26、アルフォード邸
「な、な、な、なに? ここ?」
田舎道をしばらく走った後あらわれたのは大きな森だった。
小麦畑の広がるのどかな風景の中に、牧場やら農夫の家らしきものがポツポツと見えていた。
前世の修学旅行で行った北海道の大自然と似ている。
遠くに大きな建物が密集している場所が蜃気楼のように見えているが、それが私達の街らしい。
少し坂を上っているせいか、ゴミゴミした街の姿が遠くに見渡せる。
街から真っ直ぐ伸びる一本道だけが馬車の通れる道になっていた。
そしてその行き着く先は森だ。
その森の中にも綺麗な一本道が通っている。
そして樹々を掻き分けるようにして辿り着いた先に、突然大きな門があらわれた。
門兵らしき男の人が何人も立っている。
そして馬車を開けて中を確認した。
ケンが手紙のようなものを見せると、それを確認するのに十分ほどもかけて、ようやく中に通された。
だが門の中ももちろん森だ。
ど、どういうこと?
これ全部アルフォード家のお屋敷ってこと?
「あ、小川が……」
敷地に川が流れてます。
「あ、子鹿が……」
野生動物も住んでます。
これは私が思うに、フロリダのディ○ニーワールドの規模だ。
敷地内にサファリパークの一つや二つは作れそうだ。
うん。キリンぐらい出てきても驚かない。
「いや、どんな金持ちよ……」
ケンも初めてのお屋敷に驚いている。
「噂には聞いてたけど……想像以上だ……」
庶民が想像できる規模ではない。
そしてようやく森が途切れたかと思うと、前方に巨大な城が建っていた。
いや、まだ庭園やら噴水やらが続いてるんだけど、そのずっと先に見えてる。
それはまぎれもなく……。
「リアルシンデレラ城……」
ううん。ナンシーが言ってたように、もっと大きい。
横に長くて塔が連なっている。
窓は……何個あるのか分からない。
だが馬車が停まったのはシンデレラ城の前ではない。
そのもっと手前に馬車の列が出来ていた。
テントのようなところで軍服のような衣装の男達が検品している。
危険物チェックも兼ねてるようだ。
大きなお店を持つ商売人がほとんどらしく、貴族ではないものの豪華な馬車が並んでいる。
常連らしい彼らはすんなり通されているが、町馬車に乗った商人や農民は念入りに品物を調べられていた。
「おい、なんだこれは?」
「へい。チーズです。最高級の牛のミルクを丁寧に熟成させて作った、町でも評判のチーズなんです。貴族様の有名料理店にも卸していますんで。このたびはアルフォード様にご注文を頂き、なかでも一番出来のいいものを持ってまいりやした」
農夫らしい男性は一応スリーピースの衣装ではあるが、薄汚れて袖が擦り切れている。
「贈答品だと言わなかったか? なんだこの包み紙は?」
「へい。いつもこの紙に包んで売ってるんですが、贈答品だということで三重に包んでおりやす」
五号ケーキぐらいの丸いチーズが茶色のペーパーで包んであった。
端がちょっと破れてたりシワシワになっている。
「こんなものを使節団の方々に渡せるか! 清潔で高級感ある包装をと通達で知らせていたはずだろうが」
「そ、そうは言いましてもワシら農夫にはこれ以上の包装など思いつきやせんで……。ですが味には自信があります。世界一のチーズだと思っておりやす」
「どれほど美味しくてもこんなものを渡せるか! 匂いももれて馬車がチーズ臭くなる」
「し、しかし……」
「だいたいその恰好はなんだ。そんな恰好でアルフォード様の前に出られると思ってたのか」
検品係の男達はやれやれという顔で呆れている。
「ほら、とっとと品物を持って帰れ!」
「で、でも……」
「次がつかえてるんだ! 早く行け!」
農夫は追い払われるようにして、粗末な馬車に乗って立ち去っていった。
私とケンは馬車の窓からその様子を見て目を見合わせた。
「思ったよりも厳しそうね。大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。このブリキのケースならちゃんと通れるよ」
「でもあの農夫の人は気の毒ね。はるばるここまで来たのに馬車賃ももらえないの?」
「声をかけてもらっただけでも名誉なことだ。仕方がないよ」
つまり私達もここで何の報酬ももらえず帰される可能性もあるってこと?
困るんだけど。
それでなくともスランへの借金ばかりかさんでるのに。
次の人は高そうな個人用の馬車で、中からはお腹がでっぷり前に出た金持ちそうな男の人が出て来た。
「『ゴディチャゾフ デュ ショコラ』だ。一番高いチョコレートのセットを十ケース持ってきた」
「いつもご苦労さまです」
さっきの農夫とずいぶん態度が違う。
付き人のような男が馬車からそそくさと陶器の器を検品係の前のテーブルに運んでいる。
「これは君達にお土産だ。みんなで分けてくれ」
男は封筒のようなものを検品係にそっと手渡した。
「これはこれは、いつもありがとうございます。ゴディチャゾフのチョコレートは本当に美味しくて、いつも取り合いになるんですよ。ささ、どうぞ五番の札を持ってお城の待合室でお待ち下さい」
検品係がもみ手でおべっかを言いながら受け取った。
こ、これは……。
袖の下。賄賂。裏金。越後屋。
はっとケンを見た。
しかし彼はブルブルと首を振った。
純粋な十六歳の平民がそんな黒いものを用意してるわけがなかった。
次話タイトルは「緊急事態」です




