第二十話 第八章「作戦決行」其の四
そして夜になった。
堅柳泰雅以外の忍者たちはいかにも忍者風な黒装束に着替えたが、泰雅だけは昼の恰好のままだった。
泰雅だけが目立ってしまうことになった。
やはりそうだ。泰雅は思った。
この作戦を命じた人間は自分を陥れようとしている。
川の上の丸太棒の橋の上に自分を追い込んで、勝手に落ちるのを待っているのだ。
よし、こうなったら。
泰雅は決心した。
なにがなんでも生き残ろう。
なにかあったら仕方ない風を装って早めに逃げ出すことにしよう。
満月だった。
奈央姫は近くの武家屋敷にいるはずだった。
屋敷はこの地域を統べる北部の武家のものだった。
北方王国連合の要請で奈央姫たちに自らの屋敷を貸し出しているのだった。
屋敷は大人の身長の倍ほどもある、漆喰を壁面に塗って上に瓦を敷いた立派な高い塀に囲まれている。
泰雅を含めて八人ほどの襲撃団のひとりが、端に鉄の鉤爪の付いた細い縄梯子をそんな堀に向かって投げた。
縄梯子はうまく堀のてっぺんから垂れ下がったようになり、襲撃団はひとりまたひとりとそれを登り始めた。
最後から二人目に蟋蟀が登り、泰雅におまえも登って来いというように堀の上から手招きする。
泰雅も縄梯子に足をかけ、登り始める。
塀のてっぺんに達する頃には蟋蟀はすでに堀の向こう側、屋敷側に飛び降りていた。
泰雅も覚悟を決め、えいやっと飛び降りる。
飛び降りた周りには忍者の黒装束を着た襲撃団の仲間たちがいた。
あたりに奈央姫の護衛団が見えないことを確認し、こちら側からも縄梯子を投げて逃走経路を確保する。
あとはこの十人ほどの面々で屋敷内に向かい、奈央姫の寝込みを襲うという算段だった。
首領はどうも誘拐、つまり生け捕りにするなどは考えていないらしく、こんな大人数で女性一人を殺しにいくことを想像すると泰雅は身の毛がよだつ思いだった。
だからといって首領に抗議するわけにもいかず、仕方なく蟋蟀のような蛇眼の忍団の若手について行くほかなかった。
彼ら蛇眼の忍団は奈央姫の護衛団の待ち伏せなどに遭った場合、すぐに逃げる方針らしく常に逃げ道を確保し、それを気にしている印象があった。
心配なのはその方針が泰雅に全く説明されなかったことだった。
これでは素人の泰雅に斬られるか捕まえられろと言っているようなものだった。
実際そういうことなのだろう、と泰雅は思った。
密かにそう期待し、蛇眼の忍団にそう命じさせられるように仕向けた人物がいるのだ。
襲撃団は物音を立てないようにして屋敷の外廊下に上がった。
そのまま障子を開ければ屋敷で一番広い部屋、つまり奈央姫が休んでいるであろう部屋に侵入できる。
おかしい。
泰雅でなくともそう思うのは当然だった。
護衛の人間がいないのだ。
彼女ほどの重要人物ならば、寝室の外にも護衛をつけるのは当然と言えた。
それがひとりもいない。
首領は黒頭巾をしたまま不審そうに周囲を見渡し、身構えながら障子を開けた。
部屋の中は真っ暗なままだった。
首領たちが忍び足で部屋に入ろうとしたときだった。
「わたしのからだ、
わたしのこころ、
それはわたしのもの。
どんな蛇眼も
わたしを操りはできない…」
唄うような声が部屋中に響いた。
同時にいくつもの提灯に誰かが火を点けた。
襲撃団の目に飛び込んできたのは彼らにとって最悪な光景だった。
奈央姫は昼用の着物をまとって立っている。
不敵な表情でこちらを睨み付け、こちらに片手を差し伸べている。
その周りを幾重にもとり囲むようにして護衛団がいた。
あきらかに襲撃団より人数が多い。
そのうちのひとり、護衛団の首領らしき男は幼子の男児をひとり抱きかかえている。
彼女の息子だろう。
一緒に護衛していたのだろう。
護衛団はみな長刀を抜き、すでに臨戦態勢であった。
「侵入者たち!」
集団の真ん中にいる女性はこちらに右手を差し出したまま鋭く叫んだ。
忍者団の後ろでその声を聴いた泰雅は意外に感じた。
日中山の斜面の森から伺った奈央姫はどこか屈託のない、無邪気な雰囲気すらする女性だった。
それがいまは、非常事態ということもあるのだろうが、まるで別人のようだった。
何と言うか、魔女的なものを泰雅は感じた。
「あんたたちに逃げ道はないよ!斬られる前におとなしく降参しな!」
いつもの奈央と違う、と感じたのは純史郎もだった。
奈央を見て、すぐに彼女に別人格が憑りついているのに気付く。
純史郎の知っている、ある人格が。
「邪鬼姫!」
純史郎は息子の純太郎を抱いたまま叫んだ。
邪鬼姫は奈央姫の別人格だった。かつて大変な困難を経て人格の統合に成功し、それ以来邪鬼姫は少なくとも純史郎の前に現れることは無かった。
「おまえ、まだ奈央のなかにいたのか!」
「ああ、いつまでもいるさ!」
邪鬼姫と化した奈央姫は怒鳴るように返した。
「奈央に危機が及ぶとなっちゃあ、隠れてるわけにもいかないだろうしね!」
「では奈央をたのむ!」
純史郎は叫ぶと息子を抱いたまま、間髪を置かず周りの部下に叫んだ。
「ものども、かかれっ!蛇眼にはかかるなよ!斬っても構わん!」
護衛団に二人ほど弓矢を構えた者がいた。
その者たちが矢を放つ。
襲撃団のひとり、先頭にいた蛇眼の忍団のひとりが矢を受けて血を噴き出しながら倒れる。
その直後、長刀を構えていた護衛団員が襲撃団に襲いかかった。
襲撃団も背中に負っていた刀をすぐ抜いて応戦する。
辺りはすぐに刀を斬り合う、金属がぶつかり合う鋭い音に支配された。
「逃げろ!」
襲撃団の首領の声が響く。




