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留。行き。

されば義を通さんや。

萩野家に代々伝わる言葉だと、小さい頃に御婆様に聞かされた。ああ、そうか、冬休みに入ったら御婆様の田舎に遊びに行かなきゃな。……でないと殺される。

じゃなくて。

幼い僕にその言葉を教えこむ御婆様の意図は、一体何だったのだろう。微妙に小難しい言い回しをしているだけで、言いたい事はごく簡単、義を通せと、それだけの言葉だ。

まぁ、この場合、言葉に意味さえあれば意図などどうってことのない、取るに足らないものに過ぎないのだけれど。大事なのは言葉。それの持つ、本来の意味。

であれば。

今回のこれは、義というより己。だから、崩壊というよりはちょっかいと行った方が正しいのかもしれないと、そんな事を、思った。

とはいえ。

ここで、とはいえ、である。何処まで行ったところで、僕の本懐など、結局は崩壊しか無いのだから。

だから、何も考えることは無いだろう。目の前の目標を。ぶち壊す。打ち崩す。それだけ。


気持ちの良い朝だった。寝覚めの良い朝だった。こんな朝は僕にしてみれば天文学的数値を叩きだせるほどに珍しい確率の下にしか有り得ないので、本当のところならば、この余韻にしばし浸って、ぼうっと、それこそ何も考えずに布団に寝そべっていたいところなのだけれど、それが当然であるかの如くこの気分に水を差す奴の存在がすぐ隣に確認できたので、僕は諦めて起き上がることにした。


目に水を差された。耳にも差された。


「てぇっ!?」

思わず素っ頓狂な叫び声が出る。何で僕は朝から身を持って古よりのことわざを体現しなくちゃいけないんだ!?

「何すんだよっ、美稲!」

「水を差してみたわ。ついでだから、寝耳にも水ったわ」

犯人は美稲だった。というか、それしか考えられない。

「水を差すと言うのはコップの水を人体にかける事じゃねぇよ! それと、水るなんて動詞は日本語に存在しねぇよ!」

きっと世界中探したところで無いだろう。この幼馴染は絶対世間様の常識を知らない。率先して覆そうとしているのではないかと邪推した時期もあったが、断言できる。知らないんだ、コイツは。

まるっきり気分を台無しにされた所為もあってか少しばかりきつめに怒鳴ると、美稲はすぐにはっとした顔になって立ち上がった。

「ごめんなさい、顕正。ちょっと待ってて」

言うなり、部屋を出て行く。彼女がこんな時間に僕の部屋にいることについては、今更聞くのも馬鹿らしいことだろう。無駄すぎる。しかし、やはり美稲は良い子だ。自分の過ちをすぐに恥じて、きっと今も洗面所にタオルを取りに行ってくれたのだろう。

しばらくして、美稲が戻ってきた。その手に持っているものを見て、僕は大いに得心する。して、律儀にも突っ込んで上げることにした。寛大な僕に感謝する義務を、そろそろ持たせるべきな気がしてくる。

「一応聞こうか美稲。それはなんだ」

「スポイトに決まってるわ」

やけに自信満々だった。

「おーけー、それは分かってるし、君のしたいこともようく分かった。から動くな。あのね美稲、水をかけるなとは言ったけど、何も僕は言葉に準じてないじゃないかと指摘したわけじゃないんだ。そもそも僕に水をかけないでくれって」

「ええ、だから差すわ」

「お前絶対聞いてないだろ」

「いいえ、だから刺すわ」

「血の海が出来るわ!」

「水で無ければいいでしょ」

「尚更悪いです!」

疲れる奴だった。確信犯なのかどうなのかの判断が難しい辺り、扱いという意味では明音さんより疲れるかもしれない。あの人は全部が全部わざとだから。

「……これで大丈夫」

「うん?」

何を納得したのか、急に一人頷き始めた美稲に首を傾げる。自己完結は大いに結構だが、置いてけぼりにされる側の気持ちを少しは考えるべきだと思う。

「これで、いつもの顕正。でしょ?」

「……あー。うん、そうかな。いや、そうだね」

成るほど。全く、成るほどだ。全部が全部、僕を気遣っての事らしかった。

「顕正が気持ちの良い朝を迎える可能性なんてゼロだから」

「それはそれで言いたい事が無いでもないけど、看過するよ。その通りだ」

「行ってらっしゃい」

「行ってくるよ」

短く言葉を交わして、美稲が部屋を出て行ったのを確認してから制服に着替える。少なからず、今日の件で身構えていたところがある。それもこれも、美稲にはお見通しだったみたいだ。流石、幼馴染と。今回ばかりは言っておこう。

毎度見透かされてる気も、しないでは無かった。僕の自意識の為にそこは考えないでおく事にする。

果たして、ついに、目先一番の問題を片付ける日だった。崩壊のあの日より、僕にとっては彼女らに関わる事柄の方が緊張するらしい。それだけ、いつの間にか彼女らに主導権を握られていたってことか。少し、思うところが無いでもないけど。

皆が、こうして擁護してくれると言うのなら。僕は、全力で自己中心的に生きようじゃないか。

てなわけで当日です。如何にしてぶっ壊すのか、次回をお待ちください。……何時になるやらですが。出来る限り、早く。何より面白く。


それでは、感想評価等頂ければ幸いです。

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