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明るみ。揺り揺られ。

「落ち着いた?」

僕は努めて優しい声で、泣き止んだらしい緑に声をかけた。こくりと、彼女の頭が僕の胸で上下した。気のせいだった。どうも、眠っているらしい。僕は息をつき、眠る彼女を抱え上げて立ち尽くした。いつまでもこの路地裏にいては、三人組が目覚める可能性もある。他の誰かが通りかからないとも限らず、そうなった時の手間を考えると移動するに越したことはなさそうだ。だが、眠っている、ちょっと服のよれた女の子を俗に言うお姫様だっこで抱えたまま表通りに出るのは、それも些か、犯罪臭がする気がする。果たして、立ち往生だった。八方塞がりとも言うべきか。さてどうしよう。首をひねってしばし思案する。駄目だ、どっちに転んでも悪い予感しかしない。四面楚歌。四字熟語を適用出来てしまう状況下にいる僕って一体。一般人の日常からは大きく外れてるんだろうけど。不良に対して超科学発明品で戦う高校二年生が一般人なわけが無い。

またしばし思考に浸る。結論は、何と言うか、簡単に出た。緑の体を余計な箇所に触れないように気をつけながら、立たせる態勢にする。勿論意識のない人間がそのまま立ってられるはずがなく、僕の手の支えが無くなった途端、彼女の姿勢は崩れて前のめりに倒れかかってくる。さっと半回転、角度を調節して僕は彼女の上体を背中に受け止め、背負う形にする。この態勢なら表通りで誰かの眼に触れたところで「彼女が疲れて寝てしまった」で通せるだろう。三人組の屍(死んでない)は当然放置して、僕はようやく薄暗い路地から抜け出すことに成功した。


全く迷惑な話だった。と共に、僕は自分の特異性に目を瞑ることが出来なくなる。行く先々で、どうしてこうも何事かに巻き込まれるんだ、僕は。美稲と街に出れば三人組に絡まれ、合宿に行けば幽霊としか思えない現象に遭遇し、赤坂家にお邪魔すれば不法な取り立て業者に緑を誘拐される。タイミングがすこぶる悪いのか、若しくは僕がそれらを引き寄せているのか。前者と後者では、天と地ほどの差があった。もし後者なら、僕はどうすればいい。彼女たちにかかわり続けては、いつかもっと酷い目に会う、いや、会わせてしまうのではないか。

思考はなんども同じところを繰り返し、終わりの見えない堂々巡り。止めだ。こんなこと、やはり非科学的にも程があるし、それに、今この時にそれを証明するための設備が無い。無駄な考察は脳の無駄遣いに違いなかった。

緑の寝覚めを待つべく駅前のベンチに座っていると、暫くして、僕の肩に寄りかかっていた彼女の唇から、小さく吐息が漏れた。ようやく、姫のお目覚めだ。



同じベンチで、未だ緑は僕の肩に体重を預けている。目は醒ましているようだが、動く気配は感じられない。

「緑、落ち着いた?」

呼びかけてみると、小さく、今度はちゃんと意識を持って、彼女は首を縦に振る。まだちゃんと頭が働いていないだけかもしれないが、それでも、取り乱すことはしないようだった。良かった、精神はちゃんと保たれているようだ。

「きもちわるぃ……」

消え入るような、眠そうな声で、語尾はほぼ途切れるような声量で、緑は呟いた。三人組に触れられた身体が、だろう。ああくそ、そうだ、あいつら緑にベタベタ触ってやがったんだ。もう数発打ち込んでやるべきだったか。……まあいい。

「どっかでシャワーでも浴びれればいいんだけどな。んー、この街にあるはずがないし……」

「顕正くんの、家、行きたい」

またも呟くほどの声で緑は言った。ぼうっと、地面を見つめている。まだ眠気が残っているのか、それとも放心気味なのか、非常に気になるところである。後者ならよろしくない事態であると言わざるを得ないが、およそまともな発言をしているところをみるとその線は薄そうだ。

しかし、家かぁ……。母親は空気を読んで(彼女がいる内は)余計な詮索をしないだろうけど、でもすぅちゃんが黙ってるかどうかは不明である。いい、のかなぁ。

「おねがい、だよ」

「……」

ぽそりと。漏れた声はやっぱり弱弱しかった。このまま蒼ちゃんのいる家に帰すわけには、いかないな。隠すのも良くないけど、でも、ここは隠し通すべきだと思う。蒼ちゃんにまた「約束破った」とかって詰め寄られちゃ敵わないし。一応守ったんだけどなぁ。ただ、原因は確かに僕にあるのだ。安易に放置するわけにはいかない。

「ん、わかった。家のシャワー貸すよ」

「ありがと」

言って、緑の頭が僕の肩から離れた。わずかな温もりを残して、柔らかな頬の感触が去る。

「じゃあ、行きましょっか」

跳ねるようにして立ち上がり、緑は僕を振り向いた。無理して笑ってるのが明確に見てとれて、僕は僕が情けなさ過ぎて逆に泣きたくなる。本当に情けない。

「どうしたの? 顕正く――――っ」

僕の目の前に差し伸べられた腕をとって、思い切り、彼女を抱き寄せる。そんなに体格のいい方じゃない僕の腕の中にもすっぽりと埋まるくらいの小さな身体を、壊れないよう、でも、きつく。

「痛いよ、顕正くん」

「ごめん」

混乱した風に抗議する緑の言葉に、でも、嫌がってる色は含まれていないようだったので離さない。バカップルでも見るような目つきの通行客も、今は気にしない。気にもならない。僕は緑を、この子を、守らなきゃいけなかったのだ。間に合ったけど、間に合わなかった。怖い思いをさせてしまった。僕の落ち度だ。

だから、なんて言ったら、それこそ欺瞞にしかならないけど。贖罪、否。愛とまでは言わずとも、これが僕なりの、誠意。

「――――え?」

数秒。感覚では、相当長い時間に思えた、数秒。塞がれていた唇を解放された緑の第一声は間の抜けたような声だった。

無理もない。僕が誰かに能動的にキスすることなんて、今までなかったわけだから。

「え、え? えぇ?」

混乱したのか、忙しく眼球を動かす。視線が定まらず、ついでに、動悸も治まらないのか胸元を押さえて往生していた。

「行こうか、緑」

「えぁ、ぅぁ、えっと……。うんっ」

割り切ったのか、顔を真っ赤に染めつつも立ち上がった僕が伸ばした手の平を、小さな彼女の手が掴んだ。

デートとしては中々に散々で、いい思い出の上にいやな思いでが上塗りされてしまった気もするが、そんなの、これから洗い流していけばいいから。

電車に揺られながら、緑は僕の手を離そうとはしなかった。

ちょっと恥ずかしいんだけどなぁ。

まずは屁理屈をば。デート編「は」終わりであります。次回もまだこの続きからになりますが、デート編「は」終了になります。はい。言い訳も大概にしておきます。


というわけで、楽しんで頂ければ幸いです。


それでは、よろしければ感想評価等お願いします。

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