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後編

 

 翌日は木曜だった。知らないうちにベッドに運ばれていた私は擬態のネリアを抱きしめるようにして寝ていた。いつもの通り。同居が確定してから約……3か月か。なかなかの懐き具合だと自分でも思う。

 いい匂いがしてきて、ああ、朝だなぁとしみじみしたものがこみ上げる。同居人は一緒にベッドで寝てても台所でご飯を作れちゃったりする。触手を伸ばして和洋食なんでもござれの家庭調理。なんだこの一文。


 何回考えても頭オカシイ。


 ネリアが私と同じ意味で眠ることはない。私の目覚めと同じくして起き上がると丁寧に髪を梳いてくれる。色気とかお子様に対する態度じゃなくて、執事のようでもない。先週からは着替えまでしてくれるようになった。

 グルーミング? なんてーの?


「ネリア……ごはん……」

「まだ寝ぼけてる蓮子ちゃん、キョーレツにかわいいよね。ほんっともう、僕の中に入れて持ち歩きたい。食べちゃいたいよ蓮子ちゃん」

「え、やだ」


 くるんと後ろを向かされて寝てるあいだにずれてたブラジャーに胸のハミ肉を戻される。……言うな。なにも、そう、なにも言うな。

 パジャマは上下を剥かれ、暑苦しくない体温に凭れたままパンストを私の足に伝染ナシでフィットさせてくださるこの同居人、パーフェクト。私がやること? 欠伸くらいかな。

 あとトイレ。

 通勤用のお洋服を着せられ台所に行くとご丁寧に、食べ頃に冷めたご飯とお味噌汁。本日の魚は鰆の西京焼き。


「はい、あーーん」

「ん……おいひ」

「そう? 美味しい? あのね、これ僕が漬けてみたの」

「マジで? スゴイなネリア、本当に美味しいよ?」


 幸せで幸せで幸せだ。私がにっこにっこ笑ってるとネリアも笑う。つやつやのご飯はヒトを幸せにする。


「あー、ネリアと暮らせてよかった」

「僕、蓮子ちゃんとずっと一緒にいたいな」

「私も」


 ふふ、ふふ、とバカップルのような会話をしつつ食べさせられるお菜に浸ってるうち、家を出る刻限になる。いつもならいってらっしゃと言うネリアが今朝に限って真顔で切り出した。


「あのね蓮子ちゃん、僕、ちょっと用事があって、星に帰ってくる」

「え」

「昨夜の呼び出しはそれだったの。帰りはいつになるかわかんないんだけど、出来るだけ早く帰るね。そんでもって出立は今夜。見送ってくれる?」

「く、れ、……る」


 片言で了承を伝えたものの、頭の中が真っ白で何を言ってるのか自覚できない。え? なに?

 なんていったの、ネリア。


「20時に神社だから、一緒に行こうね」

「あ、うん」


 頭がグラングランするんだけど。こんなにショックなのは私だけなんだろうか。唐突過ぎるお別れについてけないと思うのは、私だけ?

 ふわふわする足でパンプスを履く。頭を撫でてきたネリアから無意識で身をかわした、らしい。不思議そうな顔をされてリトライされたので今度こそ、きっちり叩き落とした。


「髪。髪の毛、ぐちゃぐちゃになるの、ヤダ」

「そっか。ごめんね蓮子ちゃん。じゃあまた夕方」

「いってきます」

「いってらっしゃい」


 当たり前のように交わされる会話は夢か現か。ねぇ真面目にどうしてネリアはいつもの通りなの? あれ、いま私、お別れの挨拶されたとこだよね? 星に帰るって、言われた、よね?

