34、会いたくないのは……
「君がこのケースの絵を描いたって? ほんとうに?」
この声。間違いない。
前世よりも少し気取った話し方だけど、おんなじだ。
「はい。私が描きました」
声が震える。
苦手な人。
まさか、彼が黒馬車の王子様だったの?
彼の名は……。
桐島 拓也。
直子の一番最初の彼氏。
私の同級生で、サッカー部のエース。学年でも一番モテモテのクラスメート。
そして……。
私の初恋の相手でもある。
そう。
会いたくないのは……。
好きだったから。
叶うはずもない、惨めな惨めな片思いだったから。
別に付き合おうなんて思ってなかった。
ただ遠くから眺めているだけでよかった。
名前も覚えてもらえなくてよかった。
手の届かないアイドルのように、見ているだけでよかったのに。
直子の彼氏になったことで、すべてが崩れた。
『桐島くんの彼女のブスの姉』
そんな惨めな称号なんていらなかった。
人畜無害のブスだったはずの私は、同級生たちの直子へのやっかみを全部受け止めることになり、桐島くんに嫌でも認識させざるを得ない存在となってしまった。
「おーい、拓也のかーのじょ! うわっ、ばけもの!」
「おいおい、違うだろ? こっちはブスの姉の方」
「そうそう。拓也がこんなブスと付き合うわけねーじゃん」
桐島くんのサッカー部の友達は、私を見るとからかうようになっていた。
「おい、お前ら早乙女さんに失礼だろ? ごめんね、早乙女さん」
桐島くんはそのたび私に謝ってくれた。
でもその優しさすらも惨めだった。
だってそれは友達の暴言への否定ではなく、完全な肯定からの謝罪だったから。
分かってる。
否定した方が嘘くさい。
そんな歯の浮くような嘘がつけるはずがない。
でも、その歯の浮くような嘘をつくのが青沢さんだった。
「麗羅さんはブスじゃないですよ。とても綺麗です」
目の神経が一本切れてるんじゃないかと思った。
よくそんな見え透いた嘘をつけるものだと笑いたくなった。
それなのに真顔で言う青沢さんに嘘だと分かっていてもトキめいた。
ブスを喜ばせて何を企んでるんだと怪しみながらも嬉しかった。
そんな見え透いたお世辞一つで簡単に好きになってしまう自分が情けなかった。
そして私が好きになった彼らの目は、ことごとく直子を見ているのだ。
こんな惨めなことってある?
それなら最初から思わせぶりな態度なんかせずに、ブスだとこき下ろしてくれた方がまだマシだ。
望みもないのに好きにさせないで。
「ちょっと見せてくれる?」
桐島くんが言うと、執事さんがブリキのケースを一つ手に取って渡した。
「へえ~。すごいもんだね。父上のお抱えの画家たちと違って、ポップな絵柄ですね」
桐島くんはアルフォード教授に見せながら言った。
父上ということは、二人の息子のどちらからしい。
「こんなものは芸術ではない」
ひーっ。
やっぱりこの世界の教授も私の絵は認めてくれないんだ。
「……じゃが……。贈り物のケースとしては悪くないな」
え? うそ。
褒めてくれた?
教授が初めて私の作品を褒めてくれた。
「私は気に入りましたよ。この絵も、その絵師も」
桐島くん。
やっぱりこの世界でも物腰が柔らかい。
弱者にも優しい人だった。表面上は。
「でもなぜ1ケースだけ少し大きいんだろう?」
桐島くんは積みあがったケースを見て首を傾げた。
うう、まずい。
「それにつきましては、アンソニー様が十ケース揃ってないからと切り捨てるには惜しいということで、検品を通したようでございます」
執事さんが答えた。
「アンソニーが?」
一瞬、桐島くんの視線が鋭くなったような気がした。
「勝手なことを。アンソニーのスタンドプレイにも困ったものですね、父上。私からきつく注意しておきましょう」
なんか雲行きが怪しくなってきた。
アルフォード様は険しい顔でケースを開いて中の飴とコンフェイトを眺めている。
そしてしばらく眺めまわしてから口を開いた。
「まあ九ケース揃ってるならいいだろう。確かに落とすにはもったいない。いつも同じような土産ばかりで飽き飽きしていたところだ。これなら使節団の方々も珍しがるに違いない」
よ、よかった。
私たちのせいでアンソニー様まで怒られるのかと思った。
「ではアンソニーのお手柄ですね。褒めておきましょう」
桐島くんはにっこりと微笑んだ。
今のはどっち?
アンソニーを陥れようとしたの?
それともわざと厳しく言ってアルフォード様が庇うようにもっていったの?
分からない。
分からないけど、前世の桐島くんもちょっと怖い人だった。
時々どっちか分からないことを言う人だった。
次話タイトルは「プロポーズ?」です




