第11話 無敵の豪腕美少女
ところで、コミュニケーション能力について少し語ってみたい。まぁ……ちょっとした前フリだと思ってほしい。
そもそも、「コミュ力」という略語を「使いたくない」と思ってしまう時点で、それが足りないのを如実に表しているとも言える。わかっている。私も自覚している。
そういう点で、元々の瀬梨華と静は似ている。
静は、OLとしてそれなりにバリバリ働いていたし、そこそこ社会人としての付き合いはこなしていた。とは言うものの、学生暗黒時代は間違いなくボッチだったし、登校はしているものの生活は引きこもりと大差なく。
だから、本来の素の自分とはまるで違うキャラになりきるしかない。流行りのファッション、雑貨、アクセなどの話をキャピキャピと同僚OLと交わすのは、飛んでもなくハードルの高い高難易度アクロバットに思えた。一言でいえば「無理!!」ってやつね。
そこで、設定したキャラは、「男前でカッコイイお姉さん」だ。
時代劇とかで、たまに出てくる「繊細で凛とした若武者が実は姫君」というアレ。
まあ、中身は小心者のボッチなオタクで「姫君」なんてもんじゃない。
みかっちじゃないけれど、大学時代に自己改造に励んだおかげで“変身”できてた。どう周囲と接していいのかわからなかったので、寡黙になっていた。
だから、後は「退けないところで、きっちり言うことを言う」だけ。……狙ってキャラを作ったというよりは、流れに任せてたら「そうなった」という方が近いのかもだ。
ただ、それを「それなりにこなす」だけでも、膨大な精神力を必要としていた。
ここで静のキーワードは「どう接していいのか、わからなかったので」だ。
元々の瀬梨華の方はどうだろう?
ワガママを言い、思い通りにならなければ癇癪を起こして、暴れたり罵ったり。
こういう解釈も成り立つ。
「どう接していいのか、わからない」ので、自分の要望がワガママということになってしまった。
「どう接していいのか、わからない」ので、要望が通らなかった時に癇癪を起こした。
「どう接していいのか、わからない」ので、癇癪の次に謝ることもできずに暴れたり……。
……まぁ、かなり瀬梨華寄りの解釈だ。自分で思っても「甘い」が。
とはいえ、「どうしていいかわからず→パニックになり→自己嫌悪になり→相手に責任転嫁して→癇癪をおこす」というプロセスの記憶が私の中に幾つもある。
つまり、瀬梨華と静の共通キーワードは「周囲とどう接していいのか、わからない」なのだ。それもかなり極端に。
──ということで、自己分析終了。
なんで、そんな事しているかというと、悟桐鳳渡が斜め前に座っているのである。
「少し……話をしてもいいか?」と言って一緒に休憩中である。
「話をしてもいいか?」と言った割には、無言なのである。
では、私の方から楽しい会話が弾むような話題をスマートに提供できるような能力は……上記の分析どおり皆無なのである。
よって、長い時間の沈黙が二人の間に重く伸し掛かっているのである。まる。
将棋のタイトル戦の長考状態のようだ。
……だいたい、悟桐は普段は愛想よろしく社交的だし、素の性格だって多少ぶっきらぼうだとしても、黙りこむようなタイプじゃない。
気遣いもできる子だ。私が、学校の廊下を歩いていて聞こえよがしに陰口を叩かれている時とかに、悟桐は私にハッキリと文句を言い説教をする。陰口を叩いてた人が自己嫌悪に陥るように。
目が全然、怒ってないことに気づくまで、私はかなり怯えていたんだけど。わかってしまえば、何てことはない。悟桐も筋の通ってる事を言ってるだけなので、素直に拝聴して改善点を心に留めて頭を下げるだけだ。
ようやく、悟桐が重い口を開く。
「……ちっ、やっぱり調子が狂うな……」
「??……私のせい??」
なんだか、恨めしい目つきで睨まれる。……うう、何だ?何だよぅ??
