第10話 カニの王、王を辞めた瞬間に処刑される
深海は静かだった。
戦も終わり、カニとヤドカリは同じ岩場で暮らしている。
泡が穏やかに昇り、潮が優しく流れていた。
《現在:深海同盟 成立中》
《戦争状態:解除》
(あー……やっと平和になった)
悠は大きな岩の上で脚を伸ばし、ゆっくり泡を吐いた。
周囲では、配下のカニたちがせっせと甲羅を磨いている。
ザリガニの兵士たちは、まるで儀礼のようにその甲羅を叩いていた。
【カニ王陛下、こちらに貝の供物が……】
【カニ王陛下、泡の温度を調整しました】
(……お、おう。ありがと)
悠は心の中でため息をついた。
(王って……なんか疲れるな。最初はカッコいいと思ってたけど……)
海の底では毎日、挨拶、会議、泡の儀式、貝殻交換。
書類はないが、全部が面倒だった。
(楽したいって言ってた俺が、これじゃ本末転倒だろ……)
その時、ヤドカリ帝が近づいてきた。
巨大な影が悠の前で止まり、低く頭を下げる。
悠も泡をひとつ返した。
(もういいんだ。俺、普通のカニでいい)
そう思った瞬間。
悠の頭の中に、システム音が響く。
《確認:スキル《キング》の使用を停止しますか?》
(……うん、もう疲れたし。王は他のカニに任せる)
《承認。王位の移譲を開始します》
海の光が揺らめき、
悠の体から黄金の泡が浮かび上がる。
それが、横にいた若いカニの甲羅へ吸い込まれた。
(これで、俺は自由のカニだ……)
《警告:スキル《キング》の効果が失われました》
《対象:元王》
《適用規定:処刑宣告》
(……え?)
次の瞬間。
ザシュッ!!
見えない力が走った。
悠の体が、真っ二つに裂ける。
(なんでだぁぁぁぁぁっ!!!)
バラバラになった脚と甲羅が、海中に散った。
その断片は泡に包まれ、光の粒となって消えていく。
《王の資格を放棄したため、魂の再転生を実行します》
(ま、待て! まだ心の準備が――)
光が収束し、景色が一変した。
次の瞬間、風が吹いた。
そこは、空。
悠は羽を広げ、ふわりと舞っていた。
(え、軽い……? てか俺、空飛んでる!?)
《転生先:チョウチョ族の王様(スキル保持者)》
《新スキル《花蜜統治》《群翔制御》を獲得しました》
(チョウチョの王様……いや、どんな人生だよ……!)
森の中、無数の蝶たちが光を反射させながら舞っている。
悠は羽をひらひらさせながら、
ふと空を見上げてため息をついた。
(もう王様、やめたいんだけどな……)
その時、花の影から何かが動いた。
巨大なカマキリだった。
《天敵反応:超高危険度》
(……嘘、終わるの早すぎね!?)




