第09話 ランチのお誘い
「早めに次話を……と言っていたのはどいつだ!?」──「すいません、自分です!!」というセルフ・ボケツッコミをしています。
こ、こんな筈では……本当にすいません。
ぴこん♪
3時間目終わりの休み時間に、軽快な電子音とともに私のタブレット端末にメッセージが届いた。
今となっては、メッセなんぞ滅多にこなくなった10日も過ぎたある日の事である。相も変わらず、細々としたイヤがらせなどはありつつも、概ね「通常運転」だ。
クラスの全体としては、皆でグルになって無視されてるという訳ではないが、それぞれ個別に敬遠されている、という雰囲気だ。もうちょっと落ち着いたら、部活見学として家庭部とか見に行きたいのだけど……根も葉もないウワサとかも流れてはいるので、見学先に迷惑かかっちゃう。
なかなか、儘ならぬものよ……。戦国武将風に呟きつつ、メッセ内容を確認。
えーと、どれどれ……
From:三枝美香<m_saegusa@junior.gotogakuen.ed.jp>
Title:やっほいヽ(o'∀'o)ノ
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せりっち、今日のお昼はカフェテラスでどう?(〃艸〃)
別件のクラス委員の仕事の都合で川端君も一緒でいいかな?
もう一人、別件絡みで男子も来るけど、気にしなくておk
楽しみにしてるよん↑
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みかっちのメールは、普段のクールな様子とはかなりギャップあって、やたらと可愛い感じで女子力の高さをみた。……みかっち、恐ろしい子。
同じクラス委員の川端くんが同席してても問題はないと思うし……あの二人が、いくら別件といっても問題ありありな人を、私と同席させるとは思えない。
ぱぱっと手短に、了承の返信をし、次の授業の用意をする。
もうすぐ、到達度診断試験。それを乗り切れば“ご褒美”の遠足だ。
4時間目終了のチャイムが鳴り、校内はランチタイムに突入する。
学生食堂のカフェテリアというには、そこは巨大だった。
広いフロアは、3階まで吹き抜けになっていて、そのままオープンデッキにつながっている。吹き抜けの途中には、結構な広さテラスが飛び出している。
2階テラス部分は予約席になっていて、かなりゆったりとした間隔でテーブルが配置されていて、相談事や打ち合わせなどに向いている。パーテーションや観葉植物で区切られたスペースもある。あまり周囲に煩わされないので、こっちは助かる。
先ほどメッセで、2階テラスの一画にある「2番の予約席ね♪」と、みかっちが知らせてくれたのだけれど………
…………そして、その四人がけのテーブルには、みかっちと川端くんが向い合って座ってるんだけど……川端くんの隣に一人の男子生徒が座っている。
もちろん、見知った人物だ。
誰だよ!?「あの二人は、問題ありありな人を同席させる訳がない」とか、たわけた事を抜かした奴は!?
…………。
……ええ、ぬかしたのは私ですけどね……。
問題ありありじゃねえですか!?ぜんぜん「気にしなくておk」じゃないよお!!