「ああっ、もう……ぶっちゃけ正直に聞く!」
「は、はいっ!?な……何でしょう!?」
私は、悟桐の真剣な様子に、思わずピョンと飛び跳ねるように正座してしまう。
「お前、長いこと俺に纏わり付いていたよな。で、こないだからパッタリとやめたよな」
「うっ、その節は長々とご迷惑を……「それは、どうでもいいんだ」
え?……結構、申し訳ないと思ってるんだけどな……。
この話題を持ちだした悟桐の意図がわからず、余計に混乱する。
「……お前、今は俺のことを、どう思っているんだ??」
俯きがちな悟桐は目線を逸らして口を尖らせて呟くように言った。
私は不覚にも──不覚にも、それを「可愛い!」と、思ってしまったのだ。
あー、違うよ。
いわゆる、恋愛小説のような展開じゃないぞ。
何て言うか、ちょっと不貞腐れた弟が「可愛く」見えるって感じ。
そんな私の内面は、ともかくだ。どう返事をしたものか。
ぶっちゃけ言うと、稀代の美少年なんてものに全くトキメかないのが私だ。
では、まるで興味もないのか……というと、ちょっと前「お兄様同様、もげてしまえ」とか思ったりしていたけど、みかっちや川端くんを介して素の悟桐と話をしたりしていると、そんなに悪いやつでも恐いやつでもないな、と思ったり。
「…………男子では一番古い付き合い、ですしね」
「まぁ……そうだな。お互いに地の性格は、まるで知らなかったが」
くくっと悟桐は少し自虐的な笑みをこぼす。
「仕方ありません………私も、率直に言います。……今、貴方に対して恋愛感情は全くありません」
私が、すっぱりと言い切ると、彼はビックリした顔で見返してきた。
「…………マジで?」
「マジ、です。こないだまで、貴方を追いかけ回してた私が言うのもヘンな話だけど」
はぁ、と小さいタメ息をつく。なんだか彼にしては珍しい。
「…………??」
「あのな。そりゃあ俺たちは、お世辞にも良い関係じゃなかった。だがな、突然、幼馴染に『もう貴方のことには興味ない』と言い切られると、さすがに図太い俺でも少しは凹むぞ?」
あーー、そういうことか。
私の性格がガラッと変わったけど、実は悟桐への恋愛感情は温存されてて、近づいてみたらヤンデレとかでも困る。
かといって、ようやく幼馴染が最近まともに会話できるようになって、普通に仲良くなれそうな状態で、ざっくり赤の他人になられるのも寂しい、と。
それで、ぶっちゃけ聞いてきた訳だ。なっとく。
「あ、でも、悟桐くんとは……幼馴染だし。普通に古い友人として、仲良くできたらいいなぁって思ってますよ。話してみれば、良い人だし」
「ぶっ……話してみれば、って、それこそお前が言うなよな」
あ……そうか、人の話を徹底的に聞かないで迫ってたのは、私の方だ。
ゲラゲラと爆笑する悟桐……おい?そこ、笑いどころじゃないだろ!?
「……そこまで、笑うコトないじゃないですか?」
「ぶはははは……くくっ……いや、すまん。今のお前はイイ奴だと俺も思ってる。家同士のしがらみやらは別にして、いい友人なれたら俺も嬉しい」
悟桐は立ち上がると、私に手を差し伸べる。それに手を添える──。
たぶん、この時に初めて私と悟桐は友達になれたんだ、と思う。
…………。
その後、少し悟桐と話ながら、帰った。
そして、さっき一瞬でも彼に友情なんぞ感じてしまったのを後悔している。
10年の付き合いがあって、色々とネタには事欠かないのだ。
挙句に、言葉尻に「与えてはいけない情報」を乗せてしまった。
よりにもよって、規格外の悟桐に、だ。
あとは、ハイスペックな話術に誘導されてしまい……
「目覚めたって……年寄り趣味!?マジか?ぶっはははははは!!」
……と、爆笑されているのだ。
くそ、年寄り趣味とか言うな!!違う!!年季の入った渋みとか、深みとか!!