 お見送り。帰る予定の目途は立ってない。

 電車で揺られながら、ネリアの体感時間について考えてた。ネリアの種族特性だとか同居に当たってのルールだとかは宮司、ネリアとの関係が深そうな神社の宮司であるところの山田が教えてくれた。その時に知ったことがある。


 ネリアの言う『何年』は、私たちでいうところの『すごく長いあいだ』だ。


 下手をすると100年単位のこともあるらしい時間を『何年』で終わらせちゃうネリアにしてみれば、帰る目途が立ってない帰省は最悪、私との永の別れだと思っていい。

 少なくとも、私がおばあちゃんになってから帰ってくるんだと思う。

 で、それって同居関係が解消されるっていうべきだろうか。捨てられたっていうか、別れたっていうか。


 ネリアのくれる美味しいものが、もう、無くなっちゃう。


 それは、もう、ネリアに美味しいって言えないってことで、あの人に笑いかけられないってことで、それで、だから。


 蓮子ちゃんって、もう、誰も笑いかけてくれなくなっちゃうんだ。


 あんまりにも呆然としすぎて会社での記憶がない。機械的に仕事して機械的にお昼を食べて、そこくらいが周囲の突っ込み待ち限界だったみたいだ。気がついたら課長に乗せられて、そう、例のハンサムな課長に美味いこと誤魔化されて早退することになった。

 私がどんな状態か知ってたとしか思えない。会社からちこーっとだけ離れた喫茶店に連れてきてくれてた。

 甘い甘いアイリッシュコーヒーに、たっぷりのブランデーとホイップクリーム。


 美味しいです、って言ったら、涙がボロボロ零れ落ちた。


 課長は困った顔で口角を上げて、ブラックのアイスコーヒーを飲んだ。ばかでかいパフェも頼んでくれて、ふたりして胸焼けするような量をなんとか食べ上げて、また泣いた。

 課長の旦那さんが夕方に合流して、真っ黒のサングラスをくれた。真っ赤な眼と真っ赤な鼻はマスクで隠して、送ってくれるっていうのを固辞して電車で帰る。

 不審者すぎて電車内でチョーゼツ浮いてた。あからさまな『ママー、あれ見てー』『しっ、見ちゃダメよ』的な会話も聞いた。


 それで腹が括れた。


 静かに静かに気持ちが収束していく。ネリアとは所詮、異星人の付き合いなんだから。こっちがどんな気持ちでいたって、あっちには伝わらない。伝わってても、関係ない。

 飼ってたペットに本気で求愛されて応える飼い主がいる?

 水槽越しにラブアクションされても、住む世界が違う。それ。それな。


 異星人に、いつの間にか恋してましたとか。何周にも回って笑えてくる。別れ話もされてないうちに失恋。滑稽だな、私。


 ほこほこした感情にまで落ち着かせて電車を降りた。家までの帰り道を遠回りして、さらに心を宥める。結晶体、半透明ダンボールの形でネリアと暮らしたいだとか、恋心ってすごいよね。短い友情はいつしか恋に変わってたとか、おぉぉう、なんかこう、青春物みたいで照れる。

 スーパーでお高いビールと普段は飲まない焼酎を奮発した。明日は金曜、今日抑えきれなかった好奇心の分、同僚たちが飲みに誘ってくるだろうと課長夫妻は心配してた。だから、うん、その時までに失恋を終わらせないと。


 きっちり、さよならしてないと。


 ただいまぁ、と家に帰るとカレーの匂い。ネリアは私を玄関まで迎えに出て一瞬、怪訝そうに小首をかしげた。私も同じように首をかしげる。ハッと思い至って酒を渡すと受け取りはするものの、まだ不思議そう。


「蓮子ちゃん? それ、その感情、なに?」

「え」


 剛速球ど真ん中ストレート。身構える前に打ち抜かれてワタクシ瀕死。


「なんか味わったことない気持ちだねぇ。なに、なんか会社であった? なんていうか、うーん、滋味あふれる不味さって言うか」

「おぉぉう」

「……例の、課長さん、がらみ?」

「ふぁっっ!?」


 例えるならバッティングセンターで150Kmのど真ん中だけ指示しておいて体で受け止めてるような感じでしょうか。ネリア、核心だけついてくるな! さすがだね!


