12、ステラ夫人の隠し事
「あの……おばさま……」
午前の絵の時間が終わって、優雅なお茶の時間を過ごしていた。
スチュアート邸ではランチの時間はない。
食事は朝晩の二回だけだった。
その代わりにクッキーとお茶の時間がある。
貴族がみんなそうなのか、老婦人の一人暮らしだからかは分からない。
目の前に芝生の庭園と湖が見渡せる一階のサロンで過ごしていた。
ネロは集中して絵を描いてお腹がすいたのか、クッキーを夢中になって頬張っている。
小さな丸テーブルを囲んで、私はステラ夫人に尋ねた。
「アルフォード様のご長男のロイ様はご存知ですか?」
私がロイ様の名前を口に出した途端、ステラ夫人は手に持っていたティーカップとソーサーを落としそうになって、お手玉のようにガチャガチャと手の平で転がした。
「あっ、熱……あつつ……」
「大丈夫ですか、おばさま」
私は慌てて立ち上がってティーカップを支えた。
シモンヌが布巾でドレスにこぼれたお茶を拭き取る。
「だ、大丈夫よ。大丈夫。ごめんなさいね、シモンヌ。もう一杯お茶を頂けるかしら」
ほっと一息ついて、シモンヌがカップにお茶を注ぐのを黙って見つめた。
ステラ夫人は気持ちを落ち着けるように、注ぎ終わったカップをすぐに取って口元に運んだ。
私はそれを見届けてから、もう一度さっきの質問をした。
「ロイ様をご存知ですか?」
ステラ夫人は飲みかけたお茶をブ――ッと噴き出した。
「あつっ、きゃっ、なんてことでしょう」
「奥様、大丈夫ですか?」
シモンヌが再び布巾でこぼれたお茶を拭き取った。
「おばさま……あの……」
「ああ……えっと……ロイ様だったかしら? えーっとどなたのことかしら? そんな名前の方がいらっしゃったかしら?」
ステラ夫人は口元を拭いながら慌てて答えた。
「アルフォード様のご長男をご存知ないのですか?」
知らない方がおかしい。
「あ、ああ。もちろん知ってるわ。年をとると物忘れがひどくて困るわね。ええ、ええ。知ってますよ。ただの甥っ子です。まったく無関係なただの甥っ子です。あらあらネロったら美味しそうにクッキーを食べること。私も一ついただこうかしらね」
ステラ夫人は話をそらすように、手を伸ばして籠からクッキーを一つ取った。
「そういえば先ほどどなたか来客があったようですね。誰ですか?」
私が言うと、ステラ夫人はシモンヌが再び淹れたばかりのカップにボチャンとクッキーを落とした。
「ま、まあっ! 嫌だわ、私ったら今日はどうかしてるわね。ほんとにどうしちゃったのかしら。シモンヌ、悪いけれどカップを替えてくれるかしら? それで、えっと何の話だったかしら、レイラ?」
ステラ夫人は引きつった笑顔で私を見た。
「……」
この善良なおばさまに隠し事は絶対無理だ。
やっぱり私達のことにロイ様がからんでるのですね?
そしてさっき来た人はロイ様なんですね?
よく分かりました。
心配しないで、おばさま。
見た目は子供でも中身は二十歳の大人なんです。
大人の対応で知らないふりをしてみせます。
「なんでもありません、おばさま。何の話だったか忘れてしまいましたわ。私ももう一つクッキーを頂きますね。本当に美味しいクッキーですわ」
「あ、あら、嬉しいことを言ってくれるわね。さあ、遠慮しないでどんどんお食べなさいね」
ステラ夫人は安心したように落ち着きを取り戻した。
しかし、その午後、今度は別の珍客が現れた。
次話タイトルは「ありえないお客様」です