遠巻きから女子生徒の視線を集めまくっている「最悪の」問題ありありな人物は……
そう……見紛うことなく、悟桐鳳渡だった。
「……おじゃま、します」
楽しいランチタイムのはずが、一気に不穏な査問委員会になったような気がして……私は、おずおずと3人に声をかけ、お辞儀した。
「こっち、こっち!」
「ご足労かけてしまって申し訳ないね。そちらの席に掛けてくれ」
悟桐鳳渡は無言で頷いただけ。露骨に憮然としている。目の前には、C定食のトレイが置いてある。クラス委員組はお弁当。私はビクビクしながら、席につき自分のお弁当を広げる。
とりま、食べながら話そう、ということで「いただきます」をして、昼食を始めた。
「ごめんねー、悟桐くんが来るって言ったら、せりっち逃げるでしょ?」
「あ……ぅ、そ、そんなこと……ないよ?」
「悟桐くんが来てるのは、たまたまだから。ね?」
「う、うん。みかっちとランチだと思ってたら、悟桐くんがいて……ちょっと驚いただけ」
……せりっち?……みかっち……だと??と呆然と呟く男子二人の声がする。
向かいの二人を不審に思ってみてみると……手を止めたまま、ぽかーんとした顔のまま固まっている。
「……どしたの?」
みかっちが、きょとんとして二人に問いかける。川端くんが、くいっとメガネの位置を直しつつ、苦笑混じりに言う。
「実は、幼馴染で仲が良いって……聞いてたけど、思ってた以上だったから」
「ふむ……」
「あはは、みかっち せりっち 呼びは、プライベート限定だから」
みかっちがフォローを入れる。女子は基本「様」付けで呼び合うのがマナーとされているウチの学内では、まず有り得ない呼び方だしなあ。
とりま、お弁当を開いて食べ始める。
「おー、せりっちのお弁当は、コロッケ?自分で作ったの?」
「うん。揚げ物もやってみたかったしね。みかっちも食べる?」
ひとくちコロッケを1コ、みかっちのお弁当に乗せる。お返しに、唐揚げをもらう。うへへ、みかっちのお母さんの唐揚げうまうま。
「その弁当は、竜堂さんが作ったのか?」
「最近、お料理するの楽しくて」
「本当に、お前が作ったのか??」
「ええ、料理長が色々と親切に教えてくれるので」
「見た感じ、すごく美味しそうだ。結構、竜堂が料理上手とは意外だ……」
意外とか……川端くんの中で、私のイメージってどうなってるんだ!?
悟桐も似たような顔してるし。もおーー、いいじゃないか。本人たのしんでるんだし!料理長も、この頃は何かノリノリで教えてくれるし。
「幼稚舎の頃、せりっち、おままごとでお料理つくるの大好きだったけどなぁ」
……幼稚園の頃にままごとが好きだった=料理好きと、いうのも微妙な気がするけど。
「幼稚舎の年少の頃か……三枝は憶えているんだがな」
さすがの悟桐でも、うるさく付き纏う以前は……憶えてないですか。
キレる前は、結構カゲ薄かったんだなぁ……。
「せりっちは良く私の後に隠れてましたよ?元気のいい男の子の声とかに怯えたりして、リスとかフェレットみたいな小動物っぽい可愛さで『ふえええ、みかっちぃ……』とか言って、逃げてくるんです」
みかっちが思い出し笑いをしてる。なんだ、そのリス扱いは。もう。
「…………想像できない」
「俺もだ……」
悟桐は俯いて肩を震わせているし、川端くんは口元に手を当てそっぽを向きプルプルしてる。……お前らぁ、ぜったい笑ってるだろ!?
「ちょ、ちょっと幾らなんでも……それは失礼な……」
がっくり項垂れる私。確かに、キャラが違いすぎるのは、わかるけどさぁ。
「幼稚園の年少の頃のせりっちは、そんな感じでしたよ?だから、私は今の大人しい方がが違和感ないかなぁ……」
「えー、さすがにみかっちの後に隠れたりしない」
「なるほど、高熱で寝込んで唐突に性格が拗ける前に戻ったとすると、こなだのHRで竜堂が謝罪したのも不自然さはないと言う訳か」
「そういうことです」
満足そうに、みかっちは頷く。私は……いや、言われても仕方ないとは思うけど、改めて「性格が拗けていた」とハッキリ言われると……ちょと、何だか……ねえ?
ほんのり作り笑いを浮かべて悟桐は、話半分の様子で眺めてる。
「う。……信じてない」
思わず、悟桐に向かって上目遣いで恨めしそうに……もしかして、私は…とんでもない事をとんでもない御仁に!?
「…………!?」
「……い、いえっ、私、すごい失礼なこと……すいませんっ」
「ちっ……そんなにしおらしくされると、全く調子狂うぜ。確かに話半分で聞いてたよ」
悟桐は姿勢を崩すと、私がペコペコ謝るのを遮るように投げやりに言った。
「へえ、竜堂が悟桐のポーカーフェイスが読めるとはな」
心底感心したように川端くんが言う。
……って、そっち!?悟桐が話半分なのはOKなの??