「…………なんでそんなカワイイ声出して驚いてんの……僕、その課長さんのこと嫌いかも。すっごく気分悪い」

「え、あ、気持ち悪い声でゴメン?」

「違う。まーーーぁぁっったく、ちがう」

「否定が強いな!」


 オンナも40になると大概のことには誤魔化しが効く、ように、なれる、ハズ。

 祈るようにいつもの対応を心掛けて沓脱から台所に向かう。平常心平常心。私はやれば出来る子。

 マスクとサングラスを取るとネリアが心底からびっくりした顔と声で「どうしたの?!」と言ったので、「人間は泣きすぎるとこうなるのだ」と言い聞かせてやった。


「泣きすぎ? 誰のせいで泣いたの」

「ナイショ」

「……蓮子ちゃん」


 怖い顔と声で凄まれても、アンタはもうすぐどっかいっちゃうしなぁ。肩をすくめて通勤服から着替えはじめるとネリアが手を伸ばしてきた。

 これも、無くなる。

 最後の晩餐を味わうかのように、私はネリアがしてくる『お世話』を受け取った。記憶しておこうと頑張った。


 きっと、ネリアがいなくなってから何年経っても寂しくなるし。


 繰り返し再生できるように、ネリアの一挙手一投足を覚えておきたくて会話を閉じなかった。笑った顔も困った顔も、なんなら怖い声も凄味すら覚えていたい。

 部屋着に着替えてカレーを食べさせてもらって。来週末まであるんじゃなかろうかって量に突っ込むと、後で小分けして冷凍しとくよって答えられた。

 ん、うん、と頷いてるうちに時間が来る。ネリアはごく気軽に突っ掛けみたいなサンダルで私を神社までエスコートした。自販機で炭酸水を買って、ついでにと山田の分も買っておく。


「あいつの分? いらないんじゃない?」

「いやいや、差し入れは顔見に行くときの礼儀だよ」

「蓮子ちゃんトコロの周辺は勝手が違うねぇ」


 そりゃ田舎だもん、軽くいなして手を繋いで鳥居をくぐる。山田はいつかみたいに手水場にいた。黒い炭酸水に目がないのは昔から。変わってない。


「蓮子ちゃんの感情が僕以外に向かうのは納得がいかない」

「無理無茶言い過ぎ」

「お前ら、ほんっと仲良くなったな」

「僕ね、蓮子ちゃんを持ち運びたいんだ。僕の中に入れちゃいたいの」

「ネリアのジョークは相変わらずわかんないけど、私も一緒にいて楽しいよ」

「へぇ? 蓮子、それってずっと?」

「ずっと」


 なぜだか突然のきしきし音が隣から聞こえるけどスルー。

 うん、ずっといっしょに暮らしていけたらいいのに。現実には、ネリアはいまから星に帰る。いつになるかわかんない帰省。

 山田が微妙な顔をして、まぁ、そういう人生もあるよな、と言ってきたので頷いておいた。ネリアも頷いてる。山田は宮司らしい顔になって、聞いたことのないような神妙な声で祝詞らしきものを唱え始めた。祭壇とか護摩とか一切なし。清々しいばかりの唐突な自己流。

 大きな鏡みたいな円が山田の隣に現れた。ネリアの目前。

 ネリアは結晶体に戻って、きしきし鳴り始めた。さよならかなと思って私も手を振る。


「じゃあね」

 きしきしきしきし。

「おい蓮子。さすがにこっからは機密なんで、お前、ココで帰れ」

「いえっさー」


 ひらひら、の手を振ってネリアに根性で笑いかけ、そのついでに山田にも挨拶した。ひらひらの手のひらの後ろで、最初と全く同じようにキシキシ音がひどくなったけど振り向かない。振り向けない。

 鳥居をくぐるかくぐらないかのところでまさかの偶然、気に食わない例の同僚に出くわした。夜なのにナニしてんだコイツ。しかし彼女らしきヒトと一緒にいたので大人の対応、すべてをこらえてそっちにも手をひらひら。

 挨拶不要、とあっちは受け取ったんだろう。同じように手を振り返してきたんで声も出さずにその日は帰った。ひとりで。


 クダ巻いた酒は、大変に苦かった。







 ばったーん! と、壊れんばかりの大音量で玄関ドアが鳴ったのは土曜の朝。金曜の朝が二日酔いで、夜に案の定呼び出された飲み会でしこたま飲んで、えっと、三日酔い? とにかくひどい気分のところにネリアは現れた。うちの玄関を壊す勢いで。

 は?

