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第十四話

 水晶を傷つけないように土魔法と水魔法を駆使して慎重に採取を続ける。既に今日だけで100以上の数を採取したものの、あって困る事はないと判断し直人は作業を継続していた。わざわざ片道4時間以上もかけて飛んできたのだから大量に採らないと採算が合わないと思いながら。


 ユピリスからは程遠い死の森の奥地にある水晶鉱山に貯蔵している魔法石の魔力を用いてまで直人が赴いたのは、何も水晶の採掘だけが目的ではなかった。もちろん、魔力を貯蔵する魔法石の素材として水晶を欲していたというのもあるが、それだけであれば素材となる鉱石や宝石の類は十分あるため、わざわざ採掘しにくる必要性は乏しかったのだ。では、何の目的で来たといえばストレス解消という浅い理由しかなかった。もっとも、水晶の採掘がストレス解消になるという訳ではなく、単純に1人になる環境に身を置くことがストレスを感じなくて済むというだけの話であった。


 そもそも、直人が日々の生活にストレスを感じ始めたのは窃盗犯が自宅に盗みに入ったその翌日からであった。直人の周囲に警備がついたのだ。ケレス王国を始め多くの国では神眼レベルの魔法使いや有用な魔法を開発する魔法学者などには漏れなく警備が付く事になっていた。そして、この度めでたく、外部協力者である直人の身にも及んだのだ。といっても直人の性格を考慮し、街中に居る時限定かつ少し離れて警備するという事に落ち着いたが、直人としては常に見張られているような錯覚に陥り憂鬱になるのであった。そう、これからずっとこんな生活を続けないといけないのかということだけではなく、国家に所属すればこういう待遇を受けるということを実際に体験してみて憂鬱に思ったからだ。


 そして、直人に追い打ちをかけるように窃盗犯の一家の奴隷階級への追放が決定された。直人としても犯人だけであれば自業自得だとこの世界での常識として色々と思うところはあったものの受け入れることができた。だが、その妻や娘2人まで奴隷階級に落ちるという事については無理であった。クラリス達を買った時に色々奴隷について調べた際に分かったことだったが、ある程度の年齢まで平民として育った女は非常に需要が高かった。生まれて時から奴隷であった女に比べ、反応が面白いらしかった。その事を初めて聞いた時、嫌悪感は感じたものの今までこの国が築き上げて来た文化や制度を否定するつもりもなく、そして変えるつもりもなかった。だが、奴隷にそういった側面があるということを知っているのと、実際に自分がきっかけとなってそういった境遇に誰かを貶めるというのはまた別の問題だったのだ。


 したがって、直人としては自分の心の平穏の為にブノアにかけあった。その妻子3名を自分に買わせてもらえないだろうかと。最初は被害者である自分が許すので妻子の罪の軽減をできないかと言ったものの、あまりに軽い刑罰にすると魔法使いに対する窃盗や襲撃が増える可能性があり許容できないと言われたゆえに妥協して、ならば自分に買わせて欲しいと願い出たのだ。だが、これも制度上認められなかった。なんでも、好きな女性ができたがその女性が自分に靡かなかったからといって傷害事件を偽造した魔法使いが居たらしく、そういった事件の再発を防ぐために被害者への下げ渡しは禁止されることになったそうだ。それでも間接的に所有しようとした剛の者がいたので、被害者の支配下や協力関係にある者への下げ渡しも禁止されたとのことであった。これにより、トマに金を渡し使用人として買ってもらおうとした直人の目論見も潰えることになった。


 だが、救いがなかった訳ではない。彼女達は丁度使用人不足に悩まされていた常連客の1人であるファリス男爵に譲り渡される事になったという。このことを聞き、直人は気が軽くなった。直人の眼から見てファリス男爵は好々爺然とした性格の良さそうな初老の男性であり、他の常連客ともの様子を見ていても貴族としておごり高ぶっているようには見えなかったからだ。普通の平民としての生活は不可能になったとはいえ、彼に所有されるのであれば彼女達にとって今の所は最良であるように感じられたのだ。そう、普通、魔法使いや貴族に対する犯罪者やその家族は被害者の魔法使いの慰留の為、死ぬよりも酷い目にあわせられるのが通例だったのだから。