社会に酷使されて、くたびれた悲哀とか、諦観とか!!
もっと……こう、侘び寂びに通じるような崇高な……ああんっ!
……くっそう、悟桐ごときに高尚な趣味がバレてしまった。
ふと、悟桐の事で……あることを思い出す。お互い様とはいえ、追い掛け回していた私の方が圧倒的に情報量が多い。
「ふんっ……幼馴染を舐めないでほしいわ」
「は?……な、なんだよ?」
悟桐は頭の回転スペックも高いので、おそらく次に出てくる私の言葉もわかっているんだろう。だから、目に見えて狼狽える。
「ふふふ……知らないとでも思ってた?」
「ちょ、ちょっ……お前、何を!?」
あの悟桐鳳渡をここまで狼狽えさせるというのは、滅多にない椿事だ。
私は、しれ──っとした調子で、彼にトドメを刺す。
「…………お姉様、お元気?」
暫く馬を歩かせて、スタート地点に戻る。
お互いの暴露話で、色々とナニかを削り合う低レベルで不毛な戦いを繰り広げてきた気もする。しかし、私の手札の数が圧倒的に多いのだ。
馬からぐったりした様子で降りた悟桐が身を引きずるように、更衣室へと歩いて行く。“何かがもげた”ような、その姿は敗残兵だった。
オジサマ原理主義を怒らせると恐いんだぞ。もげてしまえ。
悟桐の弱点は「お姉さま」だ。悟桐の実姉は、彼を上回るハイスペックの上に、人柄もよくて、穏やかで寛容。真面目な上に優しくて巨乳だ。ちょっと、天然ドジっ子なアクセントも効いてて魅力たっぷりな人なのよ。私も大好きだ。
そして、悟桐は「お姉さま大好きっ子」なのだ。テンプレすぎるぞ、悟桐。そこをイジるネタなんて、いくらでもある。
ところが、悟桐が去った後、別の問題が発生した。
鞍から降りてハナコちゃんから離れようとしたら、彼女が近寄ってきてじゃれついてきて、もっと遊ぼうとオネダリしてきたのだ。
もうすぐ昼食の時間だし、乗馬教室は終了だ。ハナコちゃんを係の人と宥める。
『イヤ────( ;∀;)────!!』
ハナコちゃんが駄々っている。物凄く気に入いられてしまった……。
『行かないで!(´;Д;`)』
「随分とハナコに懐かれちゃいましたね」
「また来るから。ね?」
係の人も「初めてだ」と苦笑をうかべる。
『ヤダ───(゜うェ´゜)───!!』
「本当に来るから」
『ホントに? ホントに?(´・_・`)』
コクコクと頷く。着替えてきた悟桐が事も無げに「いつでも乗りに来て良い」と言うとようやく安心したのか、解放してくれた。
『まったねい!(≧▽≦)ノシ))』
柵の向こうで、ハナコちゃんが嘶いている。人間だったら、ブンブン手を振ってる感じだ。
確かに、瀬梨華の記憶を辿ると、割と動物には懐かれる方が多い。人間に比べれば裏表もないし、自分の意志をハッキリ表現する。瀬梨華にとっては、人よりよっぽど付き合うのが楽で、素直でいられるようだった。
──イギリスのお友達は……人より馬の方が多いかも。
「せりか」が苦笑する。それでも、ハナコちゃん程、懐かれたのは初めてだ。
明日最後の自由時間にハナコちゃんに乗れるといいなあ……。
★ ★ ★
飼育センターから悟桐学苑の宿泊施設まで、班ごとに歩いて移動。車で5分くらいだが、ちょっとしたトレッキングだ。
体力のない瀬梨華としては、道が平坦で遊歩道がちゃんとしてるのが救いだ。保護者の皆様は先にバスで目的地に向かった。
「とりあえず、班ごとに集まれー」
向坂先生が呼びかけると、ゾロゾロと班の塊に分かれていく。
「まあ、ちょっとした散策だから、気楽に行こう。どこか見たいところある?」
班長の川端くんが、施設案内のマップを取り出しながら、班のメンバーを見回す。
「うーん、色々ありすぎてー」と、割とサッパリした性格の笹本さん。
「だよな。どんだけ広いんだ、ってなぁ」と、苦笑いのバスケ部の加藤くん。
「そうだなぁ……僕は学苑の施設まわりを、ちょっと見たいかな」と、川端くん。
「まっすぐ、研修センターに行って、その辺を探検って感じ?」と、大人しい感じの上条くん。
「……私、お腹すいた」と、綾瀬さんがバツの悪そうな感じでいう。
ぷっ、と皆が吹き出して笑い出す。「えー、皆だって、お腹すいてるでしょ?」と少し照れくさそう憤慨する。昼も近いし……はやく、お弁当たべたい!!