 廊下に転がってた、というかもう少し白状するとトイレから廊下に向かって転がってた私が顔を上げて唖然。

 当人認めてポカン。


「……は?」

「は? じゃないよ! ふっざけんなし蓮子ちゃん! あの男は誰! 宮司の名前呼んだのもなんで! だからそれより、あの男は誰?!」

「お前が誰だよ」


 うっわーーーぁ。

 ネリアだぁ、としか認識できない酒漬けの頭を振る。傾ける先々で、ぐわらぁん、ってなっちゃう感覚よ、伝われ。

 ネリアに。


 私を揺さぶってくる異星人に。


 控えめにいって気持ち悪い。吐く寸前でようやく気がついてくれたらしい元同居人は私が口元を押さえるや否や顔色を変え便座の上に私を据えてくれた。ありがたいがここから先はプライバシー。這う這うの体でトイレの鍵だけ閉めて、あっちいけ、の、しっしってサインは気に食わなかったらしい。盛大に唸られたが私も忙しいっての。ひっさびさの滝ゲロのあとでの胃液吐きはクル。もう若くないもんな。


「蓮子ちゃん、そんなに気分悪い? 僕が帰ってきたから?!」

「んー」

「うぅぅぅぅぅ、気分の悪そうな蓮子ちゃんのお世話を焼きたい……けどムカつく。ムカつくんだよ、あの男はよ!」

「んーーー」


 トイレのコッチとアッチでしばらく呻きあった結果、私は無事に爽やかなレモン風味の清涼飲料水にありついた。マグに並々のそれを一気に飲んで、もういちどトイレの住人と化す。

 リピートすること2回でようやく、これがひどい二日酔いだと説明できた。それからは一転、じつに甲斐甲斐しい元同居人は、ネリアは、いったいなんだってんだろうか。


「……帰って、きたんだ」

「うん? なにか文句でもあるの。帰ってきたよ? っていうか帰るもなにもココが僕の居所だからね。帰ってくるのは当たり前でしょ」

「……早い」


 ガラッガラの声とアルコール臭で悟ってくれないネリア、マジ異星人。なんだかえらく怒ってるけど、私のテンションで察しろよ。っつかどうも、酔うって単語がいまいち伝わってないっぽい、のか。

 当然、二日酔いも。

 驚きすぎて、麻痺してる脳味噌じゃ現況が理解できません。

 ねぇ、これ、この『いま』はなに。

 ネリアは、元同居人にももう二度と会えないと思ってたのに。

 帰ってこない、かと。


「早くてどこかに不都合でも? たとえば不誠実にも名前呼びしてる宮司とか、信じられないことに僕以外の異性に求愛してるあの男に会うつもり?」

「……うん」


 なにひとつわかりません、の意味で頷いたタイミングが最悪だった。ネリアは、それはもう初めて見るような凄惨な笑い方をするとみるみるうちに形態を変えた。半透明結晶体。

 きしきしと鳴ってる喉は見えない。見えないけど怒りは伝わってくる。


「や、いや、待ってネリア。そのきしきし音とは込み入った話が出来ない」

「……き、うぁ」

「は?」


 日本語らしき音が聞こえた気がして目を瞬く。ようやく私にも現実が呑み込めてきた。マジか。ネリア、帰ってきたんだ。元同居人で、どっかいっちゃったって思ってた人が、帰ってきたんだ。

 え? それじゃ私の恋心は? あ、え、は? 諦める、失恋万歳だよド畜生! って叫んだ昨夜の居酒屋にはなんて言えばいいの?


 この年で失恋なら次はないかもしれないから奢ってやるよと飛び交った万札は。


 ネリアの結晶体に抱きしめられても痛くない。めり込むようにぎゅーぎゅー押されてるんだけど私には喰い込まない。むしろネリアの体内に押し込められかけてるっていうか。


「ぅ……き、だ」

「は?」

「ぅ、き。っ、あー、あ、あ。……あいつ、マジでこんな発声方法とか考えついたの変態か。チョー難しい。ん。んんん。もういいかな」

「けっしょうたいが、しゃべってる」


 唖然茫然。私はネリアの顔を見上げようとした。トイレ前から抱き上げられていまはソファの上、安定の膝抱っこ……だけど、めり込み方がひどい。後頭部埋まってない? あれ?