 彼女達の処遇を聞き、完全に気が晴れた訳ではなかったが心の平穏を保つ程度には回復したらしく直人は平常の生活に戻りつつあった。そう、警備の人員ができたという事を除いて。生まれた時から金持ちや権力者であったのであれば、周囲に人がいても特に気にも留めないのであろうが中産階級の家庭である直人の家には家政婦ですら居た事はなかったのだ。そして、その警備の存在は直人としてはただひたすらにストレスを感じさせた。思わず1人にしてくれ!と怒鳴り散らしそうになるくらいには。


 今までのうっぷんを晴らすように黙々と水晶の採掘を続けて来たが、いい加減帰らないと時間的にまずいと気づき採った水晶を空間魔法付の袋に入れ、空を飛び帰路についた。直人がユピリスの街から徒歩30分くらいの所にある森に着陸した頃には日も暮れ始めていた。流石に水晶を採るのに夢中になりすぎたかと反省しながら街道に向かって歩いていると街道の方から剣を打ち付けるような音が聞こえてきた。直人はかけていた結界魔法を強化し街道に向かって走り出した。そして、森を抜けて直人が最初に眼にしたのはシープウルフ3匹に襲われている冒険者らしき少年と少女の2人組の姿だった。2人に当たらないように注意を払いながら直人は風の刃を形成するとシープウルフに向けて放った。その風の刃は避けようとするシープウルフの努力をあざ笑うかのように一瞬で3匹の頭を切り落とす。命の危機が去ったことに安心したのか、少年が倒れ込んだ。


「だ、大丈夫! アシル! しっかりして!」


「大丈夫だ……。少し疲れただけだよ……」


 必死に声をかける少女に、少年は気だるげに返事をするがそれも仕方ないことであった。少年の腹からは大量の血が流れ出ていたからだ。近くに脅威がないか風魔法で探査していた直人も残敵がいないことを確認すると、袋から魔法薬を取り出し彼女らに近づいて行く。目の前で人1人が死のうとしている現状に直人としてはすごく焦っていたが、自分も混乱すれば少女がさらに取り乱してしまいかねないと自制し、落ち着いているように振る舞いながら話しかけた。もっとも、声が高ぶり震えていることからその緊張ぶりは明らかだったが。


「大丈夫? 少しぐらいなら医学の知識があるから診ようか?」


「えっ……。援護ありがとうございました! あ、アシルをお願いします!」


「うん、任せておいて」


 直人はそう言うと彼女に持っていた魔法薬を手渡し、少年に飲ませるように指示した。その薬は造血効果と体力回復の効果を持つもので急いで飲ませる必要がないものであったが、少しでも仕事を任せた方が落ち着くだろうと思い直人は彼女に任せた。その甲斐もあってか、彼女は迷う事もなく薬を口に含むと少年に口渡しで飲ませる。そして、彼が薬を全て飲み終える頃には、直人の唱えていた呪文も完成し明らかに致命傷だったと思われる彼の傷は消えた。


「これでよしっと。さて、次は君の治療をしようか」


「ありがとうございます! わ、私の傷は後で手当てするので大丈夫です! そ、そのアシルの治療費は絶対払うので待ってください、お願いします!」


「そんなこと気にしなくて良いから。ほら、手だして」


 相棒の命を救ってくれた直人に何度も頭を下げてお礼をいう彼女であったが、魔法使いの治療がいかに高いか理解しているらしく自分の治療は断った。そんな彼女の腕をむりやり掴むと直人は無詠唱魔法を行使した。すると、腕の怪我だけではなく彼女の全身にあった細かい切り傷も含めて全て治った。


「す、すごい……」


「これで良しっと。さて、そろそろ街の方に戻ろうか。ちょうど迎えも来たみたいだし」


「え?」


 信じられないといった様子で自分の身体を穴があくくらい見つめていた彼女も直人の言葉を受けて顔をあげた。そうするとユピリスの方向から兵士らしき男がこちらに向かって走ってきていた。


