距離。ふれあい。
僕と言う人間は、自称ながら慎重で、同義だけど注意深い、警戒心の強い人間である。
多少抜けているとは言え、基本的にはそうで、しかし時に、この性格は最低を演じる羽目にもなりかねない。例えば、このデートの締めを、ちょっとした確認作業に使ってしまったりとか、ね。
何が言いたいのかと言えば、それは簡単な話。僕が、最低だってこと。
*
「まだ時間はあるけど、どうするの? 顕正」
定期的に揺れ、不定期にその揺れを増す電車に揺られつつ、移動。路線は行きとは逆側のもので、このままいけば僕らの街に戻るわけなのだけど。確かに僕の腕時計の短針はまだ四の字辺りを指していて、遊びに行っての帰りにしては些か早すぎる気がしないでもない。どこかに寄る時間は、十分にあった。
言ってしまえば実のところ、僕には次の行き先としての案があるにはあった。昨日夜半まで計画を練っていたのだからあたり前と言えばそうなのだけれど。ただ、そこに行く決心は、これも実のところ、あまり無かった。これをやってしまえば、明音さんの笑みを、少なからず奪うことになってしまうかもしれない。
「どうしたのよ、顕正。黙ってないで答えなさい。計画はあるのでしょう?」
「ああ、うん」
訝しげな明音さんに詰め寄られて、僕は言い淀む。言ってしまおうか、それとも、計画はここまでしか立てて無かったんだと言って責められようか。後者の方が、まだマシな気がした。
でも。
明音さんは、鋭いのだ。
「ふぅん、例のゲーセン、ね」
「っ」
顔が強張るのがわかった。この人は、本当に。困った人だ。
「図星かしら? 後始末が出来ているか気になってるのでしょう、赤坂姉の件で。もし報復を考えているのだとしたら、あなたが誰か女性を連れている時を狙うのが一番妥当だし、もし赤坂姉か、もしくは二瓶さんが何かの用であの町に行ったときに襲われやしないか確かめなくては、って感じよね」
「……」
黙りこむ。明音さんは淡々と言葉を紡ぐけど、声のトーンはさっきまでの上機嫌なものよりは確実に低かった。音感の無い僕にも、明確にわかる程度には。かと言って機嫌を損ねたってわけでもなさそうだが、そのあたりは、僕の勘では把握しかねる。明音さんの思考なんて、読めるはずが無い。僕より何枚も上手なのだ、彼女は。
「まったく、貴方って」
明音さんはわざとらしいため息をついた。
「お人よしね」
「そうでもないよ」
返答が弱弱しくなったのが自分でも分かった。ああ、駄目だ、僕にポーカーフェイスは向いてないらしい。嫌でも、気が沈む。
自己嫌悪に陥って明音さんの方を見れないでいると、もう一度、今度は呆れたようなため息が一つ。
「行くわよ、ゲーセン」
明音さんは、何でもないように言ったのだ。
「……は?」
思わず、声が上ずる。いや、行って、確かめておきたいのは山々なのだけど、この場合その実験台になるのが明音さんだということを、この人は気付いているのだろうか。愚問だ、この人がその程度、気付かないはずがない。その上で、今、行くわよって。
「何よ、ゲーセン行くんでしょう? 確かあそこのUFOキャッチャーに可愛いぬいぐるみがあったはずだから、それ取ってもらおうかしらね」
「え、えぇ?」
「何よ、取ってくれないわけ?」
「あ、いや、勿論、そのくらいわけないけど……」
「わけ無い、ね。それは世のUFOキャッチャーができない人、さしずめ私に対する挑戦かしら? だと言うのなら容赦なく捻り潰すけど」
ふん、と鼻を鳴らして、明音さんは笑った。邪気のある、見慣れた笑みだった。
「ねぇ、顕正」
「何かな」
「私が、そんなならず者如きに連れてかれるとか思うわけ?」
行き先は決まった。
「頼もしいよ」
明音さん、ほんとに君って人は、カッコイイよ。
*
結果を先に報告するならば、何事も無く、デートを進められたことをここに報告しておく。彼女の言っていたぬいぐるみとやらはこの僕をもってしても中々に取りづらい強者で、アームをちょこっといじって細工をしたのに、獲得するのに千円札が一枚溶けて消える羽目になったが、その後わざとトイレに行って明音さんを一人にしてみたが例の三人組が現れることも無く、無事に時間は過ぎて行った。今日たまたま居なかっただけか、それとも以前遭遇した二度が偶然の災難だったのか、もしくは本当に懲りて諦めたのかはどれも同確率で定かではないが、それでも、僕を安心させるに、この事実は中々大きかった。
「ゴメンね、くだらない事につき合わせて」
「何よ、ぶち抜かれたいの?」
なにその急なバイオレンス。目を細めて、とんでもなく鋭い目つきで僕を睨んでくる。何かまずいこと言ったかな僕。
「このデートはくだらない事なんかじゃ無かったわよ」
「っ」
ぐっと、喉が鳴った。不覚にも感動して、緩みそうになる涙腺を抑えるように目に力を込める。既知ビルを尖らせながらも何処か機嫌よさそうに笑う彼女は、確かにとても楽しそうに見えて。冥利に尽きる、なんて事を考えかけて、首を振った。僕も、楽しかったじゃないか。一方的に楽しみを供給した気になってんじゃねぇよ、全く、これだから僕ってやつは。
「楽しかったわよ、顕正」
彼女の自宅前まで送っていって、別れ際に、玄関先で明音さんが言った。今日一番の笑顔で、純真な、綺麗な笑みで。邪悪の欠片も無い、見るだけで、悪霊を浄化できそうな笑みで。
「僕も、楽しかったよ、明音」
直視できなくて目を逸らしてしまったのが悔しくて、僕は最後に、ちょっとした抵抗を試みた。
「あき……って」
らしくなく一瞬で頬を紅潮させる明音さんに嫌らしい笑みを残して、僕は彼女に背を向けた。「じゃあ、また明日」笑いそうになる喉をコントロールして、いたずらっぽく言い残す。
たまには彼女を出し抜くのも、面白いだろ?
「顕正、大好き」
「ぶっ!」
背後も背後、すぐ後ろから聞こえた声に、僕は耐えきれず噴き出す。すぐ後ろ……?
「っ」
振り向くと同時、柔らかい感触が僕の唇を塞いだ。目を見開くと、あたり前だが、そこには明音さんの顔があって。というか、彼女の顔しか、視界には映っていなかった。キス。
「私を出し抜こうなんて、一億年早いわ」
呆然としる僕に明音さんは僕のそれより更に悪戯っぽく笑うと、たたっと小走りで、玄関に消えて行ってしまった。くそ、なんて悔しがるところな気がしたけれど、僕はそうは思わなかった。なにせ、去り際の彼女の顔は、これ以上ないくらいに赤く染まっていたから。とんとん、同点、引き分けってところかな?
明音さんとの戦績では、間違いなく過去最高の結果だった。
明音さんとのデート編、終了になります。今後の予定は勿論のこと決めてませんっ←
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。




