40、ウェッジウッドブルー
「あのサインの色。あの絵の具はどこで手に入れたのですか?」
エミリアは窺うように尋ねた。
まずい。
まさかいきなりエミリアにそんなことを聞かれると思わなかった。
「あ、あれは……その……えっと、ちょっとしたツテがあって……」
「ツテ?」
「そ、そうよ。どうしてそんなことを聞くの?」
私は質問を返して誤魔化した。
「実はあの絵の具と同じ色を見たことがあります」
「それってもしかして……」
私もこの世界で見ている。
それは……。
「アンソニー様の指輪です」
やっぱり。
「そして同じ指輪をロイ様もレナルド様も持っています」
そういえばレナルドはつけていた。
ロイ様は緊張していてよく覚えてないけど、つけてたかもしれない。
少なくとも黒馬車の王子様と同じような装いはしていた。
「アルフォード家の男子はみんな持ってる指輪なの?」
「いいえ、違います」
エミリアは首を振った。
「あれはアルフォード家の家督相続権の第三位までの男子が身につけるものです」
「第三位……」
じゃあ黒馬車の王子様はあの三人の内の誰かってこと?
「そして重要なのは、あのブルーはアルフォード家の色だということです」
「アルフォード家の色?」
「はい。正式な場で用いる紋章のユニコーンは、必ずあのブルーで描いているのです。指輪の台座にはユニコーンの絵が描かれ、精巧に細工されています。だからその内部の色を受けて透明な水晶がブルーに光って見えるのです」
「そうなんだ……」
そういえば、そんな感じだった。
「あのブルーは確かアルフォード家が独自に調合した色で、門外不出だったはず。だからどうしてレイラさんがその絵の具を持ってるのか不思議だったんです」
「そ、それは……」
そんな重要な色だったなんて……。
「噂では滅多にとれない貴重な宝石を砕いた粉を混ぜているとか」
「ほ、宝石? わ、私のは違うわ。そんな凄い粉は混ぜてないわ」
絵の具百色セットは高かったとはいえ、宝石を買うような値段ではない。
「だったら良かったです。本物だったら大変なことになります」
「た、大変って、どう大変なのかしら?」
私はごくりと唾を飲み込んでエミリアに尋ねた。
「アルフォード家の門外不出の絵の具を盗んだことになります」
ひーっ!
アルフォード家の物を盗むって、それ牢屋行きじゃないの?
ましてやそんな門外不出の絵の具を盗んだりなんかしたら……。
ぜ、絶対、死刑じゃないの!
ど、どうしよう。
やっぱりあのサイン消しておけばよかった。
ああ、私のバカ、バカ。
なんで調子にのってサインなんて書いちゃったのよ。
どうか誰もサインに気付きませんように。
特に桐島くん。
いや、違った、ロイ様。
あの人絶対怖そうだもん。
どうか、神様、ほとけ様。
この憐れな美少女をお守り下さい。
◇
そのまさに時を同じくして。
アルフォード家の金襴豪華な一室では……。
金糸で全面に刺繍がほどこされた椅子に腰掛け、一人の男がブリキのケースを眺めていた。
ウェッジウッドブルーの指輪がはめられた手には、あの試作品のケースが。
彼の美しいブルーの瞳は、シンデレラ城が描かれたフタではなく、側面を見つめている。
そしてもう片一方の手にはマッチのケースを持っていた。
スライド式の、レイラが一番最初に作ったマッチケースだ。
しばらく両方のケースを眺めたあと、ふっと微笑んでから口を開いた。
「ウッズ」
呼ばれた側近は「はい」と答えて、男の前にひざまずいた。
それは以前、黒馬車の王子に付き従っていた強面の男だ。
「今から街に行く」
男はマッチケースをポンと投げて受け止める。
「今から……でございますか?」
ウッズは、怪訝な顔をする。
あまりに急な話だ。
「人探しだ。レナルドが気付く前に動かなければならない」
「レナルド様が……」
男はもう一度マッチケースを投げて受け止めた。
そしてそのまま立ち上がる。
「すぐに出るぞ。用意しろ」
ウッズは拝礼して答えた。
「かしこまりました、ロイ様」
次話タイトルは「セリーヌ、捕まる」です




