第18話 タニシ王、泥の底で悟る
静寂。
音のない世界だった。
川底に差し込む太陽の光は、濁った水に遮られ、
ただ、ゆらゆらと歪んだ金色を描いている。
悠。今は、タニシの姿だった。
重たい殻を背負い、泥の中でじっと息を潜めている。
周囲には、同じように動かぬ仲間たち。
音もない、流れもない。
けれど、そこにはどこか“安らぎ”があった。
(……地味だな。けど、悪くない)
スライム。
鯉。
カニ。
蝉。
どの転生も、派手で、忙しく、そして短かった。
だが、泥の底は静かだった。
死も、争いも、すべてが遠い。
《スキル《キング》稼働中》
《種族:タニシ》
《地位:水辺の王》
(また“王”か……)
呆れにも似た思考の裏で、悠は理解していた。
この《キング》は、転生するたびに“その種の頂点”を与える。
そして、能力を譲渡した瞬間、譲渡者は必ず“処刑”または“討伐”される。
(譲渡=死。……それが、このスキルの本質)
泥に沈む群れを見つめながら、悠は思考を深めていく。
もし、その“死”に意味があるなら。
せめて、次へ繋ぐことに価値を見出したい。
(……試してみるか)
悠はゆっくりと動いた。
泥をかきわけ、小さなタニシのもとへ。
その殻にそっと触れた瞬間、体の奥が微かに熱を帯びた。
《能力譲渡条件を満たしました》
《スキル《キング》の権能を次代へ移行しますか?》
(ああ、やってみよう)
決意とともに、光が水中に広がった。
泥が一瞬だけ金色に染まり、泡がはじける。
《継承完了》
静寂。
(……成功、した……?)
痛みは、なかった。
胸も裂かれず、体も崩れない。
ただ、ふっと軽くなっただけ。
(もしかして……今回は“処刑”を回避できたのか?)
希望が胸の奥でかすかに灯った、その瞬間。
ドボン。
頭上から、水面を裂く音。
そして、小さな影が差し込んだ。
「おーい! タニシ見っけたー!」
子供の声。
竹槍が、勢いよく水を切った。
ドスッ!!
泥を貫く鈍い音。
悠の殻を、正確に貫いた。
(……ま、まさか……)
冷たい痛みが広がる。
水が茶色に濁る。
《討伐確認》
《譲渡者、処刑条件成立》
(……はは。やっぱり、そうか)
泡が浮かび、意識が遠のく。
けれど、その心は穏やかだった。
皮肉でも、諦めでもない。
ただ、納得。
(ルールは絶対。なら……壊す番だな)
泥の底で、光がゆっくりと消える。
だが意識は、途切れなかった。
むしろ前よりも鮮やかに、“覚悟”が燃えていた。
(この世界の構造ごと、ぶっ壊す……それが次の王の役目だ)
光が弾ける。
水面が爆ぜ、視界が反転する。
鼻を刺す、土と血の匂い。
地面を蹴る、獣の四肢。
《スキル《キング》稼働中》
《種族:ワイルドボア》
《地位:獣王》
(……イノシシ、かよ)
森の奥で、巨大な影が吠える。
牙が光り、地面が震える。
その瞳には、確かに泥の底で悟った男の、揺るぎない意志が宿っていた。
(さぁ……今度は“喰らう番”だ)




