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紅葉。あやしあやかし。

携帯電話のカメラに紅葉の山を何度か写し、僕は三百六十度、周囲を見まわした。一面逐一、秋めく木々でいっぱいである。赤く黄色く橙に染まる葉に目を奪われて、視線を流して、気付く。

一面木々。あるはずのものが無い。いるはずの人がいない。さっきまで話していた明音さんも、姉妹で落ち葉拾いに興じていた緑も蒼ちゃんも、最初からどこに行ったのか知らない美稲も勿論、いない。自然と、ため息が出た。またかよ。

「顕正?」

「ん?」

語尾の上がった声に振り返ると、いなかったはずの美稲の姿がそこにあった。どこに行っていたんだ、君はずっと。

「うん、山を歩いていたわ」

「そりゃあこの辺り、どこ歩いても山だからね」

「道に迷っていたわ」

「だろうと思ったよ」

勝手に歩き回るからそうなるのだ。思えば、小さなころから美稲はそうだった。近所な縁で色々とともに出かけていたりしたのだが、家族ぐるみで僕が目を離すと、十中八九次の瞬間には周囲一周見回しても見当らない場所に消えている。それは最早、神出鬼没の妖怪と相違ないレベルだった。幼馴染は妖怪か。

「違うわ」

「知ってるよ」

「それで」

美稲は一度言葉を区切ると、少し周りに首を巡らせてから続けた。その表情には、戸惑いも迷いも、ついでに喜びも悲しみも見当らない。冷静と言えば聞こえはいいが、単調なのだ。

「ここはどこなの?」

「山の中だと思うよ」

「そうね」

会話が途切れた。確かに僕の答えは間違っていないのだが、この状況について聞かれたのであれば、僕は返答の言葉を持ち合わせていない。目線とうろつかせるたびに、木々の感覚がだんだんと狭まっていく気がするのだ。

「これはどういう状況なの?」

「わからないな」

「そう。あやしあやかしってとこね」

「は?」

あやしあやかし。口の中で呟いてみる。語呂はいいが、いまいち意味は掴みかねる。

「妖しい、だから、(あやかし)なのよ」

「……あー」

言葉を失くす。どうも僕は、山という場所に嫌われているのかもしれない。またか。思いついた素直な感想はこれだった。

「おーけーおーけー。とりあえず落ち着こうぜ美稲」

「そうね」

「どうする? 犯人は『何だと』思う?」

「狐か狸か、そうでなければ狢じゃないかしら」

「代表的な模範解答をどうも」

昔から人を化かすと言われている存在だが。そういえば、と思う。夏に遭ったあれは、結局なんだったんだろうな。

「……狐」

「え? あれ人間の姿だったけど。て、美稲は知らないはずか。うん? でも狐なら人間に化けるかも……」

「違うわ、狐よ」

「……あぁ」

美稲の目線の先を追って、僕もようやく気付いた。真っ白い体毛の狐が、間隔の狭い木の間に悠然と立っている。細く切れ長な目はこちらを見つめているようで、僕はその瞳に惹きつけられた。恐い、とは思わない。そいつはどこか、近寄りがたいような、異様な雰囲気を醸し出していた。たっと、前足が跳ねて、狐の足が浮いた。反射的に目で追うと、白い狐は。

「あ」

「消えたわね、顕正」

「……それだとなんだか僕が消えたみたいだ」

ごまかし気味に答えて、僕は未だ信じられない光景を確かめようと、何も無くなった空間を眺めていた。白い体毛が数本、はらりと地に落ちて、現実味の無い現実を現実として僕に訴えかけてくる。受け入れるよ。受け入れるから、そろそろ帰して欲しいなぁ。

「顕正」

「ん? おわっ」

ぐにゃり。物理法則を無視したレベルで風景が歪んで、失われた平衡感覚にこけそうになる美稲の肩を抱いて支えてやったその途端、眩暈にも似た感覚が僕を襲った。立ちくらみに膝が崩れかけ、手に伝わる美稲の熱を思い出してなんとか踏みとどまる。軋む頭を押さえていると、温かな感触が頬に触れた。手のひらの感触。美稲の、手か。

「ありがとう」

「ううん。それより、戻ったわ」

言われて目を開けると、確かにそこは、元通り、赤坂姉妹も明音さんも見える場所になっていた。美稲は結局どこから戻ってきたのか定かでないが、無事合流できたのだ、良しとしよう。

さて。

「あやしあやかし、ねぇ」

「妖し妖、よ」

「ははっ」

笑いがこみあげてくる。急に笑いだした僕を見て、美稲は一瞬面食らったかのように目を見開いたが、すぐにその目を細めると、同じように笑った。面白いじゃないか、超自然。あればいいと、幼いころに誰もが思ったであろう幻の怪異。信じたくなかった時期はもう越えて、受け入れるのなら、存分に楽しもう。


だって、楽しいじゃないか、地球の中身はこんなにも。

僕にとって本当に不可解なのは、研究部の彼女たちだしね。今更、このくらいの現象には驚けなくなっている自分に気づいて、少しだけ、末恐ろしくなった。そして少しだけ、もう少しだけ、楽しくなって笑った。紅葉狩り、結構じゃないか。


……台地が震えるような音。目の前の紅葉が、周囲の二、三本を巻き込んでぶっ倒れた。刃物で切り裂いたような跡を残して。風は、弱くしか吹いていない。誰も、刃物など持っていない。

わかったよ、悪かったよ慣れただなんて考えて。超自然は、少しだけ恐怖も植え付けてきた。

本当の意味での、紅葉狩りらしい。洒落になってないね。

紅葉狩り編終了になります。続きは……はい、考えてませんとも。頑張ります(笑)


三点リーダが多すぎる回で、反省。精進精進。


それでは、感想評価等戴ければ幸いです。

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