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猶予。余暇、春雨。

日々を全力で走り抜けるほどに僕は自分に自信が無いけど、それでも、僕の周りを取り巻く人たちは、僕に僕でいられるだけの勇気と力をくれる。僕はそれに、どうやって報いているのだろうか。

昔、僕がまだ才能に目覚めていない頃、母にそんな類の質問をした覚えがある。幼さ満載の「ぼくはだれかのやくにたってる?」なんて莫迦げた質問に、母は優しげに微笑んで「全然」と応えた。手厳しい母である。でも、母は「役に立つことなんて無いわ、だって、あなたの価値は誰かの役に立たなきゃいけないようなものじゃないでしょう?」とも言った。当時その言葉の意味を理解しているはずなんて無かったが、それでも、僕はその言葉に見えざる喜びを受け取ったのだと思う。誰かに肯定されることで、自分を繋ぐのは弱い方法だけど。僕は弱いから、ね。

役に立ちたいのならば役に立てるようになればいい。そのくらいは、僕にだって分かっていた。

まぁ、だからといって、僕のしてきた発明が必ずしも誰かの役に立つかと言えば、絶対的に否であるのだけど。だって役に立つつもりなんて毛頭無いし。


その日、宣言通り、部室には明音さんの姿があった。何やら宿題らしき問題集を開いて絶望の表情を浮かべる緑と、その傍らで呆れた表情を装備しつつも彼女の手伝いをする蒼ちゃんを意にも介さず、定位置で読書にふけっている。明音さんの顔が上がって、丁度部屋に入ったばかりの僕を捉えた。

「あら、顕正じゃない」

「うん。ハロー」

「あ、顕正くん、こんにちはー」

「……緑、挨拶してる場合じゃないでしょ……」

緑の宿題はよほど切羽詰まっているらしい。流石、僕のイメージを裏切らない子である。どうやら、ここ一週間分の宿題を見事に忘れきっていたとのことだった。うん、馬鹿だ。

「うぅー、顕正くんも手伝ってよ……」

「やだね、絶対」

だって僕古典苦手だもん。

「先輩、これを私に押し付けるんですか……?」

蒼ちゃんが半ば縋るような眼で僕を見てくる。戦慄したように震える指先は緑を指していた。緑、蒼ちゃんが畏怖するほどに馬鹿なのか……。らしいと言えば、そう見えるのが難点だった。頭が強い人間には見えないからなぁ。

「失礼な、あたし結構石頭ですよ」

「そういう意味じゃねぇよ」

「知ってますよ」

「緑、さぼらないの」

「うぅー……」

うん、緑の相手は蒼ちゃんに任せよう。僕が手伝ったら結局駄弁る派目になりかねない。

「顕正」

と、読んでいた本に飽きたのか、明音さんが文庫サイズの本を閉じて僕に声をかけてきた。

「どうでもいい話なのだけど」

「うん」

「春雨ってあるじゃない?」

「あるね」

「つまり、春の雨はあの食べ物みたいに細く長いのかしらね」

「心底どうでもいいなぁ」

何の話だよ。明音さんの思考は本当に読めない。趣味も読めない。

「む。気に入らない返答ね。だってね、顕正。ものの名前を付ける時は何かしら理由をつけるべきだと、私は思うのよ」

「それは一理あるけど、例えばどんな?」

「そうね、白菜なんていいんじゃない? 芯の辺りが白い菜だから、白菜」

「ふむ。それはありだね。じゃあ、キャベツとかはどうなんだろう」

「キャベってるからね」

「何語だよ」

一瞬、脳裏に足の生えたキャベツが走っているビジョンが浮かんだ。どうしよう、僕も末期か。

「後は、貴方の名前もそうよね」

「ああ、うん、正しい事が顕わであるというか……」

「違うわ、正しく無い事が顕著なのよ」

「だったら君の名前の由来は明るくない音からきたんだな! 短調の真っ暗な曲なんだな!!」

「酷いわ、顕正。私も女の子なのだから、あまり酷い事を言われると泣いてしまうわよ」

「そんな冷静に泣く事を宣言する女の子が普通じゃない」

「そう、なら泣いてみるわね」

「試すな!」

いうなり、明音さんは本当に涙を流していた。一筋だけだけだど。それも、めちゃくちゃ目をこすりまくってだけど。目薬使おうよ……。

「ん、目が痛いわ」

「そりゃね。真っ赤だよ、あんまり擦るから」

「この顔で取り乱しながら職員室に駆け込んでみようかしら。『部長が強引に……』」

「僕の社会的地位をなんだと思ってるんだ!?」

「安心しなさい、下がらないから」

「それは何でかと僕は敢えて問わない!」

問いたくない。

「もうすでに底辺なのよ」

「言いやがったっ」

言うと思ったとも言う。明音さんだしなぁ。


ともあれ。

少しの歪みも無く、研究部は、今日もまだ平和でしたとさ。

まだ、か。

意味の無い会話は書いてて楽しいのです。はい。


それでは、感想評価等頂ければ幸いです。

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