「星の継承権放棄して馬鹿みたいに難しい結晶体での発声方法会得して、それで結婚相手に浮気されるとかマジであり得ない。蓮子ちゃんの馬鹿。蓮子ちゃんの浮気者」

「う、うわきぃ?!」

「誰なの。あいつを無くせばいいの。蓮子ちゃんの中からぜんぶの男を追い出すの、どうすれば成功するの」

「ちょ、落ち着けネリア」

「……そういえば宮司の名前も呼んでた。ムカつく。ムカつくムカつく蓮子ちゃんの諏訪着物」


 諏訪着物、とは。

 ちょっと考えて浮気者のことだと追いつく。これだけ連呼されてれば、それは。

 え、浮気? 私が!?


「浮気だけはないだろ?! 40女は恋愛対象じゃなくってよ?!」


 マズイ、動揺しすぎて変な喋り方になってる。っていうか違う意味でもマズイ。後頭部どころか耳まで結晶体の中に潜り込みかけてる!


「僕は恋をしたよ。かわいいカワイイ蓮子ちゃんに生涯初めての恋をした。年齢なんか関係ない。異種族だろうが生命体としての在り方すら問題ない。蓮子ちゃんが好きだ」

「ネリア……」


 アンタ、40女にその口説き文句はちょっとさぁ。いくら食物確保に必死でもさぁ。


「それは駄目だよネリア。それは無い。好きだってのはさぁ、なんつーか、それは、地球人の、っつか、ある種の日本人女性に取っちゃ魔法の呪文なんだよ」

「好きだ」

「うん、聞いてよ。その単語を連発されると、アンタにとってそういう意味じゃなくても重く受け止められるっていうか」

「好きだよ蓮子ちゃん。愛してる。愛してるんだ。僕の唯一。僕だけの蓮子ちゃん」

「だからそれは、食べ物だって話で」


 耳どころか頬まで埋まってきた。結晶体の中には不思議な音が詰まってる。耳だけじゃなくて頭蓋骨まで半分以上埋められてようやく聞き取れた。


 好きだよ、愛してる、あいしてる、あいしてる。


 捕食者としての愛じゃないって、ネリアの中身ぜんぶが叫んでる。男としてのネリアに女の子としての私が必要なんだ。蓮子ちゃんがいいんだ、誰にも渡せないんだって。

 頑として認めたくない私に言い聞かせるように、頭蓋骨の中身に共鳴させてんのか何度も鳴らされる。


 好きだよ、愛してる、あいしてる、あいしてる。


 他の誰にも見せたくないっていうのがネリア達のプロポーズ。私を持ち運びたい、自分のなかに入れちゃいたいって言うのが決定打。

 海の波のように大なり小なりの感情が響き渡る。途切れることなく求愛の感情をぶつけられて、アルコールも吹っ飛んだ。

 私が、ネリアの言いたいことを理解したのがわかったらしい。徐々に、埋め込まれてる感じから体半分に密着、に感触が変わった。体内に仕舞われる寸前で助かったっぽい。


 喉のところについてる無数の孔から派生するらしい風切音で鳴らされる『好き』には、重みがあった。


 泣いてる私の頬を柔らかい四角が撫でる。結晶体が唇に触れる。何度も。何回も風切り音は好きだと言い続ける。滑らかな発声で結晶体のまま、「これがキスだね」って言われた。

 人間の性行為の始まりだ。そうでしょ? って。


「せ、性行為って」

「蓮子ちゃんは勘違いしてた。僕は最初から婿にしてくださいって言って、ここに住んでるのに。いっぱい、たくさん、好きだよってアピールしたのに」

「異星人からの求愛を察しろとか無茶言うな」

「……宮司は、ちゃんとわかってたっぽいよ。正しいって言ってくれてたよ。僕の求愛方法は正しいって。なのに蓮子ちゃんは宮司の名前を呼ぶし」


 結晶体のままどこもかしこも触れられる場合、どこからがキスなんだろうか。柔らかく抱きしめられたまま、ネリアの身体が擬態モードに変わってく。責めるような眼差しと優しいキスは相反してる。しつこく咎められ、山田のことかと返しただけで深いキスに移行された。

 理不尽だ。


「……僕たちにとって、違うな、僕にとっては名前が重い。僕のことを呼んでくれるなら、蓮子ちゃんだけがいい。代わりに蓮子ちゃんも男の名前を呼ばないで。宮司は宮司って呼んで」

