第58話 キング、月下の再会
夜の山は、静かに息づいていた。
霧が流れ、満月が岩肌を照らす。
悠は黒いマントを翻し、蝙蝠の群れを従えて山頂へと降り立った。
そこには光があった。黄金の髪が月光を受けて淡く輝き、白衣の裾が風に揺れる。
彼女は祈るように両手を胸に当て、淡い光の結界の中で静かに立っていた。
「……あなたが、“夜の王”ですか?」
その声は、澄んでいた。
恐れではなく、静かな確信があった。
悠は無言で一歩、また一歩と近づく。
霧が割れ、彼女の瞳が見えた瞬間、彼の心臓が、初めて痛みを思い出した。
(……この目……)
青く、深く、そして優しい。
忘れようとしても、何度転生しても、あの瞳だけは消えなかった。
「……リシェル?」
思わず、口から漏れた。
聖女は驚いたように瞬きをし、首を傾げた。
「リシェル……? その名を、なぜ……?」
悠は苦笑した。
(まさか……本当に、転生してたのか)
あの時、カエルの王として共にいた魔女。
毒に倒れ、命を落とした彼女。
自分を守って死んだ。最初で最後の恋人。
今、目の前で月光に照らされている。
聖女は静かに歩み寄り、血の気のない悠の頬を見つめた。
「あなた、どうして……こんなに悲しい瞳をしているの?」
悠は言葉に詰まる。
彼女の声が、昔とまったく同じ響きだった。
懐かしく、胸の奥が焼けるように痛い。
「……俺はもう、人を殺すことしかできない。
王である限り、血を流すしかないんだ」
「でも、あなたの手は……」
彼女がそっと悠の手を取る。
冷たい。だが確かに“生きて”いた。
「こんなにも、優しい」
悠の胸が鳴った。
それは戦場の鼓動でも、恐怖でもない。
(……俺、今……ドキドキしてる?)
心臓が打つ音が、静寂の中に響く。
吸血鬼の心臓など、本来止まったはずなのに。
彼女が笑った。
月光の下、昔と同じ微笑みで。
「私、あなたを……知っている気がします。なぜか分からないけど、とても懐かしいの」
悠は喉の奥が熱くなるのを感じた。
(……やめろよ……そんなこと言うなよ……)
目を逸らそうとしても、逸らせなかった。
まるで、千の転生を越えて繋がっていたように。
やがて、聖女が光を消し、結界が静かに解けた。
「あなたを滅ぼすために来たはずなのに……今は、ただ話をしたい」
悠はゆっくり頷いた。
(俺も……そう思ってた)
月が二人を照らす。
夜の王と、聖の娘。
本来なら相容れないはずの二人が、同じ夜空の下で、言葉を交わし始めた。