「……うちの父や兄に比べたら、大抵の人は喜怒哀楽が駄々漏れみたいなもんだし」
入学式とか幾つかの学校行事で、この3人もお父様を見かけている。お兄様は3年生として、この学校にいる訳で……3人は、納得してくれたようだ。
以前の瀬梨華は、悟桐の感情を読み取れていた、とは思えない。
だが、ここ数日……隣の席にいて悟桐を見てみると……何となく想像がついてしまうのだ。
そんな感じで、雑談をしている内に食事もだいたい終わった。
「さて、竜堂、ここ数日の様子を聞かせてもらえるかな?」
と、川端くんが姿勢を正して訊ねてきた。ようやく、本題というわけだ。マンガとかなら、メガネのシルバーフレームが、キラン!と光っているところだ。
「竜堂、どんな細かいことでも報告しろ……いいな?」
うえ??どうしたんだ、悟桐鳳渡?そんな真剣な顔で、私を真っ直ぐ見て?
逆に緊張してしまい、おずおずと定例報告し始めることになった。
………………。
まあ、私に対しての様々な細かい嫌がらせの出来事を、クラス委員に報告するという約束事だから、一応やってるんだけど、なんか告げ口してるみたいで、良い気分はしない。
こまごまとした内容で件数だけは多いので時間がかかって、しょうがない。
「……と、いうくらいです。別に大して気にしてないので、心に留めてくれるくらいで十分です」
と、報告を締めくくる。三人を見ると、なぜか三者三様といった様子だ。
みかっちは……少し涙目になって怒りに震えている。
川端くんは……ものすごく深刻そうな顔で眉間に皺をよせている。
悟桐は……すーっと無表情で酷薄そうな目が何故か怒りに燃えている。
…………あれっ??
「お前……本当に平気なのか?」
悟桐が、何かを擦り潰すような憤りを含んだ声で聞いてくる。
「…………悲しいとは思います。でも、自分のしたことも克明に憶えてます。それに、泥水を少しかけられたって、別に洗えば済むし。ちょっと突き飛ばされたっていっても、怪我をしたわけじゃないし……」
「そうじゃなくて!せりっち!貴方の心が傷つくでしょ!?」
泣きそうになりながら、みかっちが私の肩を掴んで訴える。
…………さすがに「しずか」の事は話せない……よなぁ。でも、「しずか」の事は別にしても、瀬梨華が拗けてから、今まで誤解していたとはいえ、救いのない絶望的な家庭環境だと思ってたのに比べると、そんなに辛いとも思えないのだ。
「まだ、時間は大丈夫そうなので、少し……私の話をします」
そして「ある事件」のことを語った。と、言っても、私自身は憶えていない。当事者なのだけど……。だから、後から聞いた話だ。
その後の……私のことを目の敵していた親戚たちの仕打ち。兄と比べられ蔑まれる日常。誤解はあったけど父の態度、怯える使用人。母以外ほとんど救いのない閉じた世界。
「言うまでもなく、私の態度も救いようがないくらい悪かったから。自分で救いの手を振り払って、出口がそこにあるのに見ようともせず、狭い世界に閉じこもってた勝手に苦しんで藻掻いていただけ」
「だけど、あの時に比べれば、今の状況は、どうであれ天国みたいなものですよ?」
★ ★ ★
そう、さらりと言いのけて、竜堂瀬梨華は笑った。
美香はもう堪え切れずに、瀬梨華にしがみつく。
「ごめ……んっ!せり…っち!貴方から離れて、わ、わたしっ!」
途方に暮れた顔をして周囲を見回すと、瀬梨華は微笑みながら囁くように言った。
「みかっちが引っ越したのだって、お家の事情だし。何にも悪くない。それに、みかっちが時々くれたお手紙、凄く凄く嬉しかったよ。私、救われてたよ」
鳳渡と川端は、ほとんど愕然としていた。
ある意味では、どこの家庭でもありうる行き違い。だが、それは、龍胆財閥という巨大な怪物が、幼い少女を擦り潰すのには十分だった。
