1.進路
僕、真本 真人は3者面談の時に使う希望進路調査票を、家の机の上、その目の前に置いていた。
「就職・・・、でも進学?」
高校2年生。皆が進路で悩む時期らしい。進学校に通っている中学の友人たちは高校入学当初から目標の大学を定めて勉強している人もいるのを知っている。時折の休みにあったりすると「勉強」「テスト」「偏差値」の話をポケットから繰り出してくるのを覚えているのだけれど。
「工業高校生なんだよな、僕は」
中学の時点で自分の成績が全くもって上がらなかった僕は周囲の大人達から「将来困る」と言われ続けた結果でもあるのだけれど、それよりなにより、この5教科の勉学を高校まで行ってやったところで〝どうなるんだ?〟という感覚の方が強くて、それで職業科を選択した。
選んだのは電気科。理由は単純、体験入学の時の半田付けが楽しかったから。以上。
あとは資格が取れる。電気工事士の免許とかその他の何かしらの検定とか。そういうのがあればいわゆる「手に職つけて働く」ということが出来る。
と考えたわけで。
それは間違っていなかった。現に工業高校でそれなりにやっていれば大きな企業に入ることが出来る。
のだけれど。
僕は自分の手を見た。
「もう少し、これをやってみたい気もする」
高校で始めたスポーツ、体操競技。中学では野球をやっていたのだけれど、万年ベンチにも入れない応援専門部員。最後の年に顧問とコーチがお情けでベンチに入れてくれてはしたけれど、クラスメイトや保護者からの視線は冷ややかだった。
そんな時であった。やろうと思った理由は単純「自分にもできそう」という全く根拠の無い自信。
けれど、指導してくれた先生、そして環境に恵まれ、高校2年時にインターハイ・国体の選手に選出されることに。
何も取り柄なんか無かった僕にとって、唯一の・・・なんというか「ああ、これなら僕でも」というモノを持った瞬間でもあるわけで。
だから、もう少しこれを持ってみたい、やってみたいと考えてはいるのだけれど、そのためには大学に行かなければいけない。
「さて、どうするか」
腕組みをしてしばらく紙を眺める。しかし、答えは出ない。気の進まなくなった僕は自分の部屋を出て靴を履き、自転車を走らせてある場所へ向かう。
近所の本屋さん。
何かここにならヒントがあるかもしれない。というわけでもなく、ただ何となく自分の考えがまとまらない時に、本棚に収められた本を眺めに行く。そうすると、頭の中が整理されていくような。
「そんな気がするだけなんだけどね」
そう一言ぽつりと言うと、自転車置き場にキチンと並べ、そのまま店内に。
雑誌、漫画、文房具コーナー。
いつもと変わらないその風景を眺めていると後ろから声がかかった。
「真人くんじゃない?」
声をする方を振り返ると、どこかで見たことあるような顔の女の人が立っていた。
「ああ・・・えっと」
「私、ひとみ。久しぶり。覚えてる?」
声をかけてきた人物は小学、中学と同じクラスだった立石 ひとみ(たていし ひとみ)。クラスの中でも大人しめだった彼女も高校生となればやや冒険心も出たのかもしれない。
若干髪の毛が明るくなり、手にはアクセサリーがいくつか付けられている。
「何か買いに来たの?」
「あ、いや、そう言うわけじゃなくて・・・」
僕はふとあることを思いつく。そうだ、ひとみも同じなのだから、進路とかどうするんだろう。彼女は普通科に通っていて、たしか記憶が正しければ頭が良かったはず。
これも何かの導きだ。とそう思い、聞いてみることにした。
とはいうものの店内で聞くわけにもいかない。僕はひとみと一緒に自販機へ向かうとお互いにお気に入りの飲み物を買って近所の公園に向かった。
「進路?何かと思えば・・・」
意外だったらしい。いや、それでも僕としては何か参考に成ればいいなと思って聞いてみただけなのだけれど。
「私は、高校卒業したら県内にある調理師の専門学校に行くよ。今度、体験入学にいくし」
「調理師?」
「うん」
話を聞いているとだんだん彼女の目が生き生きとしてくるのが伝わってきた。そう、活力。それだ、多分この生きているって感じの話し方は。
「それで?真人はどうするの?進路。電気科・・・だっけ。だったらそっち系に就職?」
「あー・・・決めてはいるような、いないような」
