18、試作品完成
愛してるなんて……。
子供を捨てる母親に言う資格なんてない。
暴力を振るう父親の元に置き去りにして、なにが愛してるだ。
どうにも出来なかった?
他に道がなかった?
道なんて作ればいくらでも出来るのよ。
自分で作ろうとしなかっただけじゃない。
弱いから逃げても許されると思ってるの?
そうね。
逃げてもいいわ。
今まで逃げなかった方がどうかしてる。
でも、どうして……。
子供を連れていかないの?
無力な自分といれば不幸にしてしまうから?
子供のため?
それなら子供が幸せになれる場所を用意してから去りなさいよ。
自分が堪えられないような場所に子供を置いていくなら、それは見殺しにしたと同じなのよ。我が子を地獄に残して自分だけ逃げたのよ。
どれほど不幸な境遇だったからといって許されると思わないで。
自分も被害者だったなんて、その罪が免除されるなんて思わないで。
私はいいわ。こんなクズ親たちに最初から愛着なんてない。
でもネロは……。
ネロはあんた達みたいなろくでなしを、本気で愛してたのよ。
何度傷付けられても、何度裏切られても、まっすぐ愛してたのよ。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
母親にもらったショールを抱き締めて、粗末な藁の中で眠りにつくネロを、私は力一杯抱き締めた。
「なんでもないわ。あなたは何も心配しなくていい。何があっても私が守るから」
「なあに? 急にどうしたの?」
「明日はネロにも色を塗るのを手伝ってもらうわよ」
「え? ホントに? 僕も塗ってもいいの?」
「ええ。だから早く寝て早起きするのよ」
「分かった。ホントはもうとっても眠いんだ」
「いい子ね。安心して眠りなさい」
すやすやと寝息を立て始めたネロを抱き締めながら、私は結局朝まで眠れなかった。
◇
アンナが出て行って三日が過ぎた。
ヨハンは鬼のように怒って荒れるのかと思ったら、飲んだくれてメソメソ泣くようになった。
殺すとまで言ってたくせに、いなくなったら淋しくなったらしい。
そんなに大事なんだったら、なぜあんな酷いことをしたのよ。
愛してたから浮気を許せなかった?
そんなこと言わせないわ。
あんた達が愛を語るな。
ネロはアンナが帰らないことに気付いているはずだが、何も聞かなかった。
知るのが怖いのか、母親の話題を避けている。
そしてブリキに黙々と色を塗っている。
はけのような筆を使って下地を塗ってもらった。
すでに三つ目の試作品だった。
ネロは意外にも手際が良くて仕事が早い。
思わぬ才能だった。
私はまだ最初の試作品に絵を描いていた。
どういう絵がこの時代にうけるのかは分からない。
分からないなら自分が一番得意で描きたいものを描くしかない。
結果、やっぱりおとぎ話の世界を描いていた。
最初の試作品はシンデレラ城。
とんがり屋根の塔と長い階段。
アーチ型の窓と広いバルコニー。
くじけそうな気持ちを振り払うように夢中で描いた。
描いている間だけは悲しみも不安も忘れてられるから。
そしてようやく一個目の試作品が出来上がった。
◇
「スラン! 試作品が出来たの。どうかしら?」
私はネロと一緒にさっそくスランに見せにいった。
「……」
スランはしばらく眺めまわしてから「すげえ……」と一言つぶやいた。
ネロの塗ったスカイブルーの下地に真っ白な城が映える。
葉っぱと小花の飾り枠で華やかに演出して。
前世では教授に手垢まみれと言われながらも、ただただ好きでひたすら描いていた絵だ。
「あの地味なブリキの缶が、高級な芸術作品みたいだ。すげえ。すげえよ、レイラ!」
「ホント? これならアルフォード様も認めて下さるかしら?」
「おおよ! 絶対目に留めて下さるはずだ。間違いない!」
嬉しい。
前世では誰も見向きもしてくれなかったのに。
「良かったね。お姉ちゃん」
いつもは目をキラキラさせて一番に大絶賛するはずのネロは、静かに微笑んでいた。
たった三日で、何かを達観したように静かな子供になっていた。
ネロが急に大人になったようで……。
私は少し淋しかった。
次話タイトルは「ケンの反応は……」です




