さもありなん。科学者の胡椒。
僕は壊れた。壊れていた。壊されていた。ぶち壊されていた。
僕の心は、とっくに故障していた。整備の効かない故障品は使い物になるはずもなく、ならば、捨ててしまう他に無いだろう。
僕は欠陥品なのか? 自問自答の末に、しかし答えは出ない。
僕はそもそも、思考しているのか? 考えた末に、それが思考で無いことを思い知る。
思考、思考、思考。至高に嗜好な思考を重ねたところで、僕は本物の思考に至ることはできなかった。ならばどうする。考えることができないのなら、人として生きる意味は無いんじゃないか?
だとすれば、僕はどうして生きて「顕正くーん、ドクペ買ってきたよー」……。
「天丼は確かにお笑い界の基本かもしれないけど、僕は別にそちらの筋に精通してるわけじゃないからふられても困るんだよ、緑」
「ん? 天丼なんて買ってきてないよ、お昼ごはんにはまだ早すぎるもん」
「ああそう。まあいいや、ありがとう、緑。ほい代金」
「まいどー。にしても、これ美味しいの? 評判悪くて駅前の酒屋さんまで行かなきゃみつからなかったよ」
「まずいよ、普通に」
酒屋についてはスルー。この子の行動範囲も、突っ込むには壮大過ぎる。
「じゃあなんで選んでまで飲むのさ……。顕正くん、ほんとはマゾさん? さ、さすがにそういうプレイはあたしでも……」
「ちょっと待て! その勘違いはいただけないな緑後輩! つーか、なんで君にしても三笠さんにしても、僕のことをそんな重度の変態みたいに扱いたがるのさ!」
「メギド。それはアンタがいじりやすいからよ」
「粉砕して殺して虐殺するんですか?」
「三笠さん、僕の名前は荻野です。ていうか、ついに漢字からも離れましたね」
「粉砕して殺して虐殺するんですかっ!」
「無視したわけじゃないから繰り返さなくていい! 僕のボキャブラリーにそれに対する突っ込みパターンが無かっただけだから!」
それはつまりシカトだった。ていうか、それがつまり無視だった。
駄目だ、一人でも手に余る研究部員を同時に相手にしたら、いくら僕でも持たない。
ここは一つ、打開策をとっておく必要があるな。
「三笠さん、緑。よおく聞くんだ」
「何?」
「何かなっ」
「僕は今から研究に戻らなくてはいけない。これは、人類存亡にかかわる重要な研究だ。邪魔をしないでくれるよね?」
打開策は逃避だった。仕方ない、僕の実力ではこんなものだ。
「そう。まあ、私は前回十分に話したし、今回は引っ込むことにするわ」
前回とか口走るんじゃねぇよ。
「あたしは納得できないっ。人類存亡には関わるでしょうけど、それって人類の敵としてだよね」
「その通りである」
「キュアラかかってるよ顕正くん」
「回復魔法……? ああ、」
キャラ変わってるよ、か。非常に分かりにくい言い間違えだった。うーん、まあ、三笠さんが引っ込んでくれたし、一対一なら別に問題は無いからいいや。
「分かったよ。じゃあ世界平和について僕と語らおうでは――――」
瞬間、殺気。
て、え!?
反射神経でしゃがんだ僕の頭上を、光の筋が走った。光の出所の反対側から溶解音が聞こえて、僕は戦慄しつつそちらを見遣る。
壁が、実験室の壁が、ドロドロに溶けていた。土に水をかけたら丁度こんな具合だろうか。小学生のころに砂場で泥団子を作って遊んだ記憶がよみがえる。記憶の捏造にもほどがあった。僕が外遊びなんてするわけ無いじゃないか。
一通り自給自足のボケをかまして落ち着いてから、僕はまた戦々恐々と、今度は光の出所を見遣る。想像通り、三笠さんが酷く冷めた目つきで僕を眺めていた。いや、眺めて、どころか、僕に焦点を合わせてすらいない。怖いよ、三笠さん。
「な、何すんのさ、三笠さん」
「ちっ」
「おいっ! 舌打ちしたか今!」
末恐ろしい人だった。いや、もうすでに十分恐ろしいか。
「してないわ。言いがかりは止めて頂戴。胸糞悪いわ」
「……」
もしかして三笠さん、僕の事すっごく嫌いなんだろうか。だとしたら多少へこむな……。
「嘘よ。ちょっと狙いがずれただけ」
「……そんな物騒なもの、そもそも室内で撃たないで下さいよ」
僕の言葉に、三笠さんは小さく「そうね」とつぶやいた。一応反省の色がうかがえる。
「本当なら、壁が解けることは無かったのよ、ごめんなさい」
「ううん。分かってくれたなら良いんだ。さ、そんなもの片付けて――――」
「本当なら、カイロの頭を溶かすはずだったのよ」
「殺人未遂だよ!」
怖すぎて名前に対する突っ込みを忘れてしまっていた。カイロって。エジプトの方か、もしくは暖をとる奴か。
「それも冗談よ。ふん、萩野、ちょっと被害妄想強すぎじゃない?」
「いつでも死と隣り合わせの生活を強いられているからね、同輩の女の子に」
「酷いことするのね、二瓶さん」
お前だよ。美稲は僕を殺そうだなんて考えもしないよ。
「まあ、そう怒らないで。ドクターペッパーでも飲んで落ち着きなさい」
「誰の所為だよまったく。ていうか、話から引いたんじゃなかったの?」
「私だって除け者は嫌よ。か弱くてさびしがり屋のウサギちゃんなんだから、もっと優しくしてほしいわね」
「銃で人を脅すウサギちゃんには一生会いたくないですね」
「そう」
三笠さんはつぶやいて、ようやく僕手製の銃、『ニクダンゴ光線銃さん』をしまってくれた。ネーミングの由来はその団子みたいなフォルムからである。これもファンシーグッズの一つだった。
「明音先輩、あたしと顕正くんの愛の語らいを邪魔しないでくださいよ」
「僕は愛を語り合った覚えは無いよ」
「あー、うるさい」
やっぱり扱いがゾンザイだった。ちょっと待ってよそこの後輩。
「ふぅん、愛、ね。ちゃちいものよ、そんなの。なら、そうね、萩野」
やっと本名を読んでくれた。「何?」
「私の事は今後あきねっちと呼びなさい」
「……」
「いいわよね」
淡々と、無表情で言う三笠さん。何も考えてないようでいて、その右手は閉まったばかりのニクダンゴ光線銃さんに伸びていた。左手には、いつの間にか再登場ハライタタ光線銃。拒否権は最初から用意されていないらしい。
「わかりました、あきねっち様」
「次様をつけたら貴方を殺すわ」
「バイオレンス再来っ!?」
「えっちぃわね、萩野」
「だから何がっ!?」
「えっちぃですね、顕正くん」
「緑までっ!?」
ほんとにこの二人は、手に余る。軌道修正どころの話じゃなかった。人工衛星『僕』、誤って大気圏突入後溶解。はからずともこの部屋の壁と同じ末路をたどるようだった。嫌過ぎる。
その後も昼過ぎまでぎゃあぎゃあ騒いで。
「んー……うるさい……」
「「「ごめんなさい」」」
蒼ちゃんの呟きで、ようやく正気に戻った僕たちだった。
世界崩壊は、まだまだ先になりそうだ。
暴走回でした。そんなつもりは無かったのに。三笠さん、いやあきねっち、とても癖のあるキャラです。扱いにくい(笑)
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。
追記。総ユニーク数1000を突破しました。初連載でここまでこれたのも一様に皆様のおかげです。ありがとうございました。