「君達大丈夫か! って直人様、どうしてここに?」


「狩りの帰りにたまたま襲われている場面に遭遇してね。助けただけ。治療は済ませたけど、少年の方は血足りてないし意識失っているから運んであげて」


「はっ。かしこましました」


 門から街道で襲われている2人組を見つけて急いでかけつけた兵士は、直人がいる事に一瞬驚いたものの、すぐに冷静になり指示に従って少年を背負った。そして、直人の方も自分の警備を担当している人物だったことに地味に驚いていた。あぁ、街の中での警備という条件だからということで門で置いてきたから門で待ってたんだと申し訳なく思いながら。


「まぁ、はやくベッドに寝させてやった方が良い。君も立てる? 無理そうなら背負うけど」


「だ、大丈夫です! 歩けます!」


 少年アシルの方を心配そうに見ながらも、直人が偉い人かもしれないと気づき少女は緊張していた。そんな彼女の内心に直人は気付く事なく、なら行こうかと皆を促しユピリスの街へ歩を進めた。著しい充足感を感じながら。







「ありがとうございました」


「気にしなくても良いよ。できることをしただけだから」


「それでも治していただけなかったら僕……死んでいました。ですからお礼が言いたいんです」


 早朝の農作業が終わり自宅に帰った直人は昨日助けた少年達に捕まり何度も何度も感謝の言葉を伝えられていた。最初は素直に聞いていたが、そのうち照れくさくなり直人は話を変える。


「それで、身体の方は何か異常ない? 多少、血が足りなりないかもしれないけど」


「はい。大丈夫です」


「なら良かった。でも、なんで昨日はあんなところにいたんだ? 正直、討伐難易度Eのシープウルフに勝てないような素人がいるような所ではないと思うんだけど」


「それは……」


「アシル、まだ身体が辛いのだったら私から話すよ!」


「エリー、大丈夫だから。僕から話す」


 直人の問いにアシルは言いづらそうにしていたが、少女の励ましを受けたどたどしいながらもしっかりした口調で話始めた。アシルの言う所によれば、薬草を摘みに行きその帰りにシープウルフに襲われ何とか街道まで逃げてきたとのことだ。逃げる途中、護身用に持っていた短剣で交戦したもののきちんと訓練を受けた訳でもなく当然のように怪我を負ってしまったという。


「うん。なんであの場所に居たのかは分かったけど、どうして薬草摘みにいったの?」


「お母さんを治す薬を買いたいんです……。その薬が高くて買えないから……僕もお金を稼ごうと思って……。それに街道沿いの森の中だったら魔獣もほとんど居ないと聞いていたから……」


「無謀だとは思うけど……門で止められなかった? 普通、子供だけで出て行こうとしたら止められるとは思うんだけど」


「馬車の影に隠れて出て行きました」


 アシルの答えに思わず直人は溜息をつく。そんな直人の態度に呆れられたと思ったのか、アシルは慌てた様子で言う。


「どうしてもお金が必要でしたので! お母さんの治療費を稼ぐ為には僕がやる必要があったんです!」


 命よりも大事なものがあると言わんばかりの態度で言い放った彼を見て、直人は素直に彼が羨ましく感じた。彼には命をかけてでもしたいことがあるが自分は未だ見つける事ができていなかったゆえに。それに、アシルの幼馴染で相棒のエリーもきっとアシルのことが心配でついて行ったんだろうと推測できる。恋愛感情か友情かは分からないが彼女にとっても彼と言う大事なものがあったのだ。ここに居る3人の中では自分だけがやりたい事や大事なものを持っていなかった。だからこそ、無力で無謀そして無知であるアシルとエリーが羨ましくてしかたなかった。そして、持たざる者として持てる者の存在が眩しく感じられた。そんな直人の考えなんて到底理解も想像もできるはずもなく、急に黙り込んだ直人を見て2人は何か機嫌を損ねるようなことを言ってしまったんではないかと不安そうな顔をしていた。ふと、考えに浸っていたことに直人も気づき誤魔化すように言う。