「それに、私……出口みつけたんです。だから、結構幸せなんです」
そういって、最近わかった父親の話。例えば、お手製の弁当箱に拘る父。
「ええ?あのド派手で高級そうな重箱……せりっちのお父様が!?」
目を見開いて、美香は驚いた。
「私も、受け取った時、『また適当に金を積んで買ってきただけ』とか思ってたし、父は父で、母に『照れくさいから、絶対に言うな』と口止めしてたみたいで……蓋を開けてみればバカバカしいでしょ?」
と、言って瀬梨華はクスクス笑った。
鳳渡は自分と同じように、「財閥家」に反発し反抗している瀬梨華を、どこかで共感していた。そして、同じくらいに嫌悪もしていた。自分の見た目と家柄だけで擦り寄ってくる彼女を、侮蔑し見下していた。甘い声で愛想をふりまいて媚びる瀬梨華の裏にある、子供じみた浅ましい本性など、全部お見通しだと思っていた。
だが──御曹司としてチヤホヤされることはあっても、今まで疎まれたり厭まれるようなことは一度もない。例えば「あらぬウワサを理由に、酷い仕打ちを受ける者」「生まれつき他者と異なる特徴があって忌み嫌われる」とか言う話は、この上流階級の世界でいくつも聞いたことはある。だが、まさか、あの瀬梨華がそのような過酷な少女時代を送ってきたとは、想像もつかなかった。
確かに公の場で、父親に素っ気なくあしらわれて、癇癪を起こす瀬梨華を見たことはある。それは外での事で、家の中ではベタベタに甘やかされているのだろうと、思っていた。
自分は今まで何を見てきたのか、と鳳渡は思った。
そして、想像もつかない仄暗い獄に閉じ込められていた瀬梨華は、彼の手の届かない空へ羽ばたいていったのだ。
強靭な意志力と他者の痛みを思いやる優しさを身につけた彼女が、眩しくさえ見える。鳳渡は、瀬梨華に対して憧憬と尊敬を抱くと同時に、何か黒い感情が渦巻くのも感じていた。
それは、鳳渡が初めて他者に対して抱く「妬み」の感情であることに、本人はまだ気がついていない。
「竜堂さんが平気だと言っても、学内の秩序、生徒が尊守すべき品位といった観点から、そのような行為がおこなわれている事は看過できない」
川端が、落ち着いた口調で告げる。彼にしても怒りの感情がその内では揺らめいていた。
「そう言われると……でも、ホントに私は大丈夫なんで、あの人達もそこそこ気分が晴れたら引いてくれるといいんだけど……」
突然、鳳渡が瀬梨華を真っ直ぐ見て、居ずまいを正すと謝罪した。
「こないだHRの時に竜堂の謝罪の言葉を、真に受けてなかった。すまない。『潰す』などと言った言葉は全て撤回する」
深々と頭を下げた。瀬梨華は一瞬、ぽかんとして状況が飲み込めていなかった。
数秒の後、ようやく状況を理解した瀬梨華は、焦ったように手をパタパタと振りながら慌てて言った。
「うわぁ……いえいえ、わかって頂ければ十分ですから!頭をあげてください。私も、悟桐くんに何年も付き纏って、散々ご迷惑をおかけしてましたから……」
鳳渡は頭を上げた。瀬梨華以外の2人でも判るくらい、少し照れくさそうにしている。
「悟桐くんに、今のせりっちを理解してもらえると心強いよね。やり過ぎな仕返しを防ぐ意味でも」
「そうだね。僕も、それとなく皆にアプローチを始めてみる」
C組のクラス委員として美香は表のまとめ役であり先導役だ。そして、川端の方は事前の根回しと事後のケアやフォローとして裏に回ることが多い。つまりアプローチというのは「徐々に竜堂を受け入れる空気を作る」ということを意味している。
「そこで、もう1つの議題──というか、遠足の事なんだけど、悟桐くんに参考意見を聞いて、せりっちに確認してもらおうと思って、ご同席ねがったんだけど……」
