公使閣下の隠し金庫
この話の途中から大正16年1月3日の話と成ります。
戦いの後、息つく暇もなく、怪我人の応急処置やら、搬送やら、それと、亡くなられた方の御遺体の回収やらを手伝い結局それは、日が暮れるまで続いたわ。
そのあと、私と、爺と曹長さんを残して皆さんは明治神宮から引き揚げていった。
私には、未だやらなくてはいけない事が有るの。
ウルタールを探さなくちゃ……。
何時間、探したのかしら……。
警部補さんが教えてくれた辺りを重点的に、その他の処もくまなく探したわ。
爺はともかく、曹長さんも一緒になって探して下さってるわ。
だけど、怪我をして倒れているウルタールも、魔法陣が書かれた十円札も見つからない。
大分遅い時間ですし、もう……潮時ですわね。
昨日召喚したばかりなのに、強い消失感を感じるのは、やはり名前を付けたからかしら?
名前を持つ特別な使い魔を持つには、私は未だ未熟だと云う事なのかしらね。
「爺、もうこのくらいにしておきましょう。曹長さんも、こんな時間まで探して頂いて、申し訳御座いませんでしたわ」
「お嬢様……お宜しいので?」
「小官の事はお気遣いなく。未だ時間は有りますので」
「いいえ、もう宜しいですわ。きっと定めだったのでしょう。それに十分役に立ってくれましたわ。あの子のが導いてくれたお陰で、公使閣下を倒すことが出来ましたし、警部補殿の命もお救いしたとも、お聞きしましたわ」
「特務少尉……」
「ではもう遅いし帰りましょう。曹長さん屋敷迄送ってくださるかしら」
「ハッ」
結局見つかったのは、この牙だけだったわね。
先ほど御神木の前で見つけた牙を、月光に照らして眺める。
公使の持つ魔力と似た魔力を纏ったそれは、勿論ウルタールの物では無いわ。
恐らく、あの大きな犬の物だわ。
上村さんはコヨーテに似ていると仰ってたけれど、あの犬はいったい何者かしら?
あのあと、気付いたら居なくなってたけれど……不思議な犬だわ。
翌朝、迎えに来てくれた曹長さんの運転する車で、直接大使館へ向かう事になった。
事件の事後調査について、手伝って欲しいという話だったのだけれど、そこは、なんとも……ショッキングな事に成っていましたわ……。
「爺、気のせいかしら?焼け跡の様に見えるのですけれど……?」
「はい、お嬢様。私の目にもその様に」
「まさか……曹長さんの目にも焼け跡の様に見えるなんて、仰りませんわね?」
「特務少尉、残念ながら、書庫は全焼したものと思われます」
ガーーーーーン!
駄目よ!我慢するの!お嬢様モードは解いちゃダメ!小町耐えるのよ!
