夕暮れ。秋黄金。
赤とんぼ。サツマイモ。この二つに関して、僕は「秋」以外の共通点を見つけることが出来ないのだが、うん、例によって戯言である。どうでもいい。
秋は、どうにも日が経つのが早い気がする。普段通り、意味無く楽しく年を過ごし、気付けば一日、一週間、一か月、と。余裕綽々の内に定期テストを終え、いよいよ学内は文化祭一色であった。
今週末、言うなれば明後日から始まって明々後日まで。それが我が校、今年度の文化祭日程だった。現時刻は放課後で、どのクラスもどの団体も、言うまでも無く最後の詰めに大忙しである。そんな中、我ら研究部はと言えば。
「顕正、暇」
「僕もだから我慢しろ」
クラスの準備があると言う明音さん以下赤坂姉妹はそれぞれの教室に。逆にクラスでの準備が早くも終了してしまっている僕と美稲は、部室にて研究部用の準備。とは言うものの、研究部が使用する校庭の一角には既に即席とは到底信じがたいレベルの小さな店(無論僕の発明により組み上げたものだ)が鎮座しており、売りに出す発明品もとうにそちらに移動済みのため、別段僕たちに残された準備は、ありはしなかった。よって暇人一号と二号、窓枠に腕をかけての呆けタイムである。
不安でも退屈でも人は殺せると言うが、あながち間違いではないのかもしれない。無きにしも非ず、どっちだ、なんて突っ込めそうな言葉なのは僕のセリフに限ってデフォルトである。
「顕正、しりとりしよう」
「んー、いいけど」
「リンゴ」
「胡麻」
「万里江、待ってくれ万里江、俺が悪かった、俺が悪かったから!」
「……ラム酒」
「首里城のてっぺんで愛を叫べばいいと思うわ」
「……悪いけど僕は突っ込まないからね」
「ねぇ、私たち、いつまでこんな関係でいればいいのかな……?」
「しりとり続けてるわけじゃねぇから!」
なんなんだよその意味不明のセリフの数々は。
「ナンなんだよ?」
「インドは何の関係も無いからね」
相変わらず脈絡の無い奴だった。なんで幼き僕は美稲と仲良くなれたのだろうか。
「ねぇ顕正」
「なんだよ」
「暇」
「そうだね」
「好き」
「ありがとう」
「……つまんない」
慣れたんだよ。
*
「あれ、先輩達まだいたんですね」
結局しりとりもおじゃんになってしばらく、僕と美稲は会話も無く窓の淵に寄りかかっていた。やってきたのは緑である。蒼ちゃんはまだ、クラスの仕事が忙しいらしい。研究部メンバーにしては珍しくリーダーシップのある蒼ちゃんは(明音さんもあるにはあるが、あの人の場合は即席で独裁政治が成り立ちかねない)クラスメイトに慕われて引っ切り無しなのだそう。ご苦労なことだ。
緑の視線が僕の隣に移って、僕もつられて見てみると、美稲はすっかり目を閉じて寝入ってしまっていた。ことんと、重力に引かれた頭が僕の肩に落ちてくる。
「あーあ」
「むぅ」
二瓶先輩ってこういうの上手いですよねずるいなぁなんて呟きつつ、緑はそこらの椅子を引いてきて適当に腰かけた。まぁでも、と続ける。
「先輩の心の拠り所はいつでもあたしですもんね」
「ああうん、緑は僕の心の南アルプスだよ」
「国内じゃないですか」
「それだけ近いってことにしてくれない?」
「じゃあ先輩は中央アルプスですか?」
「なわけないだろう、僕はエベレストだよ」
「国外じゃんっ!」
「船は手配してある」
「よくもあたしを借金のかたにしてくれたな!」
「ふふふ、この私を信じた、君が悪いのだよ緑君」
「くそぅ、地獄の果てまで追い殺してやる」
「そこで端折るなよ」
不毛な会話だった。いつでもそうだと言われれば頷くほか無いけれど。しかし、下らない応酬も無視せず返してくれる子だなぁ緑は。話しやすいのはやっぱりこういうタイプなのかもしれない。
「そういえば、緑のクラスは何やるの?」
特に話題も見つからなかったので、それっぽい質問を投げてみる。
「あ、はい、うちのクラスはお化け屋敷ですよ」
「これまた定番だね」
「はい、知らないうちに客を特殊メイクでお化けにしちゃうっていう」
「そっち!?」
「はい、ありきたりでつまらないですけど」
「待て、突っ込みどころが多すぎてどこが突っ込みどころなのか分からなくなってきた。いやしかし僕は断固突っ込むぞ、まず一つ、気付かれないように特殊メイクとかどんな技師だよ!」
「え、そんなの誰でも出来ますって」
「出来ちゃうの!?」
「はい、ちょこっとクロロホルム仕込んでですね」
「物理的に眠らせてんじゃんか! 寝てたんじゃあそりゃ気付かないけど!」
なんか他の突っ込みどころが総じてどうでもよくなるくらいに犯罪的だった。訴えられるってそれは。
「大丈夫です、入店前に偽造承諾書に署名させますし、眠っている間に指紋でサインも取るので」
「手込んでるけど犯罪臭が増しただけに聞こえるんだけど」
「生徒会とPTAは上から圧力かけて黙らせます」
「すげぇな君のクラス!」
「はい、教育委員会を牛耳ってるんですよね」
「もはや一般生徒の枠を超えている!」
「あたしが」
「君かぁっ!!」
……。お互いに息をつく。ひとしきり遊び終わって、ふと思い出して肩の美稲が目を覚ましていないか確かめるが、案の定というか、コイツは一度寝たら中々起きないのを承知しているので、やはり起きる気配は無かった。
「普通のお化け屋敷です、あたしは中でスライムを足に塗りつける役」
「うわたち悪ぃ」
「冗談ですけどね、苦情きそうだし」
「世知辛いねぇ」
嘯いて、僕たちは笑いあった。太陽が沈むのも早くなってきて、秋を余計に感じさせる。オレンジの空に少しだけ目をやって、僕は小さく息をついた。
陳腐で曖昧な締めに他ならないけど。
「秋だなぁ」
で、文化祭だなぁ。なんて。言ってみた。
会話回になります。終盤が見えてきましたです、はい。最後までお付き合いいただければと思っております。百話までには終わるかな?
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。