13、ありえないお客様
「えっ?! ザック様?」
私とネロが勉強している部屋に、ステラ夫人がやってきて告げた。
「ええ。私の息子、ザックが来たのよ。あなた達に紹介しておくわね」
「でも、おばさま……」
ザックは幼い頃に亡くなったのでは?
これはいよいよ痴呆症なのかもしれないと心配になった。
もしや幽霊的な?
目に見えない人を紹介されるのだろうかと身構えた。
ここは大人の対応で、見えない人にもはじめましてと挨拶した方がいいだろうかと悩む。
だが。
ステラ夫人に呼ばれて入ってきた人物には、ちゃんと足があった。
しかも……。
「あなたは……」
よく知っている人物だった。
(青沢さん……)
この世界で会ったのはソフィーと一緒にいた時の一瞬だけど。
前世では最後に好きだった人。
妹の直子と、きっと今頃恋人同士になってる人。
ブスの私にも親切で女性扱いしてくれる人。
好きになったってどうせ相手にもされないに決まってるのに、優しい言葉をかけてその気にさせる罪な人。
好きだけど大嫌いだった。
「はじめまして、ザックと呼んで下さい」
気さくに話しかけるザックは、前に会った時と装いを変えている。
金色の髪は動きやすいようにポニーテールにして高い位置で固く結んでいる。
服装も白いブラウスに茶色の動きやすそうなベストとキュロット。
高級な素材ではあるものの、金糸の縁取りでゴテゴテの衣装ではない。
そして指にはウェッジウッドの指輪が……ない。
それに。
(はじめまして?)
ソフィーと一緒にいた時のことを覚えてないのかしら?
あの時はエミリアの青ストライプのワンピースにエプロンだった。
今はピンクのフリフリドレスでツインテールにリボンをしている。
服装がこうも変われば分からないものなのかしら。
「はじめまして、ネロと言います」
何も答えない私に痺れを切らせて、ネロが先に挨拶した。
「ネロか。私の子供の頃の服がぴったりだな。何歳だ?」
ザックはネロの頭をくしゃりと撫ぜて膝をつくと、目線を合わせて尋ねた。
「十歳だよ。もうすぐ十一になるんだ」
「十一か。勉強はどうだ? 難しいか?」
「難しいけど大丈夫だよ。僕、がんばって試験に合格するんだ」
「ネロはとても覚えがいいのよ、ザック。最初は文字すら書けなかったのに、ほんの数日で全部覚えてしまったのよ。将来が楽しみな子だわ」
ステラ夫人が横から付け加えた。
「そうか。偉いな、ネロ」
ザックに褒められて、ネロは嬉しそうに目を輝かせた。
「それから、君は……」
ザックは一旦立ち上がって私の前にくると、再び膝をついて目線を合わせた。
でもさすがに十三歳の私が見下ろす形になる。
ドキリと心臓が跳ねた。
瞳の色はブルーだけれど。
目の奥に前世の青沢さんと同じ温かさを宿している。
懐かしい。
ブスの私にも、他の人と変わらぬ優しい笑顔を向けてくれる人だった。
「は、はじめまして。レイラと申します」
「レイラか。何歳かな?」
「十三歳です」
「レイラはとても優秀なのよ。読み書きもテーブルマナーも生まれながらの貴族のように身についてるの」
ステラ夫人が横から私を紹介してくれた。
「生まれながらの? 貧民街に暮らしてたって話だけど、もしかして没落貴族の娘だとか?」
ザックは怪訝な顔で尋ねた。
「い、いえ……独学で……」
「独学で?」
まずい。
ステラ夫人と違って、この人はこんな適当な話で誤魔化せない。
「母上、少しレイラと二人で話をしてもいいですか?」
や、やっぱり?
いろいろ怪しいと思ったわよね?
「まあ! ザックはレイラが気に入ったのね。あなたが女性と二人で話したがるなんて珍しいわ。ええ、ええ。もちろんよ。サロンにクッキーとお茶を用意させましょう」
勘違いしたステラ夫人がにこにこと応じて、ザックと二人で本日二度目のティータイムになった。
次話タイトルは「ザックの秘密」です