「ふうん・・・まあでもいいんじゃない?真人が決めればそれで」
僕は彼女の方を見た。
「・・・真人は知ってるでしょ。私、中学の時勉強ができた。みんなもそういう目で見てくれてた。そういう感じ。だから実は進路を決める時、きっと国立の大学に行くってみんな思ってたみたい」
「でも、私はそうじゃない。自分がやりたいことをしたい。自分に正直になったとき、やっぱりやりたいことはこれなんだって思った」
「・・・その、えっと」
聞くか聞かないか僕はその時、決めかねていた。
「何となく、真人が私に聞きたいことはわかる。周りの反応はでしょ?で、その答えは当然あった。けど、関係ないでしょ。それって」
「そうか、それならよかった」
少し、彼女に憧れてはいた。好きとかそういうのじゃなくて、凄いなってずっと思っていた。でも、やっぱり考えるところの道筋は僕とあんまり変わらないということを聞いた時、僕は自分で決めることにした。
「・・・自分で決めるよ、この先の事」
「それがいいよ」
そう一言、僕は彼女から受け取ると家に帰った。
日が経ち、3者面談。僕が教室の前で待っていると母親がやってきた。教室に入ると担任の先生が出迎えてくれた後、すぐに面談は始まった。
先生の名前は小林先生。社会学担当。出会った時から今まででこの人に感じている印象は「竹を割った性格」完全に見ていないわけでもないが、割とさっぱりしている先生ではある。
「おまえ、大学に行くのか?」
まあ、その反応になるだろう。両親とは少し話をした。大学に行くと。先生には話していなかったからこの感じになる。それもそうだろう、職業科で、僕だ。明らかに向かう先は就職。先生もそのつもりで構えていたと思う。
「はい」
「・・・となると指定校推薦だな」
話が早い。というか先生は特にこういう所にはツッコミは入れない人だった。というのを僕も何となく知っていた。今までの感じから言うと「そうなるなら、そうなるだろう」という雰囲気。
「電気が学べて体操部があるところがいいです」
と僕の進路の条件を提示した。
「ここはほら、電気を教えている佐藤先生の出身校。・・・内申点も足りるし、ここでいいと先生は思う」
提示された大学。それは僕の希望を満たすものが揃っていた。
「関東だからまあ新幹線あるしそんなに時間もかからないから」
そういうと先生は机の上に出していた資料を片付け、少しだけ世間話をするとそのまま面談は終了した。
その後、いつものように部活に行き、顧問の関本先生に自分の進路、3者面談の事を話した。
「そうか、なら大学の大会は5月にあるからそこに合わせて練習しておかないと」
とのこと。
顧問の先生にも自分が大学へ行くというのを言ったのもつい先日の事だった。その時の反応も小林先生と同様だったのだけれど、割と関本先生に関して言えば何というのだろうか、体操を続けるという僕にひそかに賛成してくれていたのかもしれない。
だからすぐに「次の試合の事」を提案してきたのだろうし、基本的に卒業するからといって指導がなくなるわけもなく、そのままの感じで行くことになった。
だから実際、本来であれば部活に行かなくなる時期がやってくるのだけれど、僕は大学でも続けるという考えがあったのもあり、そのまま卒業式手前まで部活に出ることになった。
「遊びに行かないか?」
僕のこの生活というかやっているのを見ていて何か思ったのだろう、こんな感じで誘ってくれる同級生もいた。彼は宮下君。県内の企業に内定をもらい、卒業は研修の為に県外へ行くことが決まっている。
学生として遊べる時間。その時は今しかない。と語っていた。
現に他の就職組は卒業が確定している人がほとんど。というか内定はそうじゃないと出ないらしいとのことだった。
多分、僕は周りから見たら人付き合いをあんまりしていないように見えるんだろう。別にクラスでどうのこうの言われたことはないけれど、それでも確かに、部活と学校だけに行く3年間だった。
そう言われればその通りなのだけれど。
まあでも確かに考えてみたらそうか、宮下君はこのまま就職、それで僕も大学に。そうなると遊べる機会はあんまりなくなる。
だから僕はこの時、思い出作りも大事だ。という顧問の先生の言葉を思い出し、遊びに出かけることにした。