でも……私のトゥーアサ・ジェー・ザナンが……ティル・ナ・ノーグの林檎が……。
昨日はウルタールの事とか、公使との戦闘とか、色々ツライ事が有って……唯一楽しみにしていましたのに!。
公使が暴れた時に出火していたのね……。
「小町ちゃん!ここに居ましたか。あれ?どうしました、なんだか浮かない顔して……あ!そうでしたね、ウルタールちゃんの事は残念でした……」
「昨日は、大使に報告が有ったので、探すのを手伝えませんでした、小町には色々世話に成ったのに申しわけない。結局見つからなかったとか……可哀想な事をしましたね」
上村さんとストーカーさんが心配そうに声を掛けてくれた。
「いえ、大丈夫ですわ。ウルタールの事はあれが定めだったと思いますの」
「そうですか……そういえば小町、定めと言えば、こちらを」
そういって、手渡されたのは、トゥーアサ・ジェー・ザナン…………の半分焼け残った表紙だけだわ。
「探し出して頂けていましたのね」
「ええ、差し上げると約束していましたからね。残念ながら、この様に変わり果ててしまいましたが」
「本当に残念ですわ。ティル・ナ・ノーグの林檎愉しみにしていましたのよ。どうやら私とこの御本は因果が繋がっていなかった、と云う事ですわね」
「ハハハ、私はそうは思いませんよ。むしろ因果が動き出したと」
「それはどう云う事ですの?」
「先日もお話ししましたが、錬金術師は『この本は必ず正しい持ち主の手に渡る、例え燃え尽き灰に成ろうとも、そう謂う因果にある』と予言しました。妙な言い回しだと思いませんか?わざわざ『燃え尽き灰に成ろうとも』などと。これは例えではなく、この事を予言していたのでは無いでしょうか。だとすれば、この次は予言の通り、因果の繋がった相手の元に。と、そう思うのですよ」
「ふふふ、ストーカーさんて、案外ロマンティストでらしたのね。ですが仮にそうだとして、私とは別の人の手に渡るかもですわ」
「いえ、私は貴女が現れたからこそ因果が動き出したのだと。もし、そうだとすれば、あなたを中心にその因果は回っているのでは有りませんかな」
「ふふ、そうだと素敵ですわね♪」
その後、お二人に案内されて公使の自室へ向かう。
「先日、私と公使が赴任してすぐ前大使が亡くなったと申しましたが、それが一年半前の事です。その後三か月ほどして、現大使が赴任してきたのですが、その大使が不在の約三か月の間だけ、公使がこの大使館の主と成った期間が有ります。そのとき公使が妙な業者を呼んで自室の改宗工事をさせた事が有るのですよ。昨夜その事を思い出して大使に話したところ、念の為公使の自室を徹底的に調べる事に成ったのです」
「それで昨夜、もしかするとその改修工事に魔法的な何かが関わっているかもしれないと、調査の技術協力の依頼を受けまして、それで諏訪中尉が専門家では無いが、と観て下さったのですが、どうも壁に魔術の施された一角があると仰いまして。ただ諏訪中尉は専門家ではないので小町ちゃんをお呼びした方が良いという話に成りましたので、連日で申し訳ないのですが曹長さんに迎えに行ってもらったという次第なのです」
公使の自室に行くと、何やら壁とにらめっこしている諏訪さんがいらしたわ。
「諏訪さん、その壁が怪しいのでしょうか?」
「ええ、小町ちゃん。三が日の最終日なのに、また呼び出しちゃって御免なさいね。何か術が施されているのは分かるのだけれど、こういうの苦手で、どういう物かとかも良く判らなくて。ちょっと見てもらって良い?」
「ええ、構いませんわ」
壁の前に立ち、目に魔力を集中……するまでも無いわね、これ。
かなりお粗末な魔道金庫だわ。
大分、技術的にはお劣るけれど、お爺様の魔道具保管庫と同じ様なセキュリティ・システムだわ。
個人の魔力の登録も必要なく単に、魔力のパターンを入力すれば良いタイプだわ。
しかも、これは……。
壁に手を当て少し魔力を通して、入力パターンろ探っていく。
そして、魔力を2パターン入力すると、約一メートル四方の両扉が壁に浮かび上がりカチャリと開いた。
2パターンて……二桁の暗証番号なんてセキュリティ意識が低すぎますわ!
「凄いわ!小町ちゃん一発で空いたわ!」
「大したことありませんわ。コツさえつかめば諏訪さんも簡単に出来ますわ」
「それにしても、何かしらこの扉に描かれたマークは?」
それは、円の中に、内接する三角形が描かれていて、その三角形の中に三つの目が描かれている。
「え?これはこの扉を隠す魔法陣じゃ無いの?」
「ええ、諏訪さん。これは只のマークですわ。この手の魔道金庫は内側とか、目立た無いところに魔法陣が書かれていますの。このマークには魔法的な意味は有りませんわ」
しいて似ているものを上げるとプロビデンスの目に似てなくも無いけれど、これは目が三つもあるわ。
何か意味が有るのかしら?