ちらっと、美香が川端に目線を投げ促す。彼は一つ頷くと、1枚の書類をテーブルの上に出した。瀬梨華と鳳渡が怪訝そうな顔をしつつも、書類を覗き込む。
それは、遠足の班分け表とバスの座席表で、タイトルには「暫定案」と付記されていた。
「この案で、今日の帰りのショートホームルームにクラスの承諾を得ようと思っている」
普段の鳳渡ならば、内容もそこそこに即答で「お前らの好きにしたらいい」などと取り合わないのだが、珍しく書類を覗き込んで、考えこんでいる。
遠足の班分けは、一班男女3人ずつ計6人で全部で5班の構成になっている。
瀬梨華は、書類にひと通り目を通すと、投げやりに丸投げしない鳳渡の方を物珍しそうに眺めている。
「私は、どの班でどの座席でも特に構いません。クラスが楽しく遠足にいければ」
早々に結論を出した瀬梨華を、向かいの男子二人が彼女の真意を探るように一瞬目をあげる。
瀬梨華は思った。実際のところ、この案は良く出来ている。
──元・瀬梨華の取り巻き三人娘の内の二人は、保健委員の小川さんと同じ班に振り分けられていた。仲が良いということはないけど、実はあの二人は小川さんに「弱い」んだ。小川さんに、可愛らしくおずおずと頼まれると、まず断れない。
残りの一人は、みかっちと一緒になっていて、もう一人は瀬梨華に良い感情をもっていない「悟桐ファンクラブではないグループ」のリーダー格で、みかっちとは比較的仲が良い。これも、上手い組み合わせだ。
私自身も、川端くんと、私に割と好意的な女子二人が同じ班になっている。バスの座席は小川さんの隣という、ありがたいくらいの配慮がなされている──
他班をみても、「そこそこ仲の良い人を中継ハブにして、リスクの少ない相反性の二人を加えた三人組」にして、中和するような三人組のペアで6人が構成されている。
「悟桐の意見も聞きたいんだが?」
「俺が、“クラス皆で楽しくやろう”という方針で考えても、似たり寄ったりの案になるな。しいて言えば、班分けの方で山田と葛城を入れ替えるかどうか悩むくらいだ」
「ふむ。そこは僕と三枝の間でも、議論にはなったんだ」
「そうか。リスクを避けるということなら、やっぱり、この暫定案の方をとる」
「悟桐に、そう言ってもらえると安心して、皆に提案できる」
背もたれに身を預けると、悟桐はちょっと呆れ気味の顔を川端に向けた。
「提案といっても、川端は全員の賛成がとれる目処もついているんだろう?」
「へ?これからショートホームルームで議論するんじゃないの?」
瀬梨華が、きょとんとして3人を見回す。
「こいつ……結構腹黒いんだよ。とっくに根回し済みだろう」
「腹黒いとは心外だな。皆の要望を最大限きく為に、聞き取り調査をしただけだ」
ため息混じりに鳳渡がじとーっとした横目で川端を睨むと、彼は澄ました顔でメガネのフレームを直した。
「で、俺と竜堂が、その工作の最後の二人ってわけだ」
「二人なら、情報開示して相談すれば、そんなに個人的な要望は言わないと思ってね」
「そのうえ、竜堂の更生チェックにもなるしな」
やれやれと川端は肩をすくめる。オドオドと不安そうに悟桐と川端を交互に見る瀬梨華に、美香が「大丈夫だから」と小さい声で宥めている。
班分け表を見た時点で、瀬梨華が「鳳渡様と同じ班になりたい!」とか「取り巻き三人と同じ班になりたい」等の利己的なことを言い出さないかどうか、という確認でもあったのだ。
「個人的に僕は、もう十分だと思っているよ。さっきの竜堂の身上報告の告白でも納得がいった。でも、万一、何かあった時に、竜胆の言動を、履歴として『日誌に記録』しておくことは、強い証拠になるからね」
「ふん、食えねえ奴だ。さすが、大物政治家の参謀といわれる秘書の息子だな」
鳳渡は、腹の中を探ってきて見透かすような相手を好きになれない。だが、まさにそういうタイプ川端のことを、それほど嫌だとも思っていない。
