17、忘れ物
「出来たわ」
ボサボサの髪も整えてから、アンナに手鏡を渡した。
「すごい。全然分からないわ。レイラは本当に魔法使いなのね」
アンナは感動したように手鏡に映る自分に見惚れている。
「良かった。じゃあ急いでお店に行かなきゃ」
アンナは何事もなかったように立ち上がると、そそくさと出かける準備を始めた。
「今は目立たないけど、腫れてきたり青アザが浮き出てくるかもしれないわ。少し店に顔を出したら帰ってきた方がいいと思う」
私が言うと、アンナは困ったような顔をした。
「それは困るの。ねえ、そうだわ。その化粧品を今日だけ貸してちょうだい。青アザが浮き出てきたら、自分で塗ってごまかすから」
「初めて使う人が自然な感じにするのは無理だと思うわ」
ドーランの扱いは難しい。
素人が使うとピエロの白塗りみたいになってしまうはずだ。
「大丈夫よ。いいから貸してちょうだい。これとこれとこれと……」
アンナは勝手に私のジュラルミンのケースから、いつもアンナに使っているファンデーションと口紅と、今使ったドーランを取り出した。
「あ! ちょっと勝手に取らないでよ」
「いいじゃないの。すぐ返すから。ほら、その代わりこれを二人にあげるわ」
アンナはカバンの中からゴソゴソとショールのようなものを取り出した。
そして私とネロのそれぞれの背中にかけて、前で結んだ。
「私がいつも寒そうな恰好してるからってお客さんがくれるのよ」
それはヨハンが言ってた浮気相手のお客さんだろうか。
安っぽくて細い毛糸で編んだ、ペラペラのショールだ。
でもネロは嬉しそうに喜んでいる。
「うわあ。あったかい!」
「それからお小遣いもあげるわ。これで好きな物を買いなさい」
アンナは私とネロに10ルッコラずつ手渡した。
「わあ! こんなに? いいの? お母ちゃん」
いつもは1ルッコラがせいぜいなのに妙に気前がいい。
そしてネロと私をぎゅっと抱き締めた。
「愛してるわ、ネロ、レイラ」
愛情に溢れた母親の言葉のはずなのに、私は嫌な予感ばかりがした。
「じゃあ行ってくるわね。二人ともいい子で眠るのよ」
「うん! お休みなさい、お母ちゃん」
ドアを出て行く母親を見送ってから、ネロは母親にもらったショールをはずして大事そうに抱き締めては眺めている。
「ちょっと待っててね、ネロ。すぐ戻ってくるから」
私はネロに声をかけて外に飛び出すと、アンナを追いかけた。
「待って! 待って、アンナ!」
路地裏に入りかけていたアンナが振り返った。
「レイラ……」
その顔は、怯えているように見えた。
「ど、どうしたの? 子供は早く帰って寝なさい」
焦ったように言う。
「忘れものがあるんじゃないの? アンナ」
「わ、忘れもの? なんのことかしら?」
「ネロを……。ネロを連れていかなくてもいいの?」
私は真っ直ぐにアンナを見つめて尋ねた。
「い、嫌だわ。店に子供なんて連れていけるわけないじゃない。何を言ってるのよ、レイラ」
私は懇願するように、もう一度尋ねた。
「私は連れていかなくてもいいわ。ネロだけでいいのよ」
「だ、だから子供を連れていけるわけないでしょ? 変な子ね」
怒りなのか悲しみなのか分からない涙が溢れた。
嗚咽がもれそうになるのを堪えながら、私はアンナにもう一度確認した。
「それで……本当にいいのね?」
「……」
アンナはばつが悪そうに目をそらしてから答えた。
「ええ。……いいわ」
ポロポロと堪えていた涙が頬を流れた。
「あなたは……強くなったわね、レイラ。私は……私はあなたのように強くないの」
「……」
「ネロが一人で不安になってるわ。早く帰ってあげて。あなたがいれば大丈夫よ。ネロのことを……。ネロのことをお願いね、レイラ」
アンナはそれだけ言うと、もう振り向きもせずに行ってしまった。
私は溢れる涙もそのままに、ただ黙ってその後ろ姿を見送った。
それっきり。
アンナは二度と帰って来なかった。
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※現在のレイラの所持金
前日残金 2540
アンナにもらったお金 10
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2550ルッコラ
次話タイトルは「試作品完成」です




