決戦、明治神宮 【後編】 暴食
先ずは足を止めなくちゃ。
また逃走させる分けにはいかないわ。
「前進!」
V字の陣形を維持して猫達が前進し、V字の中央に爺と曹長さんが足止めしている公使を捉える。
「包囲!」
V字の両端が閉じ、公使の包囲が完了する。
そして、右手の刀印で素早く魔法陣を描き上げる。
「鉄鎖の陣!」
包囲していた猫の三分の一ほどが、更に小さい円で取り囲み、魔法陣を完成させる。
「爺!曹長さん!後退して!」
その指示と同時に、二人は魔法陣の外へ素早く飛びずさる。
「捕縛!」
魔法陣の外で、待機していた猫の中から五匹、「にゃー!」と魔法陣に飛び込み鎖に身を変え公使に絡み付き、片方の先端を石畳に突き刺し、公使を縛り上げる。
セクメトの慧眼のお陰で、貴子さんを捕縛した時より三倍は太い鎖に成ったわ。
だけど、公使はそれをも引き千切らんばかりね。
まだ、鎖が足りないわ。
「捕縛!」「捕縛!」「捕縛!」
更に十五匹の猫が飛込み鎖に身を変え、手足や胴それに触手にも絡みつき、公使を縛り上げる。
これで、完全に動きを止めたわ。
お次は……。
刀印に魔力を込めて、さらに魔法陣を描く。
「雷公の陣!」
魔法陣を描いた猫たちの毛が逆立ち、時折魔法陣の中でパチッと紫色の電光が走る。
「厳槌!」
ニ十匹の猫が飛込み、霧状に成って公使の頭上で一つに重なる。
ズドーーーン!
強い閃光と、耳を劈く雷鳴を轟かせ、雷を落とす。
「グワァーーーー!」
叫び声をあげて、雁字搦めの体を身もだえする様に暴れ、そのせいで、二本の鎖が千切れ飛ぶ。
効いているみたいだけれど、思ったより効き目が弱いわ。
でも、さらに続けて撃つ!
「厳槌!」「厳槌!」
四十匹の猫が飛込み、ズドーーーン!ズドーーーン!と二発の雷を落とす。
「グワァーーーーーー!」
あら?今度は効いたのかしら、鎖で拘束されている五本の触手が干からびて、崩れる様に塵に成ったわ。
その刹那、背中から別の新しい触手が五本生えてきた。
そして、その触手が魔法陣を形成していた猫たちを襲う。
不味い!
「散会!」
猫達は魔法陣を解いて散会してたけれど、何匹かやられた!
今度はその触手が私に向かってくる。
襲ってくる内の二本は、左右に体捌きで避けたけれど、避けたところをタイミングよく振り下ろされる触手は、体捌きでは避けきれないわ。
左手に魔力を通し、突風を地面に叩きつけてジャンプ、その風圧で上空に舞い上がり避ける。
やられっぱなしは性に合いませんわ!
上空でそのまま両手を合わせて、氷柱を連射。
今度は公使が防戦に回り、触手で氷柱を叩き落とそうとする。
そのまま、着地後も、連射を止めず続ける。
なんとか物量で押して、触手の何本かを切断できたけれど、直ぐにまた新しい触手が生えて来てキリが無いわね。
このまま、負けない戦いを続ける事は簡単だけれど、先ほどの厳槌三連発でも、大してダメージを与えられなかったわ。
決定打に欠けるわね……このままだと、公使を無力化するのは無理そうだわ。
どうしましょう……。
うーん、仕方ないわ、取り合えず、一旦皆さんとご相談かしらね。
両手に込める魔力をさらに高め、打ち込む氷柱のサイズと連射速度を上げる。
同時にセクメトの慧眼の輝きが、眩しいほどに増す。
氷柱の物量に負け、一瞬全ての触手が千切れ飛ぶ。
今よ!
その隙に、右手の刀印で素早く魔法陣を描く。
「鉄鎖の陣!」
「にゃー」と猫たちが魔法陣を組むのと、公使の触手が復活するのはほぼ同時。
触手が魔法陣の猫に襲い掛かろうとしたとき、例の犬が触手に噛み付き、そのまま弾き飛ばされ、御神木の幹に打ち付けられる。
「捕縛!」
五匹の猫が飛び込み触手を縛り上げる。
何とか謎のワンちゃんのお陰で、間に合ったわ……ふぅー。
強く弾き飛ばされてましたけれど、大丈夫かしら?
