金髪美女、戦火に包まれる
所用のため休止していましたけど、再開します。
ストックはないのでペースは落ちると思いますけど、残り少しなのでこのまま駆け抜けて完結させたいと思います。
「あれが帝都?」
「ああ」
夜であったが、澄んだ空から降り落ちる光はここから遠くのにある都の存在を示していた。
見たこともない巨大な壁とそこから突き出ている神殿が何よりもの証だった。
「それでこれからどうするの? 火国さんたちの軍隊はどこ?」
「休みなしで直行だ。軍がどこにいるのかは不明だが、朝起きたら敵国の兵士に囲まれていたはちょっと洒落にならん」
グリゴリーは遥か先まで雪原を観察する。
ここからビリヴォスカーで十分というころにテントが張り詰められていた。
「今なら大丈夫だな。しかも運よく夜戦を行っていない。これなら一部隊にも当たらず、上手くいけば見張りにも見つからずにゴールだ」
「よーし。がんばってー」
魔獣は最後の力を振り絞って、帝都へ疾走した。
広大な雪原。
辺り一面が雪と空だけで埋まっていた。どこを見てもその二つしかなくどこか幻想的な風景だった。
帝都はその中心にそびえ立っている。
白や水色を基調とした建物たちは異物がそこにあることを感じさせず、周囲の自然によく馴染んでいた。
あれから三分ほど走った。
影のようだった帝都が視界いっぱいに広がり、その規模の広さを窺わせた。
人が住む領域という意味では同じはずだが、サニュ村とは何もかもが違っていた。
目的地への到達が現実感を帯びてきたところで、グリゴリーは空気の変化を察知した。
「空で何か?」
夜空を見上げる。
月が宙に浮いている――綺麗な満月だった。
その満月が大きくなった。
時間が経つごとに膨らみ、ピューと笛を吹いた音を立てはじめた。そこで一緒に見上げていたマーシャは気付いた。
「月が! 落ちてきてる!」
急げ!
横からの声によって正気に戻ると、マーシャは手綱を振った。指示を受け取った魔獣はさらに速度を上げて、すぐに方向を変えた。
落下する月。
有り得ない現象に困惑しつつも、危機から逃れんと必死になる。
地上に落ちる前に範囲から脱出する。
グリゴリーは地上に落ちた月の正体を確認した。
それは巨大な氷の結晶だった。
光の屈折を利用して影を消すことで、正確な範囲を事前に知らせないようにしていたのだ。下から月のように見えたのはその副産物だった。
その落下物と上に乗った人物を見て、グリゴリーは悟った。
「狙われてるぞ」
その言葉が引き金となり、雪の下に隠れていた火国の兵士がグリゴリーたちに向かって突撃してきた。
「シッ」
あらかじめ用意しておいた雪玉を兵士たちへ投げつける。
急所に当たらずとも相応の威力を発揮し、途中の段階で沈めていく。だがそれでも全ての兵士には足りず、ビリヴォスカーが傷つけられていく。
「イヤッハー!」
「きゃあ」
将軍なのか、マントを着けた兵士が飛んで向かってきた。
騎手を潰そうと、マーシャを狙っている。
「打ち落とす」
グリゴリーはソリの縁に登り、将軍を待ち構えた。
顔面へ右拳を打ちこんだ。
将軍は空中で自由自在に動き、高速の拳をひらりと浮いて躱す。すれちがいざま、グリゴリーの肩に血の線が刻まれた。
後方を覗くと、マントの下で薄い鉄板を両手に握っていた。あれを翼のようにして、飛行していたのだ。
グリゴリーが傷ついたのを見ると、兵士たちは一斉に間を詰めていく。すぐに雪玉を取り出し、進撃を阻む。
攻撃を受けながらも進み続けるグリゴリーたち。
その遠方で、彼らを視界に捉えているものがいた。
盲目の右眼に、片眼鏡を取り付けた左眼。
盲目は唯一開かれた眼と水平に手を置く。距離と風、今はわずかに誤差がある事前に計測器で計った数値を感覚で調節する。
