上場。山上、参上。
絶句していた。誰でも無い、僕がである。理由は至極簡単で、簡潔で、単純で。ふざけんじゃねぇよと思わずにはいられない。というか、きっぱり。巫山戯んじゃねぇよ。
事の始まりは、というか、違う。終わったはずの物語の続きは、表舞台の日常に帰ってきた翌日の、翌朝の、クラス内でのホームルームまで遡る。
*
昨夜の内に、蒼ちゃんのケアは終了していた。全て事実を話して、怖かったであろう彼女を慰めて、家まで送り届けて。傷に至っては何時以来か知れないが、村雨様に頼って即解決した。隠し事は非常に心苦しいが、緑や他の赤坂家一同、研究部員達には、このことを伝える気は一切ない。解決しきった事象について、無駄に話して心配をかけさせる必要も無いからね。彼女らの安寧を守るためならば、僕は基本嘘だって吐く。
そんなこんなで、悪くない目覚めだった。最高じゃない。絶好調で無いから、また美稲に心配される謂れも無いだろう。ああ、そうか、彼女はそれとなく、事の真実を掴んでいるかもしれないな。尋ねられたら、逐一話そう。きっとあいつは、聞いてこないだろうけど。
いつも通りに通学路を歩いて、途中美稲と合流するなりして教室に入った。今日は久々に、まともに授業に出てみようか。出るだけであって受けるかどうかは全く別だけれど。……なんて考えながらぼうっと黒板を眺めていた僕は、ひょっとしなくても、間抜けだったに違いない。そして、既に見飽きた担任の顔に続いて、ある種見飽きた顔が出てきたときには、それ以上に間抜けな顔になっていた自信もある。
いや、だって。
「こんな時期ですが、今日から転校生が来ました。共にしっかり、勉学に励むように。山上くん、自己紹介を」
淡々とした担任の言葉に続くのは、想像もつかない程に愛想の良い笑顔を浮かべた――――うわ、駄目だ気持ち悪ぃ――――山神、その人である。
「山上 辰己です。偏狭な片田舎から来たんで世間知らずかもしれませんが、どうぞよろしく」
……誰だよ、辰己。
*
毎度おなじみ研究部室。急な転校生を、結局一時間目をさぼってまで連れ去っていったと聞けば、これは間違いなく僕が転校生をしめているのではないかと邪推されても致し方のない事実なのだけれど、まぁ、どちらかと言えば、彼に手を出してはこちらの方が危ないのであって。じゃなくて、そもそも、手を出す気などない。問いただす気なら十分にあるが。
「あの、萩野君、でしたっけ? 授業始まっちゃってるんですけど……」
ダカラヤメロキモチワルイ。出来得る限り思いっきりへどが出るくらいに気持ち悪そうな顔をして見せてやると、ちっと軽く舌打ちして、山神――――山上だっけかは、あっさりと化けの皮をはがした。
「んだよ、ノリが悪いぜ親友。ははん、なんだ、久しぶりだなぁ顕正」
「取り乱さずに聞いて欲しい、君の脳には重大な欠陥があるみたいなんだ」
「おうおう、手厳しいな。それでこそだ。だがな親友、俺の脳には欠陥なんざねぇぜ。あるのは血管くらいだ」
「なるほど、前頭葉が欠けているから昨日の出来事すら覚えて無いんだね。どうりで頭も悪いわけだ、納得したよ山神」
「誰ですかそれ?」
「白々しいんだよ」
「はん。まぁなんだ。……来たぜ」
ふと、おふざけムードを払い除ける声音で山神が言った。いや、僕も彼を、山上と呼ぶべきなのかな。
「そうだね。ようこそ、親友。表舞台へ」
「おうおう、しっかり歓迎しやがれ。上々じゃねぇか」
上々だよ、全く。呟く。コイツには、二度と会えない気でいたのだけれど。嬉しく無いとは、嘘でも言えそうになかった。これじゃあ僕が山上を大好きみたいじゃないか。ああもう、同性愛のつもりは無いよ、親友。
「ったりめぇだ。あ、おい顕正。手前結局誰とくっついたんだ?」
「君は本当に野暮な人間だな」
「うるせぇ。はん、笑えねぇくらいに青春しやがって」
「何言ってんだよ。君もこれから、享受すんだろうが、青春ってやつをさ」
山上の口元が、僅かにだけど、上がった気がした。上々、だな、うん。
*
「あ、顕正くん居た」
「何だよ藪から棒に」
午前の授業が終わって直ぐだった。例によって部室で、山上と二人、入学等の手続きについて詳細を確認している時だった。やっぱりというか、すぅちゃんのバックアップがあったらしい。情報操作という分野において、卑怯な装置無しでならば、彼女は本当にチートまがいの能力を持っている。しがない高校に生徒を一人増やすことぐらい、きっと欠伸をするくらいの手間でやってのけるだろう。相も変わらず、あの子は怖い。僕をもってしても、怖い。
「あれ、殺し屋さん」
「ああ、コイツね。事情があって退職したんだよ。ご丁寧に名前まで変えて、今日からクラスメイトだとさ」
「法律なんて知らないんでしょうね、顕正くん達は」
「失礼な。緑よりは知ってる自負があるね」
「皮肉ですよ」
「わざとだよ」
一区切り。なんで僕らは無駄な間を置かないと本題に入れないんだろうなぁ。
「それでね、顕正くん」
「何かな」
「蒼が今日、学校休んでるんだ」
知ってる。けれど、ここはやっぱり、知らないふりを通すべきだろう。
「どうしたの? また風邪?」
「んーん、熱とか無いんだけど、ちょっと調子良くないみたいで。顕正くんに会えば良くなるんじゃないかなぁと思って、姉らしくね」
「僕は菩薩か何かかよ」
「違うよ、想い人だよ」
「久しいなぁその直接的な告白表現」
苦笑して、一瞬考え、そして、頷く。まぁ、考えるまでも無いだろう。蒼ちゃんに今日一日休むように言ったのは他でもない僕だけれど、アフターケアが足りていない可能性も否めないし、ここは確認に赴いておくべきだろう。僕は彼女らの誰ひとりにだって、不幸な思いを持たせっぱなしにさせたくない。
「おっけー、行くよ、すぐにでも」
「え、学校はどうするの?」
「サボる」
「おいこら親友」
「このタイミングでちゃちゃ入れんなよ」
「俺も行くぜ」
「あたしも行くよっ」
「……君らねぇ」
なにはともあれ。まぁ、いいか。なんて。つくづく、日常に戻ってきた感じがあるなぁ。
そういうことなのです←
山神は山上で、殺し屋は学生で。全く何と言うか。作者が、登場人物を切るのが苦手なだけです。不甲斐無い。
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