怪我してたら、後で保護して治療してあげましょう。
でもそれより、また新しい触手を出される前に。
「捕縛!」「捕縛!」「捕縛!」「捕縛!」「捕縛!」「捕縛!」「捕縛!」「捕縛!」「捕縛!」「捕縛!」
此れだけ雁字搦めにすれば、暫く大丈夫よね。
新しい触手が出て来る隙間も無さそうだし♪
一旦、諏訪さんや上村さんの元へ向かう。
「凄いわ!小町ちゃん、まさか禍津神を封じるだなんて……」
「御免なさい、諏訪さん。あれは封じた分けじゃ有りませんの。一時的に拘束したに過ぎませんわ。このまま暫く負けない戦いをするのは可能なのですけれど、どうやら公使閣下は魔法攻撃に対しても耐性をお持ちの様ですの。決定的なダメージを与えることは出来ませんでしたわ。雷公の厳槌は結構自信が有ったのですけれど……。何とか身柄を確保しようと努力は致しましたのよ……残念ですわ」
「そう……だけど有難う、小町ちゃん。十分だわ」
「ああ、今まですまなかったなお嬢ちゃん。十分だ、此処からは俺たちの仕事だ。それで、あの拘束はどのくらい持つんだ」
「猫は未だたくさん居りますし、拘束するだけで宜しいのでしたら、数時間は持ちますわ。ですが……どうされますの?」
「小町ちゃんが拘束している間に、増援を呼んで火力で圧倒して倒すしかないわ。だけど、魔道弾の在庫が心配だわ」
「とにかく、俺は本庁に戻って、増援を呼んでくる」
「少々お待ちになって。諏訪さん、例えば公使閣下から禍津神を祓う様な方法とかは、御座いませんの?」
「いいえ、無理だわ。狐憑きとかならともかく、禍津神を払うなんて出来ないわ。それに禍津神に取りつかれて、あそこ迄変貌した者が元の姿に戻ったという話も聞いた事は無いわ」
「つまり、公使閣下を滅ぼすことが、彼の為にも、彼に殺められた者にも救いに成ると云う事ですわね」
「ええ、その通りよ」
「わかりましたわ。そういう事でしたら、私が公使閣下に引導をお渡し致しますわ」
「ちょっとまて、お嬢ちゃん。さっき奴を倒すのは無理だと言ったじゃないか?」
「御免なさい警部補殿、さっきは少し誤解を招く様な言い方をしたかもですわ。私が諦めたのは身柄の確保ですわ」
「小町ちゃん、あれを滅ぼすことが出来るというの?」
「ええ、問題ありませんわ。ですがその前に、上村さんとストーカーさんには先に謝らなければいけませんわ」
「どういう事ですか、小町ちゃん」
「私が今から使う術は、とても強力なものですの。力の制御もまま成りませんわ。恐らく公使閣下の肉片一つ残らないでしょう。ですから、重要な証拠が残らない、と云う事でお困りに成ると思いましたの」
「成るほど、そういう事でしたら。報告書は多少工夫すれば良いだけの事。公使閣下がこれ以上帝都を荒らすことに比べれば、ほんの些細な事ですよ」
「ええそうですな、それと、私は大使にこの目で見る様に指示されてはいますが、私の場合、大使に話す事と、本国に提出する報告書は別のものに成ります。因みに本国へは二つの報告書を提出することに成るでしょうな。一つは公使の失踪に付いてのものと、もう一つは帝都に現れた謎の怪物に付いてのもの、とまあ、そういう事ですから、お気遣いは御無用に」
フフ、相変わらず良い性格しているわ。
つまり、公使と言うか、この怪物と英国大使館は無関係だから御随意に、と云う事ね。
取り合えず、皆さんの御了承も得たことだし、公使閣下に引導を渡すと致しますわ。
でも、正直気が引けるわね。
今はもう人と呼べる姿では無いけれど、さっき迄人だったものにこの術を使うのは……。
今までは、人を殺めたことは無いけれど、これって人殺しに成るのかしら……?
気が重いわ。
でも、これも、ある種の救いに成る事と割り切ってやるしか無いわね。
「それでは皆様、決着を付けて参りますわ」
もう、既に何本かの鎖が千切れ飛んでいますけど、気に留める必要も無いほど些細な事だわ。
残っている猫は大体八五〇匹ぐらいかしら。
まあ、此れだけいれば十分だわ。
再び右手で刀印を結び、魔力を指先に集中する。
セクメトの慧眼が今までに無く激しく輝きだす。
そして、刀印で今までの物より複雑な魔法陣を描き上げる。
「暴食の陣!」
猫達は魔法陣の陣形に整列すると、尻尾と毛を逆立たせて「ギャーーー!」と激しく威嚇する様に鳴き始める。
八五〇匹の猫の叫びが、それ以外の音を全てのみ込む。
猫達の魔力が暴走し始め、強く高まっていくのがわかるわ。
そろそろ、良いわね。
「捕食!」
狂気に取り付かれたかの様に、猫たちが一斉に公使に飛び掛かり、縛り上げた鎖ごと喰らい付く。
飛びついて一口齧っては、さらにまた飛びつき齧る。
飽く事無く、貪る様に喰い尽くす。
「グウォーーーーーーーー!」と公使だった者が断末魔の叫びを上げる。
暫くして……、全てを喰らいつくして、猫達は紫色の粒子に変わり消えていく。
そして、そこには何一つ残される事は無いわ