それとも、公使の厨二心が描いたものだとか……。
まあ、それはともかく、中を確認するのが先決ですわね。
少し開いた扉を手前に引いて全開にする。
うっ!異臭がするわ!
着物の袖で、口と鼻を押さえ中を覗き込むと、そこには一部白骨が露出した人間の右腕が。
しかも、白骨が見えているのは、腐敗してるからでは無いわね。
齧られているわ!
「こ、これは、やはりローレンスさんの腕でしょうか?」
「その様ですなミスター上村。ここにあるスーツの袖の切れ端は、彼が事件当夜着ていたものと同じ生地に見えます」
匂いと見た目のインパクトで、先ず腕に目が行ったけれど、他にも色々あるみたいだわ。
例の倉庫街で見つかったのと同じカフスボタンもあるわ。
念の為ここに隠していたのね。
この白い布は何かしら?
「これは……覆面の様に見えますけれど……ストーカーさん御存じ有りません?」
「いえ、この様な物は」
「そういえば、以前アメリカに赴任していたころ、この様な覆面を被る人種差別主義者の団体があると聞いたことが有ります。ストーカーさん、公使閣下がその様な団体に入っていたとか心当たりは?」
「いいえ、確かに彼はいささか差別的な所は有りましたが、その様な事は聞いたことも有りませんし、そもそも彼はアメリカには行ったことが無かったはずです」
「例えばですけれど、何か宗教や魔術的な儀式で使っていたとかは考えられませんかしら?」
「ええ、小町ちゃん。もし、そうなら、間接的にでも、例の行方不明事件との繋がりが、この先見えて来るかも知れないわね」
それにしても、趣味の悪い覆面だわ……。
「あら?粘土の様なものが幾つか有りますけれど、何かしら?陶芸がご趣味だったとか?」
レンガほどの粘土の塊に手を伸ばそうとした時、曹長さんに肩を掴まれ止められたわ。
どうしたのかしら?
「特務少尉、其方はあまりお障りに成らない方が宜しいかと。それはアヘンの樹脂で有ります」
セーフ!
ナイスよ曹長さん。
危うく変なもの触るところだったわ。
まあ、触ってどう成る物でも無いでしょうけれど、気分の問題よ。
こうい物は『ダメ。ゼッタイ。』だわ!
その私の横で上村さんが、何かノートのような物を真剣な顔で呼んでいるわ。
「それ程大きなアヘン樹脂の塊がいくつもあると云う事は、ご自身で使うというより販売目的と云う事でしょうな。とすれば此方のノートは恐らく帳簿ですかな。ただ、どうしてでしょう。ノートが半分しか有りません」
「それは、誰かが半分を持って行ったと云う事かしら?」
「ええ、その可能性も有りますな。それか用心の為二つにして保管してあるとかかもしれません。まあ、何にしても……色々と出てきましたなー」
「それで上村課長、これらの証拠品の取り扱いはどうなるのでしょう?」
「そうですな、これだけの物ですからね、先ずは我々外務省と大使閣下と話し合わねばならんでしょうな。もちろん諏訪中尉の御心配は分かりますよ。もし、うやむやにされては、今捜査中の行方不明事件に差しさわりがある、とね。まあ、それも踏まえて大使閣下とはお話しする積りですから、御心配なく」
どうやら、後は大人の方々が、その辺の面倒なお話しを詰めると云う事かしらね。
ただ、一つ確信を持って言えることは、この事件は未だ解決されてはいないと言う事よ。
何しろ、残っている謎が多すぎますもの。
ここの新しい証拠品以外にも、公使を変貌させた木像の行方、フードの男、ローレンスさんが殺された訳etc.。
今回、猫召喚のお札を千枚使ってしまったわ。
もう千匹猫は使えないし……いざという時の為の準備が必要だわ。
何か考えなくては、いけないわね。
補足情報:
〇プロビデンスの目
1ドル紙幣に書かれている有名なあれです。
神の全能の目を意味するとか、三位一体の象徴とか呼ばれています。




