節目。尚早。
一つ、大きな節目を迎えたばかりだった。僕の弱さを発端とした世界崩壊の物語。その、一見研究部最大の事件を終えた直後だと言うのに、しかし、その壁に隠れていたもう一枚の壁は、もうすぐ目の前に迫っているらしかった。
蒼ちゃんの留学である。
「明々後日だぁ!?」
驚愕だった。我が校は共学だけど、つまり、そんな下らない駄洒落を咄嗟に思い浮かべてしまうくらいに、驚愕だった。明々後日って。明々後日というと、明日の明日の明日である。そんなに遠くない、どころか、近過ぎて満足な対応もとれないような距離だ。
崩壊事業にのめり込んでいたのはそうだけど、でも、流石にあんまりだと思う。どうして先に言っておいてくれなかったのだろうか。確かに、あの時の僕にそんな事を告げたところでさしてどうにかなったとは思えないけれど。成るほど、やはり僕が悪いと言う帰結に終わったらしい。
「すいません、昨日のテンションでは言い出しにくくて」
「うん、まぁ、それは僕もそう思うけど……」
浮気がどうのこうの、誰が一番好きかなんとか云々。皆異様なまでにテンションが高かった。昨日限定で言うのならば蒼ちゃんがこれまた異様に可愛かったから、あのテンションで乗ってしまっていたならば、きっと昨日の僕は蒼ちゃんと応えた事だろう。答えかどうかは、別として。
しかし、明々後日である。
研究部全員で送り出すのは当然のことだけれど、でも、何か、どこかが違う気がする。そう、このまま蒼ちゃんを送り出していいのか。手放して、それで僕は納得出来るのか。蒼ちゃんからしてみれば、そして留学先、学校、家族やその他諸々の方面から見てみれば、僕が納得出来るかどうかなんて果てしなく関係の無い、敢えて表現を変えるのならば無関係の有る、どうだっていい事なのだけれど、しかし僕は、強欲なのである。非常に残念なことに、僕はこの世界を僕の思い通りに動かす事になんの衒いも躊躇いもなく、そのために誰かの将来の可能性を軽く捻り潰すことになろうが、そんなことは全くもって、それこそ無関係が有るのだ。悪く言えば、わざわざ悪く言わなくても、我がままなのだ。断定できる。
「そういえば、聞き忘れていたんだけど」
「はい? なんです?」
「蒼ちゃんはどうして留学することになったの?」
「ああ、その事ですか」
ふむ、と蒼ちゃんが顎に指を置いて考え込む。考えるようなことではないと思うんだけど。
「色々、都合があるんですけど」
「うん」
「まぁ、言ってしまえば、学校側の大人の事情ってやつです」
少しばかり所在なさげに頬を掻きながら、蒼ちゃんは言った。きっとこの事は誰にも話したくなかったのだろう。僕の過剰過ぎる自意識から言えば、特に、僕には。
自分の我儘を、晒してしまう事になるから。うん、つまり本人は、さして行きたいわけでもない、と。
同じ高校に在学中というわけもあって、というかあたり前だけれど、この学校にそういう制度があることを、僕は知っていた。学年の成績優秀者の内、上位五名には、その後一年間の留学資格が与えられるのだ。資格と言うからには勿論のこと受領拒否の権利もあって、しかし、話によれば、上位三名は本校に抱えておきたい学校側の事情と、逆に、それなりの進学校であるこの学校から成績優秀者を受け取りたい留学先の事情とが相まって、四位、五位の人間にはほとんど拒否権が無いにも等しいというのが実情のようだった。毎年一年間、学年から二人の生徒が減るのには、その辺の理由があるらしい。そして蒼ちゃんは、丁度その四位の位置に入っていると。入ってしまったと。五位よりも、そりゃあ四位の方が、留学先は欲しがるだろう。蒼ちゃん、成績は良さ気だったがまさかそこまでとは思わなかった。詳しいことを聞くと、上位三名はほとんど三点差とか、そんな微々たるもので、蒼ちゃんもその連中と、三位の人間と、僅か一点の差で四位になってしまったらしい。ううむ、優秀だなぁ、研究部。緑の成績はむしろ語るに落ちないにして、明音さんは酷く成績が良い。ここ入学してからこれまで、定期テストで学年一位の座を譲った事は無いくらいだ。美稲も常に学年十位台に入っていて、僕の場合も理系科目オンリーながら、明音さんをも押さえて学年トップの成績保持者である。他が論外だから学年トップは遠いけれど。緑の不憫さがここにきて増強されてくるらしかった。夏休みの宿題も、大分辛そうだったからなぁ。
「大人の事情、ね」
「……」
黙って、蒼ちゃんは俯いてしまう。昨日に引き続き僕と蒼ちゃんの二人きりなので、どちらかが口を開かない限りは沈黙が続くに決まっていた。
さて、どうしようか。
「蒼ちゃんは、どうしたいの? 行きたい? 行きたくない?」
「行きたく、無いです。でも事情も分かるので、そこはなんというか、妥協、と言いますか」
「なるほどね」
首肯して、僕は再び考え込む。しかし、問題は簡単に済みそうだった。蒼ちゃんが行きたくないと言うのならば、それが例え既に妥協し終えている事象と言えど、僕に遠慮は無い。潰そうか、この話。
「せ、先輩、でも、学校に迷惑をかけるわけにはいきませんから……」
「知らねぇよ。僕は僕のしたいようにするだけだからね。間違っても、蒼ちゃんの為なんかじゃないから勘違いしないで欲しいな」
「えー、と……」
僕のエゴだ。そんなの、解り切ってる事じゃないか。
「先輩は、私以上に我儘ですよね」
「誉め言葉だよ」
「誉めたんですよ。それと、感謝もです」
「ん?」
「だって、私が絶対我儘言いたく無い事、解ってますよね」
思わず黙ってしまう。ばれるか、そりゃあ。最早部内で僕の隠し事は、隠せていない事に違いなかった。
「よっしゃ、じゃ、少しばかり暴れてこよっか」
崩壊の話の所為で僕の力が大分過小評価されてきているけれど、うん、久しぶりに、名誉を回復するのも良いかもしれない。いっそド派手に、いきますか。
お久しぶりになってしまいました……。れかにふでした。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。
……いつまで続くのか、作者でさえも分からなくなってきました……。