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金髪美女と寝る


 いつのまにかブリザードがやんでいた。

 夕日が、水平線上に浮かんでいる。


「クゥ~クゥ~」

「行っちゃうの……ありがとう!」


 森へ帰っていく獣の子。

 

 すぐにその背を見失い、まるで今までのことは幻のようだとマーシャは感じてしまった。


 獣の子がいなくなると、すぐにグリゴリーの元まで歩く。


 グリゴリーの血塗れで倒れていた。

 魔獣と戦った時よりも傷が増えている。落ちてからここまでくる過程で負ったものだ。


 その姿に現実感を覚えられないまま、マーシャは膝を付いてグリゴリーに触れた。


「……熱い」


 初めて触れる他人の血はまるで火のように熱かった。


 マーシャは脇に置いてあったリュックサックからタオルを取り出した。

 血を拭いて、次に包帯を巻いて止血をする。

 それから森のほうに戻って、なんとか引っ張ってきたグリゴリーを、木を背にして座らせた。


「毒だ……これ……」


 体に触れている内に、魔獣の毒の正体に気付いたマーシャ。

 肌の所々が異常にむくれている。


 マーシャは持っていた薬を出した。

 本人の回復力に頼るものだが、広い範囲の毒に効く代物であった。

 村長たちから念のためにと渡されていたのだ。


「これを、飲ませないといけない」


 薬は粉末状の種類だった。

 薬包紙ごと近づけるが、意識がないため口に含ませてもこぼれていく。

 

 これでは毒は抑えられない。


 どうしようかと悩んでいると、ある閃きが浮かんだ。


「で、でもこれは……」


 時が止まったとでもいうように、硬直するマーシャ。 


 グリゴリーの唇を見つめる。

 大きい。

 血の気が薄く、真っ白だ。


 自分の唇に触れるマーシャ。

 グリゴリーのものに比べると、小さく細かった。

 

 自分の顔が、お湯が沸いたように熱くなっていくのが分かる。


「ああもう! 人命救助! 悩んでなんていられない!」


 わずかな停止の後、勢いよくマーシャは動き出した。

 

 マーシャは口に雪を含ませて溶かすと、手持ちの粉と混ぜる。

 グリゴリーの口を強引に開かせる。

 水で溶かした薬を、グリゴリーに口移しで飲ませた。


 ゴクゴク……ゴクリ


「はあ……はあ……飲んだ! まだあったかい。生きてる!」


 口を離した後、マーシャは嬉しそうにグリゴリーの様子を眺める。 


 薬を飲んだグリゴリーは、みるみるうちに回復していく。


 頬や唇から、わずかながらも温度が感じられた。

 毒の治療も完了したことで、このまま休ませていればいつか起きるはずだ。


 マーシャは自分も休憩を取るために、隣に座った。


「……疲れた」


 思い返せば、大変な逃走劇だった。


 九死に一生で、幸運といつの日かに出会った獣の子たちがいなければ確実に食われていた。

 そうなればこうしてグリゴリーを助けられることも出来なかった。


 夜風が吹いた。

 天を見つめると、暗黒に月が浮いていた。


 気づいたら夜か。


 グリゴリーを見つけたときは夕日が落ちる直前だったので、想像以上に時間が経っていた。


 ふと嫌な予感がマーシャにした。グリゴリーの素肌に手を触れさせる。


「うそ。冷たい」


 服を着せていた部分にも触れて、体全体を確かめる。

 明らかに先程よりも体温が落ちていた。


 夜の寒さはグリゴリーの命の芽を完全に摘み取ろうとしていた。


 マーシャは急いでリュックサックを取りに行くと、何か便利なものはないかと探す。

 マーシャのリュックサックは魔獣に食われ、グリゴリーのは落下に耐えきれず使えそうなものは全て壊れていた。


 いい方法はないかと考えるマーシャ。

 するとまた天啓に導かれるように閃めいた。


 再度、マーシャは耳まで赤くして悶絶する。


「……何で!? 何でこんなことしか思いつかないのぼく!?」

 

 思いついた発想は、またしても肉体的接触が伴うものだった。


 グリゴリーへ目線を送るマーシャ。


 今日までの、嫌な記憶が真っ先に頭に浮かんだ。

 

 水をかけられたように頭が冷えていく。


「ふん。こんなやつ」


 ()()()()()までして、助けてやる義理なんてない。


 思えば、助ける必要なんてないんだ。

 今では体も治療して、料理も自分で作れる。

 家だって村長の家に住めばいい。


 グリゴリーに頼らなくても、マーシャはもう充分に生きていけた。


 未来のことを考えれば、グリゴリーのことを助けなくてもいいのだ。

 