なぜなら、川端には、とにかく”利己的”な要素がない。裏方として水面下で人知れず奔走することを厭わない。中学1年にして、徹底した滅私奉公であり職務に極めて忠実な“キレ者”というのは、この学苑では珍しい生徒だ。
でなければ、鳳渡も意見を聞かれて、素直に答えたりはしないだろう。
「それじゃ、そろそろ俺は先に行く」
鳳渡がすっと席を立ち、川端の後を通った時に、思い出したように振り返る。
「まぁ……何か俺にできる事があれば言え。やってやる」
と、言うとさっさと立ち去ってしまった。美香と川端は、驚いて顔を見合わせる。今まで、鳳渡がクラス運営に協力する、などという言葉を口にしたことはないからだ。
「はは……物凄く強い味方だ」
「ちょいちょいお願いできる相手じゃないがね」
★ ★ ★
数日が過ぎ──。昔風に言うなら、中間試験……到達度診断試験がおわった。
まぁ、予想外に難しいということもなく、割と鼻歌まじりで乗り切った。
そして、今朝はその上位成績者リストが、昇降口をあがった真正面の掲示板に、貼りだされる。
私が、下駄箱に靴をしまい、そこを通りかかると、いつものように人垣ができていた。
──ラノベとかで、こういうのはお約束だよなあ。
何人かのクラスメートとも、朝の挨拶をかわす。
最近は、挨拶に応えてくれるクラスメートも増えてきてた。
「ごきげんよう、竜堂様」
と挨拶は優雅なのに、いやに早足でみかっちがこっちに来た。
「ごきげ──「せりっち!貴方、すごいじゃない!」
私の挨拶を遮って、みかっちは私の耳元に囁くように言った。言葉を遮るのは明らかにマナー違反なんだけど……。いいのか、みかっち?
「──ほえ?」
「発表リスト!見てみなさいよ!」
連れ立って、掲示板の前に行き……1年のリストに目をやる。
1 C組 悟桐鳳渡 500点
2 C組 川端信彦 497点
:
:
:
10 C組 竜堂瀬梨華 485点
:
:
ぅおう……学年10位かぁ。一応、某W大卒なんだけどな……中身的には。中学1年生に負けちゃったよ……。
にしても、悟桐てば……満点って何?まったく、優秀だな。問答無用に。川端くんが次点かぁ……いや、優秀なんだろうなとは思ってたけど、思った以上に優秀だ。
上位30名のリストには、他にもC組の名前が見受けられる。みかっちも27位だし、よく見たら保健委員の小川さんは5位だ……すげえ。
どこにでも、嫌味なくらい優秀な奴はいるよな……ほら、3学年の1位はお兄様だ。
「まぁ……付け焼き刃で勉強した割には、上々かなぁ……」
「えー、もうちょっと喜ぶとか驚くとかないの??」
「一番、驚いたのは……リスト見て、初めて川端くんと小川さんのフルネームを知った自分、かな?」
「…………って、そこなの!?」
とりま、みかっちのツッコミは置いておいて。
そうなのだ。川端信彦くんと小川わかばさんって言うのかあ……むふふ、けっこう雰囲気に合っている名前だよね。
そういえば、小川さんもこの頃は、挨拶に応じてくれてる一人だ。一度、お弁当も一緒に食べるという嬉しいイベントもあった。遠足のバスではお隣になるし、楽しみだなあ。
遠足のお弁当の献立をどうするかなど、色々とお喋りしながら、みかっちと教室に向かった。
そして、色々なものを孕んで、遠足イベントに突入することになるのだ──。
お読みくださって、ありがとうございましたヽ(*'∀`*)ノ
書いてく内に、自分でも想定外の要素がポロポロっと織り込まれてしまって、元のプロットと整合性をとったりして、手間取ってしまいました。
ちょっと、過剰描写な気もしたりして、あれこれ反省中です。
とりあえず、次回からはドキドキの遠足編に突入する予定です。よろしくお願いしたします。