「私も、できれば……お腹鳴っちゃいそう」
と、私も言うと、更に笑われてしまった。
「くくくっ、竜堂さん、そういうキャラじゃないでしょ?」
「うんうん。食わねど高楊枝的な感じで」
「あはは!竜堂さんは武士じゃないだろ?」
雰囲気がほぐれてきたところで、何気なく川端くんが歩きだし、何となく皆も遊歩道を歩き始める。のんびりペースで、これなら何とかついていけそうだ。
道中もワイワイと話が弾む。割と気さくなメンバーで、なんか助かった。
…………。
くそっ!くそっ!人が下手に出てりゃ、見下しやがって!!
どいつもこいつも、くだらない!くそっ!!
いっそ、死なす?死ねば!?
あああっ!何もかも、ぶち殺してやりたい!
あーぁ、そうね!天気も良いし!殺そう!!今すぐ!
ぱちん──!
……と、スイッチが切れるように、ハッと我に返る。
真っ黒に塗りつぶされたソレは一瞬で掻き消えた。
何か……自分がブツブツ言ってた気もする……。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
私は、ゼイゼイと荒い呼吸で四つ這いになっている。体中が火照って汗まみれで、ぼたぼたと肌を伝って流れ落ちるのがわかる。
脚がガクガク震えて、どうにもならない。情けないやら恥ずかしいやら……。
「竜堂ちゃん、大丈夫?少し横になったら?」
荒い息をつきながら崩れ落ちるように、私はハイキングシートに寝転がった。
「…………虚弱、体質だった、のね?」
「す、すいません……体力……なくて」
ハァハァ喘ぎながら、辛うじて絞りだすように言った。視界がぐるんぐるん不安定に回っている。少し気持ち悪い。
「ちょっと!男子はあっち向いてください」
「……!」「お、おう」「そ、そうだな」
綾瀬さんが、大判のスポーツを私にかけてくれる。
「あ……りが、と…ござい……ます」
「汗かいちゃって、そのままだと冷えちゃうからね……それに男子には目の毒だもん」
「……確かに、ちょっと竜堂さん、ものすごく色っぽく見えちゃってる」
どうして、そうなるのかわかんないけど、色気云々は……気のせいだよ。
貧弱モヤシの令嬢が無様にヘバってるだけだもん。
心配そうに、笹本さんがおしぼりで優しく顔を拭いてくれる。
……はふ。冷たくて……気持ちいいや。
実は、朝の日課で屋敷の庭を相良とウォーキングしている。最初は500mも歩くと青息吐息だったのが、最近は何とか2kmくらいは行ける。
……と、いうことでノンビリ6kmなら大丈夫とタカを括っていたら、このザマだ。もう、最後の方は意識が朦朧としてて、目的地のセンターに着いた時には倒れるようにしゃがみ込んで……我に返るまで、記憶すら曖昧だ。
相良いわく、私はどうも超短距離型らしくて、瞬発力はあるけど、集中力も体力もないという……。
『20m走なんて競技があれば、お嬢様は学苑でトップ3に入れるんじゃないですか?』
役に立たんわ!!もう……。
朝の日課の体力づくりは、もっと頑張らないと何もできないや……。
それは、ともかく……。
その後は、しばらくグッタリと転がって皆に介抱されて。
ようやくお昼のお弁当にありつけて、生き返りましたです。はふ。
★ ★ ★
