まくあい①
「やはり死刑が順当かと」
「だから、死刑なんかにしてしまえば彼の行動が読めなくなってしまいますよ! 強制労働辺りで手を打つべきです!」
「それはあまりにも緩すぎるのでは?」
普段であれば法務官の裁量で決められる事柄について、領主館の幹部達は結論を下す事ができず同じ内容の会議を長々と続けていた。そんな状況にいい加減疲れたのか領主が止めに入った。
「やめよ。ここは言い争いをする場所では無い。きちんと論理立てて話すように」
「もうしわけありません」
「うむ。次から気を付ければ良い。まぁ、かの魔法使い関連の話だから慎重になるのも分かるが、ここはやはり、かの者の担当者である特別執行官の話を聞いてから決めるのが良いじゃろう。ブノア」
「はっ。私は奴隷階級への追放にするべきだと愚考します」
領主に促されブノアは自分の考えを述べた。会議に参加している他の参加者の突き刺さるような視線を感じ胃が痛くなったが、表面上は何でもないように話を続ける。
「直人殿は、自分のせいで人が傷つく事を極端に嫌う傾向にあります。ですので、もし死刑にしてしまえば塞ぎ込んでしまう事が考えられます。そうなれば、今進めている農地改造計画並びに食料自給率向上計画に影響を及ぼしかねません。かといって、軽微な罪で済ませてしまうことは今後の直人殿並びに魔法使いの為にならないかと思われます。従いまして、奴隷階級への追放が妥当かと」
「ふむ。今後の計画も含めて考えると彼の機嫌を損ねるのも下策かのぉ。よろしい。一家纏めての奴隷化で決定じゃ。皆の者もそれで良いな?」
「はっ」
法務官などは納得できないといった顔をしていたが、その判決の妥当性を鑑みて他の皆と同様に頷いた。この件で会議の議題も終りという事もあってか、空気が緩んだ頃、会議の参加である政務官の男がブノアに質問を投げかけた。
「ブノア殿、彼は何を求めているのだ? 報告書は読んだが、何がしたいのか私には理解できないのだが」
「確かに分からないな」
「そうですよね。お金に執着している風ではありませんし」
政務官の思っていた疑問は皆が持っていたらしく、何人か興味深そうに話に乗って来た。問いかけ自体は軽いが、話に帯びる真剣味に気付きブノアはなんて答えるべきか悩む。だが、残念ながら彼に考えられる時間はそう多くは与えられなかった。何故なら、領主までもブノアの方を見ている事に気づいてからである。
「報告書にも書きましたが、金でも女でも酒でも釣れそうにはありません。見ていた限りでは、それなりに買い物もされますし、酒も飲まれますし、女性が嫌いといった訳でもなさそうなのですが執着があるようには見受けられませんでした」
「ふむ。それだと坊主みたいに欲が無いというのか?」
「いえ。欲はそれなりにあると思います。あくまで一般人としての欲ですが」
もったいぶらずにとっとと続けろという無言の圧力を各所から感じ、ブノアは冷や汗をかきながら話を続ける。
「私見にはなりますが、普通に職人や商人それに農家といったごく普通の仕事をしている者達と同じ位の欲しか持っていないのだと思います。ただ、その欲と実力が吊りあわないから齟齬を感じるのかと」
「そんな事ありえるのですか? 神眼持ちであれば生まれた時から高待遇を受けているでしょう?」
不思議そうに問いかける女性に、最初に質問を投げかけて来た政務官が答えた。
「最新の報告書によれば、辺境の村で育ったそうですよ。なので、そこまで階級意識が生まれなかったのでしょう」
政務官が何気なく言ったことにブノアは驚いた。ユピリスにとって直人は最重要人物になって等しいが、この会議に出ている参加者は漏れなく高官であり暇なんぞなく、一々毎週毎週提出される報告書の内容まで把握しているとは思っていなかったからだ。そして、ブノアの記憶する限り、最新版は諜報部より前日の夜にもたらされたものだった為、その驚きはひとしおであった。ブノアとしては顔に出したつもりは無かったが、どうやら無意識のうちに顔に出ていたらしく政務官の男は若干気分を害したように顔をしかめる。
「私の立場だと読まないと居られないのですよ。確かに、直接接する機会はないですが彼の動向によっては政策の修正を迫られるのですから」
「ふむ。そういう事じゃ。皆の者も彼に関する事案については細心の注意を払うように」
「はっ」
会議が終り自分の席に戻ってぐったりしていると、隣の席から声を掛けられた。
「お疲れ様。で、どうなった?」
「当初の予定通り、家族まで含めて奴隷階級への追放に決定しました」
「ま、そんなもんだな。じゃあ、これ使え」
「なんですか?」
先輩が手渡してきた紙にブノアは視線を落とした。その用紙には数人の名前と簡単な説明文が添えられていた。
「見ての通り、奴隷の受け入れ先だ。お前が言うには直人っていう奴は奴隷を奴隷っぽく扱うのを嫌うんだろ? なら、犯人である父親はともかく、妻や娘は使用人として使ってくれる所に放り込んでおいた方が無難だろ」
「ありがとうございます。助かります」
「んな礼はいらんから、とっとと出世して王都へ帰れ。妹のイリーナをこれ以上待たせるなよ?」
「はい」
ぶっきらぼうに文句を言ってくる婚約者の兄の優しさに感謝しつつ、ブノアは奴隷の受け入れ先を検討していく。既に人柄などの条件で絞り込まれている為、直人にとって一番良い場所を消去法で選んでいく。直接、目にする事がないように。かといって、情報が入る程度には接点を持っている所にいくように。様々な条件で考慮した結果、喫茶店の常連客の1人であるファリス男爵に打診する事に決めた。男爵の開いている日程を確認すべく使いを頼むとやるべき作業が一段落し、ブノアはお茶を飲みながら婚約者であるイリーナの事を考える。
遠距離でいる為、あまり連絡しないと拗ねてしまう。贈り物は先月したし、今月は手紙を送ろうと。なら、手紙には何を書こうかと考え、以前の手紙の内容を思い浮かべる。前の手紙では喫茶店で食べたプリンの話を、その前は直人と行った演劇の内容を。そこまで思い浮かべてブノアは思わず苦笑した。これでは、まるで直人殿とのラブレターだと。まぁ、それも仕方がないかとその理由を思い浮かべ納得する。そう、今の自分の仕事の大部分は直人関連なのだからと。
そもそも、ブノアの仕事は魔法使い専門官である特別執行官であった。そして、職務内容は、魔法使いに関わる事全般に及ぶものだ。その中で最重要視されることは魔法使いの御機嫌を損ねない事と有能な外部魔法使いの取り込みであった。ゆえに、ブノアは神眼を持ち緑魔法という高等魔法を使いこなす直人の取り込みが最重要任務として割り当てられていた。したがって、職務時間内でも直人と遊びに行ったり、喫茶店にお茶をしに行ったりと直人との交流を深める事を優先していたので、婚約者に書く話題の多くを直人が占める事になっていたのだ。
直人殿以外で何か変わった事があったかなぁっとブノアは考えるが、何か変わった事も思いつかず直人が育てている花について書く事にした。頼めば、花の一輪や二輪くらいなら分けてもらえるから栞にして添えようと思いつつ。彼女が男相手に嫉妬しない事を祈りながら。




