤く染められた木棍が回転する。
隣に現れたアレクサンダーへ、マルコは普段の明るい声で話しかける。
「いや助かったよアレクサンダー将軍。ところで何で君がここに?」
「さすがに単独では辛くなってきた。作戦の段階を移行して、予定されていた二人組になって時間稼ぎを継続する」
「よっしゃ待てました。一人で寂しかったんだよ~アレクサンダ~君」
「軽薄な態度は許すが、私の名をふざけた口調で呼ぶのは止めてくれ」
「首をよこせ。火国将軍!」
会話中に氷国の民が斧を持って切りかかってきた。刃を棍棒で受け流し、脇腹を鉄板で裂く。
その場に倒れて手当てへ戻る襲撃者に構うことなく、別方向からの不意打ちを捌く。
「しかし随分と大胆な作戦を」
遠方より悲鳴と怒張が湧きあがった。
声の先では、アレクサンダーとマルコとは別の二人の将軍が暴れまわっている。
火国の将軍たちが兵士も連れずに、四人だけで暴れ回っているのだ。
明らかに不自然な行動であったが、一人だけでも首を取れば幹部が約束されるのだ。ならば兵士たちは最悪な未来への予感を無視してでも、四人の元へ行くしかなかった。氷国の大半の兵士が、敵国の将軍たちの元へ集っていく。
わずかに神殿までの道に残っていた兵士をビリヴォスカーで弾きながら、グリゴリーは移動していた。
「自分はただの商人なのにブー! 後で絶対に金払ってもらうからなブー!」
「分かった。いくらでも払うさ」
「本当に払えブー! ブー!」
鼻息を荒げさせ、ブラダィヨーは鞭を振るった。猪はいななき、突進するような速度で駆けていく。
行く手に巨大な物体を発見した。
「うおおい! あれは!?」
「破城氷柱。構え!」
台に載せられた氷柱が道を塞いでいた。ビリヴォスカーが通れる合間などどこにもない。ビリヴォスカーの衝突間際に、グリゴリーの右手が伸びる。
車輪が氷漬けにされた。
事前に将軍たちからコンティスションをもらっておいたのだ。
台が急停止するアクシデントに、横にいた兵士たちが騒ぐ。
「魔女の子が!」
「いない! 奴はどこにいった!?」
いつの間にかビリヴォスカーにいるのはブラダィヨーだけになっていた。
転落でもしたか? 後方に存在を確認しようとした途端、兵士の兜が凹んだ。鉄を破壊する音が連続して聞こえる。
倒れている氷国の兵士たちの中心に、グリゴリー一人で佇んでいた。
グリゴリーは天を仰ぐ。
上空に破城氷柱がもう一本現れ、下の氷柱へ落下した。透明感のある粉が、地面へ散布する。
「また強くなったなお前」
「ブラダィヨー。修行のため、お前が人を雇ってくれたおかげだよ、ありがとう」
「よせよ気持ち悪い。あと感謝するくらいなら金をくれ」
「うちにはカブしかないぞ」
「株なら欲しかったんだけどな」
こんな時まで口の悪いブラダィヨーに、グリゴリーは逆に安心感を覚えた。
横切るビリヴォスカーに、飛び移る。
帝国の中央へ進んでいく。
騒ぎが二方向から聞こえるが、先ほどみたいな自分たちを待ち構えていた兵士には遭遇しない。不気味な静けさに、一縷の不安を抱きつつもブラダィヨーたちは無事に神殿へ進んでいく。
ビリヴォスカーが神殿前に来た。グリゴリーはソリから飛び降りた。
「後はもういい。逃げろ」
「そうだな……あばよ。無事に帰ってきたときは、どこにいても取り立てにいくからな。覚悟しろよ」
最後まで変わらないブラダィヨー。
彼は別れを告げると、事前に決めていたポイントへ戻っていった。到着後、火国将軍に護衛をしてもらうので安全性は保障されている。
ありがとう。
ここまで付き合ってくれた悪友へ、グリゴリーは内心で感謝を伝えた。
そのまますぐ神殿には入らず、仁王立ちをしている。
「……」
いつのまにか、正面にミハイルがいた。
ミハイルを挟んで、神殿とグリゴリーは位置している。この氷国の大将軍を倒さなければ、マーシャを救出するどころか氷神に辿り着くことさえ出来ない。
グリゴリーは顔を包むほどの白い息を吐いた。
「久しぶりだな叔父貴」
「そうだな……魔女の子よ」
再開直後の挨拶は、拒絶から始まった。