自由時間も終わり、部屋割りが向坂先生の方から発表された。「その方が面白いだろ?」と、先生の独断で今の今までヒミツになっていたのだ。他のクラスは1週間くらい前に、とっくに知らされていた。
……そして、いま、私は割り当てられた客室のドアを入ったところで、立ち尽くしている。
“ホテル”と呼ばれるだけあって、立派な内装に格調高い家具が配置されている。窓は広くとられ、陽の傾いた空に軽井沢の山々の緑がまるで絵画のように窓枠に切り取られている。
ゆったりと配置され、清潔そうなカバーのかかったセミダブルベッドが2つ。奥の窓際にはテーブルセット。壁際には、クローゼットからサイドカウンターが一体化し腰高のキャビネットが並んでいる。
部屋はかなり広いが、作り自体は割とオーソドックスなホテルと同じような感じだ。
問題なのは、窓側のベッドに腰掛けている人物──楢崎燎さんが、ものっすごい目つきで、私を睨みつけているのだ。
楢崎さんは、中1とは思えない160cmの長身で、抜群のプロポーションと大人びた雰囲気の黒髪ロングの美人さんだ。高校3年生とか言っても通用する。
キリッとやや濃い眉に、意志の強い黒い瞳で、少しツリ目でくっきりとした顔立ちだ。人柄も、いわゆるアネゴ肌で靭やかで華がある。乱暴者というウワサもあるけど。
すっきりした動作でツカツカと楢崎さんがやってきて、私の前に立ちはだかる。私より少し背が高いので、完全に見下されている。固い表情のままで宣告する。
「アタシは、アンタが大っ嫌いだ。アンタと慣れ合うつもりはない。不必要に話かけるな。一切、挨拶もいらない。わかっ────」
たぶん、「──わかったな」と言うつもりだったんだろう。
だが、私は、ベッド脇のサイドテーブルに置いてある”モノ”に目を奪われており、荷物を投げ出すと“ソレ”に駆けよった。
「──って、ちょ!?お前、人の話を」
「こ、これ!!楢崎さんの!?」
私のものでないのだから、当然ソレは楢崎さんのだ。自明の理というやつだ。
さすがに許可無く他人様のモノに触れるのは不躾だ。
私は、震える手で、触らないように慎重に、包み込むように両手をかざして……感動していた。まさか、ここで、こんなモノにお目にかかるとは!?
「んだよ?大袈裟な。駄菓子だぞ」
そう。そこには、食べかけの麩菓子と、色々な駄菓子の詰まった紙袋が置いてあったのだ。
「ハッ?お前にしてみりゃ、ゴミ同然だろ?」
私は楢崎さんに詰め寄ると捲したてるように言った。
「ゴミ!?何を言ってるんですかっ!?冗談じゃない!これは、真面目な職人さんが真面目に作った有り難いモノじゃないですかっ!!」
私の剣幕に、焦って楢崎さんが仰け反る。
「私が、コレらを手にいれようと、どれだけ苦労して苦労して、尽く家族や使用人に阻止されたか!!どれだけ、涙で枕を濡らしたことか!!」
いかん、心の叫びがダダ漏れだ……。
「あぁ……夢にまで見た駄菓子を……目の前に拝めるなんて!」
駄菓子の元で飛び戻ると、私はワナワナと震えながら様々な角度から眺める。
紙袋から、ド赤い食紅の液体に漬かったスモモ、きなこもち等パッケージが、顔をのぞかせている。中には……ココアシガレットや餅太郎……ふぉおお!?ビッグカツまで!?
