夢の前。前進、のち、淘汰。
僕の目的は世界の崩壊だ。それ以外に無いし、それ以外に興味を持つ気も無い。
夢のまた夢、なんて、僕には縁のない言葉だった。できないことは何も無い。この力で証明できない事象なんて存在しない。
そしてそれは呆気なく淘汰された。茫然自失、自我喪失。叶うべき目標が、俄かにゆめに見えた。
そしてその度、僕は救われて。成功させて。進む道を、大きな道を、迷わないように広く一本、作り上げて。完成した道の上を歩く僕をさえぎるものは、何一つとしてなかった。後は、如何にしてこの道を速く走るか。
迷いがあった。世界を壊して、崩して、その後の僕に何が残る?
自ら壊した世界で、新たに目標を作り上げるとでも言うのか?
無理だ、そこは壊れ切った世界なのだから。破壊の上にしか創造は生まれず、だが、完全なる破壊の上には創造すら立たない。
僕は、そこに至ってちゃんと終わりを迎えられるのだろうか。この生を、全うできるのだろうか。終えることができるのだろうか。
燦燦と、散々なまでに僕らを照りつけていた太陽はその円形を半分ほど隠し、あんなにも青かった空は夕暮れに赤く染まる。
パソコンを操作して、僕は三角錐の電源を切った。あとは、予報のチェックだけだ。一分一秒に至るまで正確に記された天気表に目を通し、ファイルにしまう。さて、陽が完全に落ちる前に撤去しようか。
「皆、帰ろうか」
全員が了承を返すのを確認してから、機材を片付けて山を下る。丁度月と太陽の主権が入れ替わるころに、僕らは山を降り切った。
「それじゃあ、今日はお疲れ様でした。成果は明日にでも出るわけだから、お楽しみに」
努めて明るく言って、解散の言を継ぐ。僕の不安を見越してかあきねっち……もういいや、三笠さんは何も言わずに退散し、赤坂姉妹は「それじゃっ」「さようなら」と挨拶を残して去って行った。
残るは僕と美稲だけだ。
「僕らも帰ろうか、美稲」
「うん」
胸中に訪れる不安は夜の、さしずめ三日月のせいだろうかと考えてみるが、そんなはずもないようだった。そりゃあそうだよな、僕が、ありきたりな夜に感慨を得るような詩人だとは到底思えない。そして実際、そうじゃなかった。
――――不安、か。
久しく覚えの無い感情だった。やっぱり、未開のジャンルに挑戦する時はこんなものなのだろうか。失敗に対する恐怖と落胆。成功に対する歓喜と興奮。ごちゃごちゃと綯い交ぜになって、不安の二文字に収縮される。
「顕正」
ふと、美稲がゆっくりと僕の名を読んだ。どこか労わるように、優しげに。
「何?」
僕もゆったりと応える。不安が少し、抜けて行った気がした。
「大丈夫だよ、顕正」
「……、うん、わかってる」
やっぱり、そうだよな。生まれてこの方、美稲はずっと僕の隣に住んでるんだ。ずっと隣を歩いてきたんだ。前に立って導くでも、後ろに立ってついてくるでもなく。彼女は、常に僕と隣り合わせに生きてきた。美稲自信が望んで。そして、僕が受け入れて。
彼女の好意の全てを――――つまり恋情を、受け入れることはできないけど。それでも、僕の隣にいてくれるのだ、美稲は。見返りなんて求めない、無償の愛、だなんていうと、大仰だけど。大仰だし、僕にはふさわしくない。
「なあ、美稲」
「んー?」
「僕の事、どうして好きなの」
「えへへ」
問いかけには答えず、彼女は照れたようにはにかむ。珍しい表情だった。
「決まってるよ」
「決まってるのか」
「うん」
美稲は笑う。はるか何百光年の彼方から光を届ける星より近く、速く、そして大きな光を伴った笑顔を、僕に見せる。僕だけに、向ける。
「顕正だから、だよ」
模範のような答えだけど、それは全く、その通りだと思った。僕と同じような能力の、同じような性格の人がいたとして、それでも美稲は、僕を選んでくれるだろう。それは、僕が、僕個人でしかないから。僕が、僕個人だから。
僕が萩野 顕正で、彼女が二瓶 美稲だから。
だから、美稲は僕を好きなんだと言う。以前に一度聞いた問いで、今もう一度問うのは反則かななんて、思いもしたけど。
変わって無いんだ。聞いてよかったよ。
「美稲」
「ん?」
「僕の幼馴染が美稲で、僕はきっと幸せなんだよ」
言葉にしなきゃ分からないこともあるから。伝わってるとは思うけど。感じとってくれているとは思うけど、僕は言った。声に出すことで、誰かに、他でもない、自分に確認するように。
「うんっ」
美稲は頷いた。ああ、うん、伝わってたか。そりゃあ、そうだ。美稲は僕の、幼馴染なんだから。
不安は、いつの間にかいなくなっていた。
「ねぇ顕正、さっきのは告白?」
「違ぇよ」
「残念」
……こんなときくらい綺麗に締めようよっ! まあ、僕ららしいっちゃあ、らしいけど。
崩壊の先に何が残るのか、何が生まれるのか分からないけれど。それはきっと、調べようもないことだけど。
何故か、それでもいい気がした。僕はそれでも、生きていけるような気がした。
彼女たちがいれば、きっと。僕を救ってくれた、僕と一緒に歩いてくれている、彼女たちがいれば。
夢の前。達成の手前の、目標。僕は進む。失敗に殴られながらも、不安に淘汰されつつも、止まることなく。彼女らがいて、止まれるはずがないだろう?
実験は成功だった。時空の歪みとか、並行世界の波とか、パラドックスとか。感覚的にしか知らないような次元の論理(と言う名の屁理屈)を組み込んだだけのあの装置で、実験は成功していた。翌日の天気は寸分違わず当てはまり、翌々日も、また然り。まあ、それも当然か。今の僕には、とんでもない女神が四人もバックについてるんだから。
なんだか良い話っぽく終わりました今回。予想外です。
次回からは宣言通り、ギャグパートに戻りたいと思います。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。
この小説のジャンル、『恋愛』。……れんあい?