「なんという異種交流」

「あと、アレは誰。何回聞いてもはぐらかされるけど」

「誰のことだよ」

「………………僕が星に帰る前に、蓮子ちゃんが…………求愛した、ヤツ」

「誰だソレ」


 とぼけるつもりも、もちろん誤魔化すつもりもなかったのにネリアは一瞬にして切れた。ひらひらって手を振って私に見せる。


「この仕草。意味は『私はあなたを乞い願う』。ふっざけんなし蓮子ちゃん。結婚までしてる僕以外の誰にあんなこと」

「なんという異種交流」


 二度目の感想にはこらえきれなかった。ぽっかーんと口をあけると容赦なく口蓋まで舐めしゃぶられた。息継ぎする合間に、溺れる人のようにネリアの腕に縋る。目をたわめて口角を上げられた。倍増しする色気。

 色気なんてあったのかよ、この結晶体に。

 そんな馬鹿なと言いたいのに打ち抜かれれたように頭がしびれていく。とろんと目尻が下がってくのが自分でもわかった。ガードが緩んでくのが。


「相手の身体に自分から触ってくのは、『好きにして』ってサイン。こんなに蕩けるまで僕に密着させるなんて無防備もいいところだ。そもそも僕が出してる非音声言語に応えて僕を家にあげちゃって、同居までしてて。ずっと口説いてたことにも気がつかない鈍感さん」


 まて。待った、あの時の妙な納得の仕方が不自然でおとといの眠気が不自然なら、じゃあ、いまのコレも? 初めてなんだけど、こんな、男の人にトロトロにさせられるの。


「んーん、かわいい。カワイイねぇ蓮子ちゃん。これが聞くのは最後だからキッチリ答えて。蓮子ちゃんは間違ってあの男に求愛したの? 宮司にも最初、やってたし」

「手のひら、ひらひらは、じゃあねって意味。またね、ぐらいの、さよならの、挨拶」

「ふうん? じゃあ蓮子ちゃんは、もう間違わない? 僕と結婚してるんだから、もう駄目だよ。他のヤツに色目使ったらお仕置きするよ?」

「色目、使い方、しらない……」


 お風呂で揺蕩うような気持ち良さでネリアの身体にぐったり凭れる。私が人肌に酔ってキスに溺れるなら、ネリアもそうなればいい。私で気持ち良くなればいい。

 私だけの気持ちイイで、溺れればいいのに。


「カワイイ鈍感さんはまだ気がついてないの? 僕たちはもう結婚してる。もう他の誰の感情も僕は食べられない。必要ない。それを報告しに本国に行ったのに。惑星ネリトアナの個人名ネリア。ねぇ、本当に気が付いてなかったよね? いまでも気が付かない。なんの継承権放棄なのか」

「ねりあぁ……」

「うん。大人の事情なら僕たちの方が優先しなきゃ。だって僕たちは夫婦なんだし。……にしても、蓮子ちゃんは非音声言語の方が効くよね。愛してる。大好き。聞いてる? 大好きだよ」

「うん」


 ふにゃぁっと蕩けさせられて、甘い、甘い蜜みたいに啜られた私の記憶はこのあと、とんでもなく桃色で破廉恥な光景で埋まったからいいとして。

 次の日に起きて日曜の朝一から驚いたことに、まぁ。

 なんということでしょう、すでに受理された婚姻届のコピーと『妻 蓮子』の文字が入ってた戸籍の写しがここにありましたとさ。

 ははは、人間、未来に何が起こるかわかんないね、まったくのところね。


 まさかの、出会ってからの3か月で。



 人外と結婚することになりました。いや、してた。あはははは。









という話でした。月面に置いてある「相互理解に深い溝」という作品の、ええと、スピンオフ?になるのかな。世界観が同じです。

新井素子さんを限りなくリスペクトしてた私が、結晶体異星人を出さないわけにもな!人外だからな!


面白ければ、皆様の時間つぶしになれましたならこれ幸い。

急ぎで仕上げたので一発書きクオリティです。ご指摘はどうかお手柔らかに。あと、誤字脱字だけは例のごとく、拍手コメントで頼むでござる!

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