「あー、もう……なんなんだよぅ!?いいぞ。好きに食べても」
…………な、なんですと?
ぎぎぎぎぎ、という音がしてきそうな感じで私は楢崎さんの方を振り返った。
楢崎さんは、呆れたように肩を竦めて言った。
「…………う!?だから!食べていいっつってんだろ!」
…………。
私たちは、お茶を淹れて、テーブルにそれぞれ持ってきたお菓子を広げて、堪能していた。
「うまっ……ああん、この味!うまいよお、うまい……これだよな、これ」
「泣くか食うか、どっちかにしてくれよ……もお」
楢崎さんも、「おっ、これ、イケる」とか言って私の持ってきたマドレーヌとか齧ってたくせに。
「だって、美味しいんだもん。ああ、ボンタンアメだぁ……むぐむぐ」
「っていうか……駄菓子くって嬉し泣きしてるお前にビックリだよ」
お茶をすすりながら、楢崎さんは呆れ笑いを浮かべる。
「んぐんぐ……小さい時に1回だけ監視の目をかいくぐって、食べたことあるんですよ」
「へえ?それでハマったんだ」
「ええ、駄菓子食べるのも大好きですが、古い駄菓子屋さんの雰囲気も大好きです」
「しずか」の小学生の記憶には、実家の肉屋の並びあった小さい駄菓子屋に、近所の子としょっちゅう通ってた思い出が沢山ある。さすがに中学頃から除々に疎遠になったので、懐かしさはひとしおだ。
意外にも「せりか」も1回だけ……今となっては記憶が曖昧な部分も多いが。大人と行った憶えはない。誰か、同じくらいの歳の子と行った気がする。店の場所も憶えてない。……当時から護衛だった相良ナシで行ったとすれば、たぶん、コッソリ抜けだして行ったんだ、と思う。
「これだけ、喜んで食べてもらえるなら駄菓子屋の娘としちゃ、嬉しいさ」
「…………ええっ!?楢崎さんのお家って??」
この21世紀に、平成の世に、まさか「駄菓子屋の娘さん」などというものが現存しているとは!?しかも、すげえカッコイイ美人さんで!
「あー、ばーちゃんが細々やってんだよ。未だに」
「ふぁああ……すごおい!」
木造の古式ゆかしい駄菓子屋の店内の様子が頭の中に浮かぶ。薄暗い店内に、色とりどりのチープで趣き深い駄菓子の数々。うわーい、夢がひろがりんぐ!
「まあ、機会があったら、その内、遊びに来なよ。埼玉の方だけど」
「ええっ!!それは是非っ!!行きます行きますっ!!」
ファーストコンタクトは恐ろしく剣呑だった割には、なんだか色々とお喋りして駄菓子の話や趣味の話やら、色々と。
楢崎さんは、バイクが好きみたいで、いま資金を貯めているトコみたい。私──というか「しずか」は、昔付き合った男の趣味で、バイクのことはそれなりに詳しくて、楢崎さんが「すげえ……意外だ」と驚いてた。
散々貢がされて捨てられてロクでもない元カレ(と呼べるかどうかも怪しい)だけど、こんなところで役に立つとは……。人生、どう転ぶかわからないもんだなぁ。
──静さんって、もしかして……男みる目がない?
うっさい!もう、40未満の若い男は興味ないんだ!!けっ、自分の《ピ──!》を《ピ──!》するコトしか考えてねえ!
……あれ?? 「せりか」のNGワードだったのか。
ふう、と一息ついた楢崎さんが、背もたれに身を預ける。
「……ところで、聞いてもいいか?」
ちょっと真面目な目つきにこちらも居住まいを正す。う……緊張する。何の話だろ?
