見舞い。自適、漂白。
真っ白い部屋の中に、僕は居た。嘘っぱちだ。
とはいえ、無色の空間を白と言うのならば、人の目に見えているもの全てを虚像と言うのならば、今僕が見ている世界が偽物だと言うのならば、実際、この瞳が写しているものは一面の白なのかもしれない。
「お前は馬鹿だ」
「人の思考を読んだ上で貶してんじゃねぇよ」
相変わらず人外な奴だ、山神。しつこいようだが、今は山上か。自分でも愚か、というか、馬鹿らしいと思っている事も、こいつに指摘されるとイライラも百倍である。そんな僕らは得難い親友さ。嘘なんじゃないかな。
「顕正くん、着きましたよ」
「うん、久々だね」
「あ? てめぇ女の子の家にそう定期的に通ってんのかよかっ裂くぞ」
「退職したんじゃなかったのかよ」
「俺の本能が疼いてんだよ」
「え、何それ君恥ずかしく無いの?」
「何が言いたいんだ……?」
ともあれ、玄関口に足を踏み入れる。以前訪れた時と変わらず、赤坂家母を除いた四人分の靴が、整然と並んでいた。緑が自らきちんと靴を並べるなんてことはまず有り得ないだろうから、長年にわたる蒼ちゃんの教育の賜物なんだろうなと勝手に納得。
「相変わらずテリトリーに欠けますね」
「僕名義の土地なんて足を着く程度も無いよ。高校生にどんな財力を求めてやがる」
「違いました、ペンギンテリーです」
「誰だよテリー」
正しくはデリカシー。だと思う。緑の台詞はどんどん迷走度合いが濃くなっている。将来が心配だった。
「え、じゃあ顕正くんが一生そばで居てくれるって? やだなぁもう、こんな時にプロポーズだなんて。こういうのはさ、もっとどっちかが絶体絶命の状況の時に言うものなんだよ」
「プロポーズじゃ無いし君のイメージするプロポーズは絶対に偏ってる! テレビの見過ぎだ!」
「嘘だ、あたしの知ってるプロポーズは皆危機的状況だったもん。『この戦争が終わったら、結婚しよう』って」
「作りもののプロポーズしか知らないんだね。と、それはただの死亡フラグだ」
本当にほっとけない気がしてきた。どうしよう、もう結婚しちゃおうかな。
「ふ、これぞ緑マジック……」
「!」
緑の眼に浮かぶ妖しい光を見て、危うく術中に嵌りかけた意志を取り直す。危ない危ない、庇護欲(?)を刺激する、これは彼女の策だったというのか……。以前のホッケーの事もあって、ますます危険人物だった。この子だけは馬鹿だと思っていたのに。
「くそ、もう絶対君には騙されないぞ、君の言う台詞は信用しないし、君とだけは何があっても添い遂げるものか!」
「あ、あれ? あたし今そんな泣きたくなるほど酷い事言われるようなことしたかな? ていうか泣いていいよね? ね?」
決意を新たにしていると、なんだかとても狼狽した様子で緑が首を傾げていた。僕今何か言ったかな。
「お前らの空気が出来上がってるのはよぅく分かったからよ、無視すんなとは言わないからよ、せめて先に進んでくれ……」
玄関で話しこむ僕らの後ろで、いつまでもドアを閉められず呆れた様子の山上の声が届いた。すっかり忘れていた。あのぶっとんだ設定が無くなったら、山神なんて只の口調が変な高校生だもんなぁ。
「てめぇマジで職場復帰すんぞ」
「遠慮しておくよ。ていうか止めとけよ、君、碌なことにならないぜ」
「わぁってるよ。いいから、とっとと進みやがれ。邪魔するぜ、赤坂とやら」
「あ、はい」
すっかり馴染んだ山上だった。こいつの適応能力もなかなかどうして。面白いなぁ、さすが親友。
さてと、蒼ちゃんの部屋にお邪魔する事になるのかな。靴を脱いで、フローリングの床に踏み出す。
と。
「あ、風船のお兄ちゃん!」
「『風船の』の冠を被るのはむしろ君だ紫ちゃん」
いや、靴があるから居るんだろうとは思っていたけれど。しかし困った、この子、超可愛いけど超変な子なんだよな……。赤坂 紫。赤坂家四姉妹の末っ子にして、多分、将来的に最高レベルの変人。彼女とはおよそ二回目の遭遇となる。そう言えば、僕が初めてここを訪れた時、紫ちゃんは家に居たのだろうか。どちらでもいい事だけれど。と言うより、小学生の子が高校生の姉が連れてくる人間の事など、普通覚えちゃいないだろう。
「うん、いたよー。見たよー、お兄ちゃん」
「え」
覚えてるのかよ君ってやつは。知ってたんだ、僕の事……。
「うん、知ってたよ。かっこいいお兄ちゃんが来たーって。だから風船の時も、お話したんだよ。知らない人とお話しちゃいけないから」
「口が御上手だね紫ちゃん」
「んんー? ぼく、なわとびは得意だけど蛇を飛ぶのはちょっと無理かな」
「くちなわじゃねぇよ。縄はどっから出て来たのさ」
「インベーションだよお兄ちゃん」
「インスピレーションだと予測するけど二重の意味で難し過ぎるよ紫ちゃん」
どうしたら口が御上手から縄が出てくるんだろう。それより、何を侵略するつもりんだよこの子は。相変わらず末恐ろしい子だった。現時点で恐ろしいという意見については賛同せざるを得ない。
「しんりゃく? んー、あっ、あれだよ」
「何かな」
ぽんと手を打つ紫ちゃん。子どもらしくて可愛らしい所作だけれど、この子がやると不安が倍増する。何を思いついたのか想像もつかないのだ。小さい子って、得てしてそういうものだけれど。
「お兄ちゃんの心を、侵略するのさ!」
「……」
もう、本当に嫌だこの子。これはえらく懐かれていると取るべきなのか、それとも、幼女の精一杯のボケと取って突っ込んで上げるべきなのか。判断に迷った末に反応を取りやめた。無理だ。
「むしすんなよー」
「ああ、やっぱりボケだったんだね……」
「ボケとか言っちゃいけないんだよー」
「ほんとにめんどくさい子だなぁもう!」
「ひどーいお兄ちゃん。お姉ちゃんが泣いちゃうよ?」
「君に言ったんだよ!!」
小学三年生に手玉に取られる高校男子の姿が、どうやらここにはあるようだった。情けないと言うより、むしろ哀愁を感じた。自分に哀愁を感じるようになっていた。赤坂家は見事なまでに、四分の二、常識人と変人に分かれているようだった。言うまでも無い事だけれど、蒼ちゃんと紅花ちゃんが前者で後の二人が後者だ。なるほど、そうやってバランスを取っているのかなとも思った。
「ほらほら顕正くん、紫に遊ばれるのもそのくらいにして、蒼ちゃんなら部屋ですよ」
「あ、うん。そろそろ僕も自分に限界を感じ始めていた所だし、会わせてもらうよ」
言って、紫ちゃんの頭を無造作に一度撫でて、僕はこれも久々の階段を上がって、蒼ちゃんの部屋へと向かった。後を着いてくる小さな足音には気付かないふり。どうしようかなぁ、これ。
振り返った先の山上の、つり上がった唇の端が異様に気に障った。
ついに99話です。何だかんだ、百話も赤坂家の話になりそうですね。ていうかそれ以外見えない……。一応、二票ですが(笑)ランキングの反映結果……のはずです!
作者の趣味が多大に多大に含まれる気がしまくります。ぼくはろりこんじゃない。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。




