32、一番会いたくなかった男
「あなたは……」
バクバクと心臓が鼓動を繰り返している。
まさかこの人のそっくりさんまでいるなんて……。
一番会いたくない人なのに。
一番大嫌いな人なのに……。
前世で直子に一番最後に紹介された人。
まだ彼氏ではなかった。
直子が夢中になっていて、必死にアピールしてる段階だった。
そのアピールの一環として、私が紹介されたのだった。
彼は某大手お菓子メーカーのエリートサラリーマンだった。
社長の甥だかなんかで、直子いわく将来有望のイケメンらしかった。
彼の会社の新製品の試食会に直子が応募して出会ったらしい。
直子はひと目で気に入り、また試食会があったら呼んでくれとしつこく頼んだようだ。
そして次の試食会には引き立て役として私を連れていった。
そうして出会った、某一流企業のイケメン……。
名前は、青沢 律。
もう二度と会うこともないと思っていたのに……。
どうしてこんな所で……。
「君は誰だ? ソフィーに何をしている!」
その男は怪しむように私に尋ねた。
「わ、私は何も……」
「ソフィー、こっちにおいで。何もされなかったか?」
完全に不審者扱いだ。
しかも今さら気付いたけど……。
顔は青沢さんなのに、髪は長い金髪を後ろでゆるく結び、アンソニーと同じような貴族の衣装。瞳はブルー。年は青沢さんは二十七だったが、もう少し若い感じだろうか。そして……。
ウェッジウッド色の石のついた指輪。
黒馬車の王子様の条件をすべて満たしていた。
「お兄様、違うの!」
ソフィーが叫んだ。
お兄様……。
つまりソフィーの美しいお兄さんの一人ってこと?
「なにが違うんだ、ソフィー?」
「ほら、見て。私、綺麗でしょ? この人に魔法をかけてもらったの」
「魔法?」
青沢さんはますます怪しんで私を見た。
そして私はジュラルミンケースが開けっぱなしだったことに気付いて慌てた。
ケースの片側を上げて青沢さんから見えないようにして慌ててメイク道具を片付ける。
そして一段目の絵の具をしまって、ケースを閉じようとした。
だがその手をガッと掴まれた。
「待て! なんだ、これは?」
手を押さえられ、中を見られた。
まずい。こんな大人に魔法の道具なんて言って通用するわけもない。
「絵の具? 絵を描くのか?」
この世界で絵の具が分かる人は初めてだ。
じっくり見たらこの世界のものじゃないってバレてしまう。
しかも青沢さんって前世でも鋭い人だった。
どうしよう……。
「お兄様、レイラはメイクが出来るのよ。ほら、見てったら。ソフィー綺麗でしょ?」
ソフィーが青沢さんの腕をとって甘えている。
よし、今のうちだ!
私は掴まえられた腕を振り払って、あわててジュラルミンケースを閉めると鍵をかけた。
そしてワンピースの胸の中に、首にかけた鍵を押し込んだ。
「あっ!」
青沢さんは私の早技に意表をつかれたようだ。
「待て! もう一度開けろ!」
「も、もう開けられません!」
「今、鍵を持ってただろう! それで開けろ!」
「鍵なんてありません!」
「うそをつけ! 今胸元に入れただろう」
「知りません。まさか……レディの胸元を探るおつもりですか?」
私が言うと、青沢さんは少し動揺した。
「え? い、いや、そんなことは……」
「お兄様、レイラをいじめないで! 私を美人にしてくれた魔法使いなのよ」
「いや、いじめてるわけでは……」
困ってる顔が青沢さんと同じだ。
積極的な直子にいつも困ってたっけ。
どういう育ち方をしたのか、今どき珍しく堅実で真面目な人だった。
女性の免疫もあまりないのか、美人の直子に色気たっぷりに言い寄られて、いつも顔を真っ赤にしてあたふたしてたっけ。
それなのに仕事となると別人のようにテキパキとこなすギャップがたまらなく素敵なの、と直子はのろけてた。
積極的な直子と奥手の青沢さんはとてもお似合いで、そういえばいよいよ直子が告白すると宣言してたっけ。いつまでたっても進展のない青沢さんに直子が痺れを切らせて、自分からハニートラップを仕掛けるのだと息巻いていた。
結果を知らないままに私は転生してしまったけど、あのあとどうなったのかな。
別に知りたくないけど。
そう、知りたくないの。
だって私は……。
「じ、じゃあ私は行くわね。さよなら、ソフィー!」
青沢さんがソフィーに捕まってる間に、私はジュラルミンケースを引っ掴んで部屋の外に飛び出した。
「あっ! 待って、レイラ!」
「おい、待て! まだ話は終わってない」
呼び止める声が聞こえたが、そのまま大急ぎで隣のケンの待つ部屋に飛び込んだ。
「レイラ、どこに行ってたんだ。いつまでたっても戻って来ないから心配してたんだぞ」
ケンの言葉にも耳を貸さず、だっと走ってソファーの後ろに隠れた。
すぐにドアの開く音がした。
「ここじゃないのか? どこへ行ったんだ?」
「お兄様、だからソフィーが言ったでしょ? 魔法使いなんだって」
「そんなバカなことがあるか。中庭の方へ行ったのかな?」
「だから魔法で姿を消したんだったら」
ドアが閉まり、二人の声が遠ざかっていく。
私はソファの後ろでほうっと安堵の息を吐いた。
次話タイトルは「二番目に会いたくなかった男」です