「……竜堂は…………実は双子で、入れ替わった……ってホント??」
「…………えっと??」
…………はあ??ナニソレ??双子??
私がポカンとしてると、何かを察した楢崎さんが呆れ笑いを浮かべる。
「んな訳ねーよなぁ……くくくっ、悪い悪い。そんなウワサになるくらい、すっげえ変わっちゃったからさ?」
そ、そんなウワサ流れてるのか!?背びれ尾びれどころか本体までスリ替わってるだろ、それは!?
「双子の姉妹なんていませんよ……」
私も苦笑いを浮かべながら、コトのあらましを喋ることにした。
自分が『出来損ない』だと思ってたこと。周囲から疎外されてると思い込んでたこと。
「へえ……意外だな。黙ってりゃ物凄い美人だし、てっきり家でも甘やかされてるんだと思ってた」
「うーん、皆そう思ってるみたいですねえ……」
悟桐も同じようなコトを言ってた気がする。
「でも、比較対象が……あの兄なので。私、コンプレックスの塊でしたよ?」
あー、とタメ息混じりの声を、納得した楢崎さんが漏らす。
「三年生の……あの“お兄さん”かぁ。ありゃ、出来過ぎだよな」
呆れたように感想を述べる。その素っ気ない口調をみるに、楢崎さんは余りウチのお兄様には興味がなさそうな様子。素晴らしい。楢崎さんは見る目あるね!
それから、“あの日”、突然ひどい頭痛で倒れたこと。三日三晩熱をだして寝込んだことを話した。……さすがに「しずか」の記憶と意識の話は伏せた。
──まぁ、精神科行った方がいいよって、大抵の人は言うだろうしねえ。
厨二病拗らせているヤツ認定は確実だろうしね。
「で……熱がさがってきて、ふと我に返っちゃったんですよ。『今までナニしてきたんだ!?』って」
動けなくなってる間、それこそシモの世話までメイドさん達にされて……「せりか」は意地を張るのもバカバカしくなった。
そして、「しずか」に対しても素直に受け入れるしかないとわかってしまった。脳内に同居している以上、何も隠し事なんてできないのだから。
そうした途端に頭痛は治まり、熱は下がった。
いま、あれこれ考えつつ話をしている「私」は、「しずか」と「せりか」の融合した私だ。なんとなく「しずか」がベースで、「せりか」はちょっと深層の方にいる感じだけど。
ときどき、「せりか」や「しずか」が、何かに喰い付いて意識の中で顕在化することはある。ナイスミドルのおじさまが視界に入った時には「しずか」が興奮するし、可愛い動物の赤ちゃんとかだと「せりか」が萌え萌えになったりする。
ちなみに、午前中の飼育センターでは動物の赤ちゃん一杯いる部屋があって「せりか」がメロメロになっていた。
「なんだか、今まで意地はって意固地になって……プライドを守る為に攻撃的になって……でも、その“プライド”って、そんなに大事なものなのかなあ?って思ったら…………なんだか、バカバカしくなっちゃったんですよ」
楢崎さんは、聞き上手だ。口下手な私がポツポツと語る要領を得ない話を、上手いこと相槌をうったり、簡単な一言二言の質問で話をまとめてくれる。
「……そうかぁ。竜堂も色々あったんだな。まぁ……アタシは、アンタにガン飛ばされる程度のことしかされてないからな。大して気にしちゃいないさ」
正直に言おう。楢崎さんとは入学そうそうにヒト揉め起こしたんだ。
場所はクラス前の廊下だった。
私が些細なことで癇癪を起こして、言いがかり的に男子生徒を殴ろうとした時に腕を掴まれて止められたのだ。そして、物凄い目で睨まれて「いい加減にしろ」と言われた。