指先に溜まった水滴が真っ直ぐに離れていった。
透明の線が空中に描かれた。
マーシャの脳天へ、糸のようになった水滴が到達しそうになるのを捉えた。グリゴリーは破壊しようとするが、途中で手を伸ばす先を変えた。
(これは壊しても意味がない)
マーシャの肩を掴んで、強引に引っ張った。
余裕がなかったため力が制御できず、体勢が入れ替わり、水滴はグリゴリーの腹部を貫いた。
「ぐぅうううう」
「鉄粉入りの水針は痛かろう。しかしよくぞ横からの撃墜を我慢した。敵ながらあっぱれ」
もしもグリゴリーが水針の腹を狙っていたら、一部は壊せても針の先は残り、それがマーシャを殺していたのだった。
引かれた力が強すぎて、マーシャは止まりきれずにソリの壁にぶつかった。
立とうとすると、ソリの縁にさっき自分に飛んできた将軍がいるのが見えた。
その将軍は膝を曲げた姿勢で、白い歯を見せてくる。
「どうもこんばんは。お嬢さん。あなたのお名前を……と、それならさきに自分の名前を名乗るが紳士ってものか。おれっちは火国第六部隊の将軍マルコというものさ」
「ど、どうも」
後ずさるマーシャ。
戦場とは思えない爽やかな笑顔でマルコは話しかける。
「ああ警戒しないで。おれっちはあんたらの素性を確認しにきたのさ。あんたらって氷国の密売人ってことで合ってる?」
「え」
あまりにも突拍子の無いことを言われてマーシャは驚く。
そのままマルコは説明を始めだした。。
「密告があったのさ。今日、いや本来なら昨日かな、氷国の密売人がここを通るはずだって。協定違反の武器を持ちこむ予定で、通すとかなり面倒なことになると」
マーシャの頭の中に三人の人間が浮かんだ。
おじちゃんとおばあちゃん、そしてブラダィヨー。その三人だけが自分たちがこの道を通ることを知っていた。
もしもこの軍勢に伝えられるとしたら先に出て、しかも火国と懇意にしているブラダィヨーしかいなかった。他二人はそもそも物理的に不可能だ。
おそらくお金か今後の商売のために――
そこまで考えて、マーシャはその発想を口から出すのを止めた。確証がない内は、人を信じたかった。
そんなマーシャの戸惑いも知らず、マルコは話を続けていた。
「下手すればうちの勝ちさえも揺らぎかねないくらいにだってさ。まあそこまで鵜呑みにしてたわけじゃないんだけど、一応警戒してたところにあんたらが来てね。で、実際どうなのあんたら? おれっち的にはデカブツはともかくお嬢さんのほうはそういう仕事は向いてなさそうに見えるんだけど」
「それは……」
マーシャが否定しようとした矢先、ずっと黙っていたグリゴリーが横から蹴り上げた。
「ちょっとグリゴリー! なんでいきなり攻撃したの!?」
「お前を狙っているのはどこの国だ?」
「あっ。この人たち……」
「そうだ火国の連中だ。こいつは関係ないにしても、説明のために一時的にでも身を拘束されれば厄介なことになる。俺たちはもうこの戦場を抜け出すしか方法はないんだ」
そう言われても、将軍の柔らかな態度を前にしてマーシャは一向に頷けなかった。
けれど実際、今はこの戦場を脱出するのが何よりも優先事項なのは分かっていた。
「……分かった。頑張る」
「よし。なら立つぞ」
グリゴリーは手を差し出し、マーシャはそれを掴んで立ち上がった。
すぐに運転席に座り直して、手綱を鳴らした。マルコがいたときは手を止めていた連中も、攻撃を再開する。
四方八方からの妨害。
全力を出しても防ぎれず、身を削られながらも、都までは保つかもしれないと期待できるところまで来た。火国の兵士たちもそれを察したのか、焦って攻めの速度を上げる。それが精度を失わせ、かえって直撃を減らしていた。
