20:ひときわ輝く日々の中で
翌年、ルットとマリーは結婚した。
結婚式はハウイット領の屋敷であげた。
王都から先々代の領主が駆け付け、養父母と弟たちも顔を出した。異母兄のドナルドももちろん参列し、保護されていた子どもたちも、元家令や各村の村長もきてくれた。
今まで不遇が嘘のように、畑は実るようになり、領地は潤っていた。
白いドレスに包まれたマリーの両親役は養父母が務めてくれた。母は母であり、父は父であった。そんな家族の姿をルットも微笑ましく見守っており、立場を越えて、父に義理の息子として敬意をもって挨拶した。
青空の下で、二人は改めて愛を誓いあい、互いに苦楽をともにすることを約束したのだった。
それから、三年の月日が流れた。
ノーイック領とハウイット領は、二人の領主が協力しあい、領地を治めた。
ルットは王都に行くことも多くなり、実質マリーが二つの領地の最高責任者になった。
マリーはもっぱらハウイット領の屋敷で暮らす。
ノーイック領の屋敷には、家令となった異母兄のドナルドが住んで、領地を切り盛りしてくれた。母や母の実家から解き放たれた彼は、マリーを助けてくれる良い兄になった。
婚期をのがしていたドナルドは、ハウイット領で保護された子どもたちの一人、最年長の少女と結婚した。彼女は、両親と死別し、一人親戚の家にあずかられていた身であり、今さら帰る家もなく、行き場がなかったのだ。
現在、マリーは一人目を産み、二人目を妊娠している。
今日は、仕上がった家族絵を礼拝室に飾るため、ルットが王都から領地に帰ってきていた。
お腹が目立ちはじめたマリーにも長女は抱っこをねだる。マリーは娘の希望にこたえ抱き上げた。礼拝室の家族絵に囲まれながら、マリーは抱き上げた娘の身体を撫でて、微笑みかける。
「大丈夫なのか、抱っこして」
脚立を持って入ってきたルットが真っ先にマリーを気遣う。片手で軽々と脚立をもち、脇には額縁に入った一枚の絵を持っている。
「大丈夫よ。これぐらい、なんてこともないわ」
父があらわれ、長女はににこにこして、嬉しそうな声をあげた。
ルットが娘に顔を近づけ、頬ずりすると長女は身をよじって笑う。
ルットも笑い、つられるようにマリーも笑う。
ひとしきり笑い終え、ルットが背を正す。
「無理するなよ。ドナルドだっているんだからな。なんなら、俺だって、一年や二年、こっちを優先するからさ」
「ありがとう。でも、本当に大丈夫なのよ」
マリーは心配性なルットに対し、くすくすと笑う。
笑うと、子どもも一緒に笑う。それだけで、楽しい気持ちが広がった。
脚立を持って壁際に進む。壁横に置いて、足の位置を確かめたルットが、絵を脇に抱えて、段をのぼり始めた。
「ねえ、ここの絵はいつぶりになの、飾るのって」
「どうだろう……。ルパートが亡くなって以降新しい絵はないしな。十……、八年、九年。いや、二十年近くなるかな」
ルットは指折り数えながら答える。
マリーは最後の絵に描かれた少年を見つめた。
「その子だよね。ルパートって……」
「ああ、俺の異母弟だ。元々、病弱だったから、流行病にも弱かったんだろうな。享年十三で他界した」
「最初に会った時、伯爵は彼だって言っていたわね」
「うん。今も、ルパートが伯爵だ。ルットである俺は影。ルパートの身代わりなんだよ。妾の子ってさ、そういう時のスペアの役目もあるからな」
「そうなんだ」
領主が妾と正妻を二人もち、王都と領地にそれぞれ据える慣例はそれなりの役割があるのだとマリーは理解する。
「俺は伯爵になるより、ルパートが生きていてくれた方が嬉しかったよ」
ルットは壁に手をかけ、くぎを刺した。ポケットに入れていた小型のトンカチでカンカンと打ちつけてから、脇に抱えた絵の額縁の紐をひっかける。
飾られた絵には、先々代の領主とルット、マリーに、長女が描かれている。真面目な顔であっても、どこか朗らかな表情をしている四人が並んでいる。
ルットは「よし」と呟き、満足そうに笑った。
「ねえ、ルット。ルットは妾を迎えないの。危機的な事態になった時に、困らない? ノーイック領でも、ドナルド兄さんがいてくれたおかげで助かった部分もあったと思うの」
ルットががたんと脚立から落ちかける。まさか、マリーからそんなことを言われるとは彼は思っていなかったのだ。
「マリー。俺、妾を迎えるつもりはないんだけど……」
「いいの、それで」
マリーは小首をかしぐ。
脚立から降りきったルットはマリーに体をむけて、しかたないなあとばかりに笑った。
「俺はマリーだけでいいんだ。ここにはドナルドもいるし、ほら、ドナルドのところももうすぐ一人目が生まれるだろう」
脚立を置いて、ルットが数歩進み出る。長女を抱くマリーの前に立つ。
「俺はマリーがいればいいよ。妾を迎えるつもりはない。長女も生まれた、次の子も生まれる。次代の領主はそろっている。
子どもの数が心配ならさ。
マリーが産んでよ。
王都で教育させたいなら、先々代の領主である爺さんが協力してくれる。
なにも心配はない。
領地の経営なら、ドナルドだっているんだ」
ルットは娘と妻を包み込むように抱きしめた。
「足場が固まってきたんだから、穏やかにやっていこう。俺は、マリーと子どもがいるだけで頑張れるし、とても幸せなんだから」
ルットの言葉にマリーは涙ぐみながら、その肩に額を押し付けていた。
「うん。私も幸せだよ。
きっと人生を振り返った時に、真っ先に思い出す、幸せなひと時のなかに、今、私はいるのだと思う」
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