35、プロポーズ?
「では、これは土産品の一つに加えてよろしいのでございますね?」
執事さんが確認するように尋ねた。
「ああ。いいだろう。褒美をとらせよ」
「かしこまりました」
「下がってよい」
アルフォード様が命じて、私とケンはほうっと安堵の息を吐いて頭を下げた。
だが。
「ああ、ちょっと待って」
立ち去ろうとした私達を桐島くんが呼び止めた。
「君。絵師の子。名前はなんだっけ?」
「レ、レイラでございます」
「ふーん。レイラか。貴族ではないんだね」
「は、はい」
貴族どころか貧民だ。
「気に入った。覚えておこう」
桐島くんは優美に微笑んだ。
「は、はい。ありがとうございます」
なんだろう。どういう意味?
ひやりと心がざわめく。
なんか前世でもこんなことがあったような……。
なんだっけ?
緊張で思い出せない。
ともかく、早く退出しよう。
ここにいるのは危険だと本能が叫んでいる。
私とケンは足早に部屋を出て控えの間に連れていかれた。
そして報酬として十万ルッコラと、褒美の品としてアルフォード家御用達のプレートを頂いた。これを店に飾るということは大きな箔になる。
商売人が誰しも欲しがる三ツ星のようなものだ。
私達はそれらを受け取って、無事屋敷を出ることが出来た。
◇
ケンと二人で馬車に揺られながら、ようやく人心地ついた。
「ふ~っ。緊張した。ともかく受け取ってもらえてよかった」
「うん。いろいろ危なかったね」
「レイラのおかげだよ。君がいてくれてよかった」
「そんな。でもこれでスランへの借金が返せるわ。助かった」
スランへの借金はいつの間にか990ルッコラに膨れ上がっていた。
ヨハンに渡すお金が大きいが、湯宿の代金もひびいている。
帰ったらまたどんどんブリキの絵を描かなくちゃ。
「スランに借金してたのか?」
ケンは少しむっとした顔で尋ねた。
「あ、うん。このケースを描いてる間は、他の仕事が出来なくて収入がほとんどなかったから」
「そういうことなら俺に言ってくれたらよかったのに。前金で先に渡すことも出来たのに」
「うん、ありがとう。でもちゃんと報酬がもらえるかも分からなかったし」
「もしアルフォード様に卸せなくても、レイラの報酬は払うつもりだったんだ。俺ってそんなに信用なかったんだな」
ケンは少しすねたようにむくれている。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。あなたの事は信用してるわ」
まさかそんなことでケンが怒ると思わなかった。
「いや、俺こそごめん。気付かなくて。ヨハンの家で貧乏してるのが分かってたのに、俺ってそういう細かい気配りが出来ないんだよな。ごめんな、レイラ」
ケンにも少し弱者を思いやる気持ちが育っているようだ。
前世の意地悪な野球部男も、ケンのように変わっていってたのかもしれない。
その後会ってないから嫌なイメージのままだったけど。
人は成長するのね。
前世の先入観で人を判断しない方がいいのかもしれない。
「ケンには感謝してるの。ロリポップの仕事ができたおかげで、ようやくヨハンから離れる目途がついたわ」
前世では嫌なやつだと思ってたけど、この世界のケンには本当に救われた。
スランもケンも大切な友人だ。
「そのことなんだけど、レイラ」
「そのこと?」
「うん。ヨハンの家を出るなら、いい方法があるって言っただろ?」
「あ、うん。そうだったわ。どんな方法なの?」
「うん。ヨハンの家を出るなら、別に寝泊りできる場所が必要ってことだろ?」
「そうなのよね。どこか住み込みで働ける場所があればいいんだけど。それにしてもネロも一緒に住ませてくれるところなんてあるかしら?」
「ネロは幼いけど手先が器用だろ? 飴職人の見習いをしたらどうかと思うんだ」
私はハッとケンを見つめた。
「まあ! 本当に? そんなこと考えてもなかったわ」
「うちの職人も何人か住み込みで働いてるんだ。良かったらネロもうちに来ればいい」
「ケン……。なんて素敵な提案なの? すばらしいわ!」
私はケンの両手を取って目を輝かせた。
「じゃあネロの住む場所さえ確保できたなら、私はスランの工房でとりあえず寝泊りしながら働き先を探してもいいわね」
「ち、ちょっと待てっ! なんでレイラがスランのとこに泊まるんだよっ!!」
ケンが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「え?」
「だ、だからっ! レイラもうちに来ればいい」
「私も飴職人の見習いになるの?」
まっちょの職人たちを見る限り、男性の力仕事だと思ったけど。
まあ、気合を入れれば二十の元ブス女根性でできるか。
「だから違うって!! もう、なんで分からないかなあ」
「あ、もしかしてセリーヌをやめさせて私が売り子になるってこと? そ、それはちょっと……嫌だなあ」
セリーヌにとことん恨まれそうだ。
「いや、レイラは家で絵を描いててくれていいよ。売り子は別に雇うから」
「じゃあネロと一緒に住み込みで雇ってくれるってこと? だったら私が職人さんの住まいを掃除したりすればいいわね。家事なら一応ひと通りできるわ」
「あんな野郎ばっかりのところにレイラを住ませられるわけがないだろっ!」
「え? じゃあ……」
「だからっ!! 俺の妻になればいいってことだよ!」
ケンは言い切ると、真っ赤になって目をそらした。
つ?
「つ、つつつつつつ、つまあああ?!」
私は驚きのあまり立ち上がって馬車の天井にしこたま頭を打ちつけた。
次話タイトルは「妻」です