いける。
グリゴリーは脱出の確信をした。
「痛かったな~」
グリゴリーが地面を覗くと、マルコがソリと平行に飛行していた。
なんと突き落としたところから追い上げてきたのだ。
飛んでいる動きも合わせて、とても人間とは思えなかった。
「もう一回同じ目に遭わせてやるよ」
「わっ。タンマタンマ。おれっちよりまず前見て前」
雪玉を投擲してから、言われた方向を覗き見る。
そこにはグリゴリーの知った顔があった。
「まさかこういう形で貴様と再戦することになろうとはな……いささか残念ではあるが、仕方あるまい」
村で以前グリゴリーと対決した第三部隊将軍アレクサンダーが魔獣の前に立っていた。
魔獣は威嚇し、どかなければ踏みつぶすと突進する。
アレクサンダーは暴風のような圧力に物怖じもせず、腕輪のような氷を幾重にも生み出し、三つの鎖を造りだす。
そして魔獣の動きを見抜いて、回転させるように飛ばした。
魔獣は二つ目まで弾く。だが横から曲がってきた三つ目に後ろ足を取られて転んでしまう。
その動きにソリも引っ張られて倒れる。
「きゃあ」
「うぐ」
「悪いが眠りにつくまで攻撃させてもらうぞ」
ソリから転げ落ちた二人へ容赦なく氷は飛来した。将軍含め四部隊からの追撃。それは壮観であり、また絶望的な光景でもあった。
これで終わりなのかとグリゴリーは敗北を予感した。
極熱の炎が二人を包んだ。
触れるまでもなく空中で氷は解け、水と一緒に蒸気になって舞い上がっていく。周囲が突然、霧に囲まれたように変貌していた。
炎の内側にはグリゴリーたち以外の第三者がいた。
「久しぶりだな。グリゴリー」
「叔父貴。なんで今こんなところに?」
グリゴリーと旧知の中で、かつてサニュ村の危機を救ってくれたミハイルだ。
ミハイルは手にしまいこむように炎を消すと、立ち上がった。
「なに、わたしたちの守る真ん前であんな派手な戦闘おっぱじめられたら眠っていても起きて様子を見に行くさ……もうすぐ救助隊のビリヴォスカーが来る。おまえは十分によくやった。しばらく休んでいろ」
力尽き、負傷したグリゴリーを労る。
不愛想な表情のままだが、その声からはどこか優しさを感じられた。
ミハイルの言う通り、蒸気が消える前にビリヴォスカーは訪れた。
そこから鎧姿の女が降りてきた。
女はマーシャへ手を貸す。
「君、大丈夫か?」
「は、はい」
わずかに元気が残っていたマーシャは足を動かして、女にミハイルの元へ誘導される。
「父さん。連れて行ってくれ」
「どうした? この蒸気が失われる前に行かないと、奴らはまた襲ってくるぞ」
「この中を突っ切ってきてるやつが一人いる。即行で終わらせる。だから準備を済ませといてくれ」
「分かった」
ミハイルは女の頼みを了承すると、グリゴリーや魔獣をビリヴォスカーに連れて行った。
女は蒸気の中のある方向へ視線を向け続ける。
現れたのは高速で地面を動く四角の影。
視界のギリギリ外の上から、マルコは女へ飛びかかった。
火国軍は全員、蒸気が晴れるまで動かずに防御に徹することを命令された。その中でマルコは、逃走される可能性を考えて独断で追撃を狙っていった。
「イヤッハー!」
刃のついた鉄板で同時に左右から首を切りつける。
気付いても遅いうえ、防御さえ不可能な奇襲だった。
女は両腕を縦にして受けた。
皮膚から血が垂れる。
だが肉の途中から鉄板は進まなくなった。
「そんな薄い刃では、この筋肉は断てない」
女は空から足を垂らしているマルコを、膝蹴りで宙に浮かせた。
蒸気の中に沈むマルコを見て、戻ってきた女を乗せるとビリヴォスカーは走りだした。
蒸気が消えた頃には、そこには壊れたソリの残骸だけがあった。




