31、ソフィー
「ど、どうしたの? こんなところで」
小さな女の子はしくしくと泣いていたようだ。
「あなたはだあれ?」
女の子は驚いたようにブルーの瞳を丸くしている。
「わ、私はレイラというの。ここに商品を納めに来ているのよ」
「レイラ……。私はソフィー」
ネロよりも幼い。八歳ぐらいだろうか。
それよりもこの服装は……。
小さいながらも袖の膨らんだドレスにはフリルがたくさんついていて、襟と裾にはレースが三重についている。これは間違いなく貴族の子供だ。しかもかなり位の高い……。
「あの……お母さんは? どうしてこんなところで泣いてるの?」
迷子だろうか。
「お母様は……大嫌いなの……」
「大嫌い? どうして?」
「あのね、ソフィーのお母様はソフィーのことが嫌いなの。だからソフィーも嫌いになるの」
「なぜ嫌いだと思うの? あなたみたいな可愛い子を嫌いなお母さんがいるかしら?」
お世辞じゃなく、本当に目の大きな愛らしい子だった。
「だってね、ソフィーは金髪じゃないもの。お母様はレイラみたいな金髪の子供が欲しかったの。それにそばかすだらけで、誰に似たのかしらっていつも嫌な顔をするの」
ソフィーは確かにそばかすがあって、髪は赤毛の混じったストロベリーブロンドだった。
「ソフィーはブスでしょ? お母様もお兄様たちも、みんな綺麗な金髪でとっても美しいのに、ソフィーだけブスなの。だからいい縁談もないんだって」
ソフィーはそう言うと、くすんくすんと再び泣き始めた。
なんだか前世の自分を思い出した。
私の両親は私がブスだからと差別することはなかったけれど、いつも一人で生きていけるだけの仕事を持ちなさいと言い続けていた。
直子にはそんなことは言わなかったのに。
きっと結婚は無理だろうと諦めてたんだろう。
そんな心配をさせる自分が惨めだった。
「そんなことはないわ、ソフィー! あなたはとっても可愛いわ。その髪だってただの金髪よりもずっと素敵よ。羨ましいぐらいだわ」
「うそよ。赤毛は貧民に多いのよ。これは卑しい髪色なの。そばかすは日に焼けた農夫に多いんですって。私はとても醜いの」
「なんてことを……。誰がそんなことを……」
母親だろうか。自分の子供になんてことを言うのよ。
「いいわ。ソフィー。私があなたが美しいってことを証明してあげる」
「レイラが? どうやって?」
「ふふふ。私は実は魔法使いなの」
「魔法使い?!」
ソフィーが目を輝かせた。
「しーっ! これは内緒なのよ。だから誰にも言わないでくれる?」
「うんっ! 分かった!」
私は首にかけていた鍵を取り出しジュラルミンケースを開いた。
「わああっ! なあに、これ?」
ソフィーがケースの中身を見て目を見開いた。
「魔法の道具なの。私にしか使えないのよ。だから内緒ね」
「うん。誰にも言わない!」
上の段の絵の具を取り出し、下の段のメイク道具を広げる。
「さあ、魔法をかけるわ。目を閉じて」
「うんっ!」
ソフィーは素直に目を閉じた。
まずは化粧水。
「ひゃっ。冷たい!」
「少しだけ我慢してね。痛いことはないから」
とても白い肌だ。
だから余計にそばかすが目立つんだろう。
白いコンシーラーで隠して一番白いファンデを軽くのせよう。
さらにチークをのせることで、そばかすを完全にカバーして子供らしい元気な顔色に。
こういうタイプの人は全体に色素が薄いために、薄幸な印象になりがちだ。
ソフィーもどういうわけか髪は赤いのに眉毛は金色で薄く、遠目には無いように見える。
唇もほとんど色が無い。
せっかくの大きな目もまつ毛が金色のせいか地味に見える。
子供だからけばけばしくならないように、でも主張すべき眉や目元はきちんと色を入れよう。
アイブロウは黄色に近いハニーブラウンで自然な形で。
目元には隠しアイラインでアクセントをつけてブラウンのマスカラを。
唇はつやのあるピンクのリップで自然に。
「少し髪を直すわね」
クセの強いストロベリーブロンドの髪はツインテールにしてリボンで高く結ばれていた。
これだとかえってボリュームを感じてしまう。
少し位置を下げてリボンで編みこんでボリュームを抑えてみよう。
「さあ、出来たわ。見てみて」
私は手鏡をソフィーに渡した。
「こ、これ……私なの?」
ソフィーは鏡を覗き込んで目を丸くした。
「そうよ。どう? ブスだと思う?」
ソフィーはブルブルと首を振った。
「ううん。とっても綺麗……」
「あなたのお世話をする人の中にメイクの出来る人はいるかしら?」
「うん。ソフィーはまだ子供だからメイクはいらないって髪だけやってくれるの。でもお母様にはメイクもしてるわ」
「この髪をやった人なのね……」
正直あまり巧くなさそうだ。
「ともかくこのメイクを落とす時によく見ておいてね。美人に変身したい時は、この通りにメイクしてもらえば、誰にもブスなんて言われないわ」
「レイラは? レイラにやって欲しいわ」
「私は……もう行かなきゃ……」
すっかり夢中になってメイクしてたけど、ケンが心配しているはずだ。
誰かにこんなところを見つかってもまずい。
「やだ、レイラ、行かないで。私のメイク係になって」
「ご、ごめんね、ソフィー。行かないとダメなの」
「やだやだ。レイラがいい」
「しーっ! ソフィー、大きい声を出さないで。見つかるとまずいの」
「やだやだ!」
ぐずり出してしまった。
まずいまずいと思ったその時……。
バンッとドアが開いた。
「ソフィー! こんなところにいたのか、探したぞ!」
しまったああ!
見つかってしまった。
私はおそるおそる振り向いて声の主を見た。
そして唖然とした。
なぜなら……。
その顔は前世でよく知っている顔だったから……。
次話タイトルは「一番会いたくなかった男」です




