【1-2】一度目のメロディ・バベット・プレオベール:7
牢に来た騎士はそれなりの地位にいたらしく、そう時間を置かずに私の元には毛布と食事が届けられた。
それらを持って来たのは兵士で、例の騎士ではなかったので、名前を聞きそびれた私は少なからず落胆した。
だが、真面目そうな彼のことだから、再調査の結果を報告に来るはずだし、その時に名前を聞こう。
私はそう思っていたし、その時点では絶望すらしていなかった。むしろ、潔白は必ず証明されるし、真犯人もほどなく見つかるとさえ思っていた。
* * *
結論から言うと、私の潔白は証明されなかった。真犯人も見つからなかった。再調査の結果も聞くことはなかった。
騎士と話した翌日、私は国王陛下とジェラルド、ナタリアーナ、そして父が揃った広間に引きずり出され、騎士に――あの黒髪の騎士を除いた騎士達に囲まれた状態で、そして粗末な格好のまま膝を着かされた。
「メル……」
「……お父さま」
聞いたことのない父の震える声に、私が顔を上げて父を呼ぶと、父は少しだけ安堵の表情を見せ、そして眦を吊り上げ、陛下に声を上げた。私の表情で、無実を確信したに違いない。
「陛下。私の娘が暗殺など、企むはずがありません。娘はここ最近貧民街に広がっている病の治療法を見つけようと、時間がある限り研究に奔走しておりました。プレオベール家の過去の功績を僅かでも認めて下さっているのなら、再度の調査を……」
父はまだ何かを言っていたが、私は硬直した。
何故父が、ここで再調査の要望を出すのだろうか。既に再調査は始まっているはずで、それはこの場にいるジェラルドは勿論、陛下も知っているはず。
私の証言は握り潰され、再調査などされていないのだろうか。
それはないだろう。勘だが、あの騎士はそのようなことをするはずがない人物だと思う。
であれば、父には全てを伏せた状態でここに呼ばれ、私は『死刑を待つ大罪人』として扱われているということだ。
何故? と考えて、父の進言を黙って聞いている、陛下とジェラルド、そしてナタリアーナを見た。
そして察した。
この暗殺事件は、ナタリアーナとジェラルドが企てたものであり、陛下までもがグルだった。その目的は。
「――お父さま!!」
私は立ち上がり、父を止めるべく歩を踏み出した。
私の傍にいた騎士が制止の声を上げたが、聞かずに駆け出す。
父が驚いてこちらを向き、それから私に向かって手を伸ばすのが見え、それを何故だろうと思う暇もなく、背後から胸の中心を貫かれた。
剣で。
「あっ……」
何が起きたのか分からないまま足を止めて、膝を着く。片手を胸元にやると、掌は赤い液体で真っ赤になった。
それを見てから顔を上げると、その場にいた全員が私を見ている。呆然とした表情で。
真っ先に我に返ったのは父で、発狂したような声を上げると懐からナイフを取り出し、陛下に躍り掛かる。そして、次の瞬間には陛下を護衛する騎士に首を飛ばされた。
「お父……」
最後まで言えずに冷たい床に倒れ込むと、扉が開く音がして、私に駆け寄る足音、そして怒りの混じった声が聞こえた。
あの騎士だ。
「……なんて事を……ジェラルド、貴様……!」
最後に思ったのは、えらくジェラルドを気安く呼ぶのね、という益体のない疑問だった。
* * *
雪の中、冬にしか咲かない花を摘んでいると、鉄門の格子の向こうに子供が佇んでいるのを発見する。
ボロボロの服だが、大層可愛らしい顔立ちの女の子で、白い肌に頬の赤みは、化粧を施された頬紅のように綺麗だ。
私をじっと見つめている彼女に、私はゆっくりと歩み寄って微笑む。
「私はメロディ。あなたは?」
「……ナタリアーナ。母さまは『ニナ』って呼ぶわ」
歯の根が合わない震える声で、白い吐息と共にナタリアーナは答える。
「そう。……こちらにいらっしゃい、ニナ。そこは寒いでしょう」
私がそう言うと、ナタリアーナはただ頷いた。
その様にまた微笑んで、私は声にならない声でナタリアーナに語り掛ける。
許さない。
あなたもジェラルドも、国王すら許さない。
幸せな記憶だけ抱いて逝けたなら、どれだけ良かっただろう。
だがあなたのせいで、私の死は苦痛と屈辱、怨嗟に塗れたものになった。
呪いのようなそれらを抱えたままこの世に戻り、安穏と生きられる訳がない。
だから私は、あなたが描いた『悪』そのものになってあげる。
御伽噺の主人公のように、幸福が約束された令嬢があなたなら、私はその対極に位置する悪役。
私は、あなたが望んだ悪役令嬢。