根が小心者の瀬梨華は震え上がった。完全にビビったと言ってもいい。だが、持ち前の高いプライドと意地で、睨み返し「いーい度胸ね?私の手を掴むなんて」と言いのけて彼女の手を振り払った。
真正面から睨み合う私と彼女。一触即発の雰囲気だった。もちろん、私は逃げる算段を探していた。廊下の向こうから向坂先生が来るのが見えた。
私はテンプレ的な「ちっ、憶えていなさい。存分に後悔させてあげますわ」と捨て台詞を吐いて、脱兎のごとく逃走したいのを我慢して優雅に立ち去った。
それ以降、私は時々遠くから睨みつけるくらいしか、できなかったのだ。
何しろ彼女は運動神経抜群なのだ。遠距離通学もあって、部活には入っていないが、入学当初はかなり引く手数多で、しょっちゅう勧誘されていた。
しかし、彼女には幾つもの武勇伝があった。私の耳にも届いてきて、内心恐怖に怯えた。「なんてヤツに喧嘩売っちゃったんだ!?」ってね。
いわく、校内の不良グループを一人で一瞬の内にぶちのめした──とか
いわく、繁華街でヤクザ相手に一人で大立ち回りをして半殺し──とか
いわく、地元の暴走族グループを一人で壊滅させた──とか
もちろん、今から思えば私のウワサ同様、背びれ尾びれが付いて脚色されたものなんだろうけど……。
「ただ、アンタが他の連中にしてきたコトを、考えるとなあ……」
「ですよねえ……」
はぁ、とタメ息混じりに俯いてしまう。自分のしてきたことがわかってるだけに。
「あ、別にアタシは、許せないとかそういうのはねーんだけど。急に和解したら、竜堂も迷惑だし周りも驚くだろ?アタシも、竜堂並みに悪いウワサは多いからさ」
と、言ってクククっと笑った。あれ?和解って??
「え?ええっ?いいんですか?大して償ってもないし、行動で示してもいないのに?」
「アタシ自身は直接キズついたなんて事、何もないし。何か償って欲しいなんて思ってもないよ」
ふん、と鼻息もあらく憮然と言い切る楢崎さんは、カッコよすぎる!
もう、思わず「そこに痺れる、憧れるゥ!」とか言っちゃいそうだ。
「もう……楢崎さんに、そう思ってもらえるだけで嬉しいです……」
うわ、目元がフルフルしてきた。これ以上、なんか痺れること言われたら、目から水が出ちゃいそう。もーーっ、「せりか」は涙腺ユルすぎだよ!
「こんな風に目立たないトコなら、普通に幾らでも話とか聞くから」
う……やばい。楢崎さんが男だったら、完全にコロっとやられてる、私!!
確かに、悪逆な暴君のようだった私と、無敵の豪腕美少女が手を組んだ、とかっていう背びれ尾びれ的なウワサが、更に追加されたりすると、お互い色々面倒なことになりそうだし……。そのへんは、仕方ない。
川端くんも「個別対応で頑張るしかない」と、三国志の臥龍な某軍師風の口調で言ってたしなぁ……。
まあ、そんな感じで夕飯前の集合まで、楢崎さんと色々とおしゃべりをした。
途中で楢崎さんが……
「そんな、一人でヤクザや暴走族潰せるワケないじゃんかよ──っ!?」
と、少し泣きそうな目で悲鳴をあげた時は、ちょっと可愛いかった。
読んでくださって、ありがとうございました。
ようやくレギュラーの楢崎さん登場です。
もともとは「企画No.9」初期段階でボツにしたんですが
こっちで再起できないものかなーと、思って。
次回は……たぶん、サバイバル美少女が活躍する感じの話……の予定。……いや、なったらイイなあ……くらいで(汗)
そんな感じで、いろいろ頑張りますので、次もよろしくお願いします。
あと、アルファポリスで番外編『乃愛の場合』というのも書いてみました。
こちらも、よかったら検索してみてくださいませ。