 マーシャのグリゴリーを見る目が刺々しいものに変わる。


「グリゴリーなんて大嫌い。嘘吐くし、何も教えてくれないし、勝手に怒るし、無駄に体は大きいし、影にも熊にも負けて実はちょっと弱いし、料理だってぼくより下手だし、歩くときはいつも先に行っちゃうし、気が使えないし、休憩中はいつも体鍛えてるし、話題少ないし、汗臭いし、興味ない話は適当に流すし、フォークの使い方変なせいでぼくまで笑われるし、カブばっかり食べさせるし、無神経だし……この無神経男……だからもう助けてなんて……助けてなんて」

 

 今までため込んでいた鬱憤を全部晴らすマーシャ。

 

 思い出せば、グリゴリーとの生活は嫌なことばかりだった。


 

 なのに気付けば、マーシャはグリゴリーの両肩を掴んでいた。


 

 潤んだ瞳で、真っすぐに視線を向ける。


 肌が青白く、息も徐々に小さくなっていく。

 何もしなければ、もう長く保つ命ではなかった。


「何でそんなに弱ってんの馬鹿……いつもの強い君はどこ行ったの……」


 ふと、マーシャは影の言葉を思い出した



『あいつのことをどう思ってる?』


 

 あの時は何も言えなかったが、今なら言えるとマーシャは思った。


 夜空は星に溢れ、満月になっている。

 氷国二十星座は、今宵も国の空に刻まれている。


 グリゴリーに向かって、マーシャは言う。 


「愛してる」

 

 だから助けてあげる。

 ぼくのことをいっぱい助けてくれた分、ぼくもいっぱい君を助ける。

 

 彼との嫌な思い出は確かに沢山あった。

 

 けど、いい思い出はそれ以上にあった。


 グリゴリーの体から離れると、マーシャはリュックサックから取り出して、準備を始めた。






 ゴソゴソ。


 五分後、グリゴリーとマーシャは同じ寝袋の中にいた。


「ううう。やっぱり恥ずかしいよ」


 二人とも裸だった。

 着ていた服は寝袋に巻いて防寒を強化している。



『遭難時、片方が寒さで倒れたときは、二人で体を温め合って寒さをやり過ごすのがいい』

『裸同士だと、なおよい』

『どうせ嘘じゃと!?』

『違うわい。そうやって恋人同士が助かった話もあるくらいじゃからな!』



 裸の理由は、この話を聞いたためだった。


 聞いた通り、マーシャは自分の熱を伝えるために全身を密着させた。


「顔が熱いよー!」


 恥ずかしさで血が頭に昇ってきている。

 

 体がずれて、グリゴリーの口が目に入る。

 

 そういえば、ぼくキスしたんだ。

 いやでもあれは人命救助で……でもその後に告白して……


「ああー!」

 

 感情を全て吹っ飛ばすかのように、マーシャは叫んだ。

 

 疲れていた時は気付かなかったことが思い出されて、マーシャはさらに頭に血を昇らせた。


 しばらく羞恥で染まり続ける。


 落ち着いてきた頃、そっとマーシャは気付いた。


「……こんな硬くて大きかったんだグリゴリー」


 触れるのは初めてではない。

 だが、ここまでじっくりと肌で感じることはなかった。


 骨格からして大きさが違っていた。

 肉が厚く、骨が太い。

 同じ人間の筈なのに、自分とは全く別の生物のように思えた。


 腕が、胸板が硬い。

 皮膚を押すと跳ね返り、まるで岩を抱いているようだった。

 隣にいるときからも自分とは全く異質の存在だと分かっていたが、こうして寄り添っているとそれは事実だと再確認できて、またその異質さをより具体的に把握することもできた。


 深くこの人のことを知っていく。

 

 話すだけでは、近くにいるだけではどうしても分からなかった部分を味わう。


 体内から湧いた熱が奪われていくのを、腕が当たって潰れた胸から感じながら、マーシャはもっと体を寄せた。

 雪が日にあたって溶けていくような感覚を覚える。

 そのことに幸せを感じて、マーシャはじっとそこに居続けた。


 静寂さを感じる。

 

 魔獣の影響で、ここにはもう獣たちは住んでいない。

 今、周囲には他に誰もいない。

 月光さえ及ばない寝袋の中の暗闇は、まるで二人だけの世界だった。


 ほんの小さな音が聞こえた。

 マーシャは自分が無意識の内に動いたのかと思った。

 

 すると次に聞きなれた声が耳に入ってきた。


「おはよう……マーシャ……」

「グリゴリー! グリゴリーグリゴリーグリゴリー!」


 グリゴリーが目覚めた。


 マーシャは歓喜のあまり、目の前の体を強く抱きしめるのだった。


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