「お母さんの病気は何ていうの?」


「ギブソン病というらしいです」


「あー、ギブソン病か……」


 病名を聞き薬が買えないほど高いという理由に納得した。あの病気の薬は魔法薬であるからだ。この世界で薬といえば薬師が作る魔法を使わずに作る薬と魔法使いが魔法を行使して作り上げる魔法薬の2種類があり、数少ない魔法使いに依存する魔法薬の値段は半ば法外なものであった。だが、それも仕方のない事で普通の薬では治せない病を治す為に、貴重な薬草と難易度の高い魔法を行使して作り上げられる魔法薬が安く供給できるはずがなかったからだ。といっても、直人にとってはそんな事情なんて関係のないことだったらしく、何も気負うことなく言った。


「ギブソン病の薬ならこないだ作って在庫あるからあげるよ。ちょっと待ってて」


「あ、あの!」


 呼び止める声を無視して、直人は魔法薬を確保すべく館内に入って行った。自室に着くと、魔法薬や魔導具を入れている空間魔法付の鞄から目的の魔法薬を探す。腕や知識を劣化させない為に日々、魔法薬や魔導具を作っていたので袋の中は大量の瓶や道具で溢れておりなかなか目的のものを見つけることができなかったが、探し始めて10分くらい経った頃、ようやくギブソン病の治療薬を見つけた。


「見つけた」


 作っていたという記憶に間違いが無かった事に安堵しつつ、緑色に濁った液体が入った瓶を持って急ぎ気味に玄関まで向かう。何も直人は全ての人間を助けたいといった傲慢なことは考えていなかったが、それでも自分の感知できる範囲内で苦しんでいる人がいたら助けたいと思う程度には善人であった。そして、今回の病気の治療に関しても同様であり、無料で広範囲に薬を配る事には問題があることは理解していたいしする気もなかったが、事情を知ってしまった以上放置しておくことは気がかりであり、もし彼らが死んでしまえば後味が悪くなってしまうだろうと考えた。それゆえに、利用するあても無く死蔵に等しいといっても良い魔法薬を彼に無料で提供することを決めた。


 しかし、本人は決して意識はしていなかったが魔法薬の提供には別の意図が隠されていた。それは、彼の存在が目障りであり不愉快な存在であるというところにあった。アシルが、そしてエリーがアシルの母親を治療する目的で動き続ける間、直人はどうしても意識し続けることになるだろうと感じられたのだ。前向きに、強い意思を持って、生きる方向性を見定めて動き続けると。あたかも、どうやって生きたら良いかということを見失っている自分に対する当てつけのように。ここまで意識的に考える事はなかったがそれでも何気なく不愉快には感じたのだ。そのことは、魔法薬を彼に提供しなければという強迫観念となって直人に決断を迫った。そして、直人にはその欲求に逆らうだけの意思を既に喪失していた。


 何かに突き動かされるように、徐々に歩く速度を上げながら彼らが待つ玄関口にまで直人は歩いた。いや、最後の方はもはや駆け足に近いものがあった。駆け足で戻って来た直人にアシル達は驚いたようであったが、直人が押し付けるように魔法薬を渡すと嬉しそうな顔をして彼らは何度も何度も頭を下げた。


「感謝の言葉は良いし、原料も全てうちの庭で採れたものだから料金もいらないよ。だから、はやく母親に飲ませてあげなさい。ギブソン病はすごく痛みがする病気だからね」


「はい。本当にありがとうございました! お礼は絶対にさせていただきます!」


「ありがとうございました!」


 直人が脅かすように病気のことに伝えると、母親の事が心配になったのかアシル達は急ぎ足で、だが魔法薬の入った瓶を決して落とす事がないよう慎重に母の待つ自宅へと帰って行った。直人はしばらく立ち去った彼らの背中を見守っていたが、彼らの姿が見えなくなると館へと戻った。この時の直人の顔は良い事をしたはずであるのにも関わらず、泣きそうな顔をしていたことが印象的であった。

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