13、マッチ売りの美少女
「マッチはいりませんか? マッチを買って下さい」
「オシャレなバケツはどうですか? 村一番の細工師の作ったバケツです」
私とネロは大通りに出て、道行く人々に声をかけた。
しかし思いのほか誰も立ち止まってくれない。
たまに立ち止まった人も「マッチが100ルッコラだって? 冗談じゃないよ」と怒って行ってしまう。
「ダメだわ。全然売れない」
時々「わあ、マッチがこんな可愛いケースに入ってるの?」と見つめていく子供もいたが、値段を聞くと首を振って立ち去ってしまう。
「通りを歩いてる人は平民街の人がほとんどだからね。気に入っても平民には100ルッコラは出せないんだと思う」
ネロはしょんぼりと肩を落とした。
「じゃあ貴族は? 貴族はどこにいるの?」
このマッチケースは娯楽品だ。
お金に余裕のある貴族なら買ってくれるはずだ。
「貴族はほら、あそこ」
ネロの指差したのは、通りを行く馬車だった。
「貴族は馬車に乗って移動するんだ」
そうか。考えてみれば貴族が街中をウロウロ歩いているはずもなかった。
「じゃあ馬車を呼び止めればいいのね」
私は通り過ぎる馬車をタクシーのごとく手を振って止めようとした。
だけど「バカヤロー! 馬車の前に飛び出してんじゃないぞ、ガキ!」と御車の男に怒鳴られて危うく轢かれそうになった。
せっかくの美貌も遠目にはボロ服を着た貧民の子供にしか見えず、美少女だから売れるというものでもなかった。考えが甘かった。
美少女には誰もが親切にしてくれると思ってたが、それは身分の垣根を越えるものではなかった。貴族から見れば、美少女もブスもただの貧民の子供なのだ。
「困ったわ。これじゃあ一つも売れないじゃない。どこか貴族が馬車を止める場所はないの?」
ネロは少し考えて、思いついたように声を上げた。
「そうだ。この一つ向こうの通りに、貴族の間でも人気の『ロリポップ』っていうキャンディー屋さんがあるんだ。平民の店なんだけど、いつも貴族の馬車が並んで待ってる」
「それだわ!!」
私とネロはさっそくその『ロリポップ』に行ってみた。
「わあ……かわいい……」
ドールハウスにしたくなるような、赤レンガに白い格子窓のお店があった。
店内には色とりどりのキャンディーが入った大きなガラス瓶が並んでいるのが見える。
白いフリルのエプロンをつけた売り子が、貴族の令嬢の注文を聞いてキャンディーを取り分けている。
そしてネロの言ったとおり、メルヘンチックな店の前に馬車がずらりと並んでいた。
次々にフリルたっぷりのドレスを着た少女が降りて店内に入っていく。
ピンクやオレンジの華やかな色のドレスに、くどいほどのフリルがついている。ふんわり膨らませたスカートの裾からは質のいいレースが幾重にも見えていて、白いタイツと布で出来たバレエのトウシューズのようなものを履いている。
貴族は私のような木靴ではないのだ。
頭には赤ちゃんがお宮参りにかぶるような帽子が、これまたフリルたっぷりに首元でリボン結びになっている。
「これが貴族……」
通りを行く平民もおしりを膨らませて変な恰好をしているが、貴族はもっと時代がかっていた。
しかも子供だけかと思ったら母親らしき女性たちもフリルだらけだ。
ちょっと悪趣味なほどのフリル祭りだ。
中には馬車から店までの五歩ほどの距離にレースだらけの日傘をさしている者もいる。
装飾過多、無駄の凝縮、無意味の連続。
そこに使う無駄なお金を貧民街の子供のパンに代えてくれたらいいのに。
もうすぐ昼時のせいか、お腹がぐうと鳴った。
朝方、重いジュラルミンケースをネロの秘密の場所に隠すため家に帰ってみたが、もちろん朝ごはんなど用意されてなかった。ヨハンは酒ビンを転がして眠りこけていて、母親の姿もなかった。子供が夜中にいなくても気付くことさえない破滅的な家だった。
私とネロはゆうべスランにもらったパンが最後の食事だった。
私はその後ホットミルクももらったから、ネロの方が空腹は激しいだろう。
色とりどりのキャンディー瓶であふれる店内を外から羨ましそうに見つめていた。
お店の中からは大きな紙包みを抱えて嬉しそうに母親と出てくる少女たちが、馬車に乗って去っていく。
私は前世で絶望的なブスではあったものの、温かい両親の元でそれなりに幸せな子供時代を過ごしたからいいけど、ネロはどれほどの思いでこの光景を見ているのだろう。
それを考えると切なくなった。
「ネロ、私がいつか両手で抱えきれないぐらいのキャンディーを買ってあげるからね」
「え?」
私が言うと、ネロは驚いた顔をしてから淋しげに笑った。
「お姉ちゃんってば、昨日から大きなことばっかり言って。この『ロリポップ』のキャンディーは一粒が20ルッコラもするらしいよ。パンが二十個買えるよ」
「えっ! そうなの?」
20ルッコラでアメ一粒。パンが二十個。ばらのマッチが二十本。
それが同じ価値?
うーん、よく分からない価値基準だ。
アメ高過ぎない?
でもとにかく一粒20ルッコラってことは、五粒で100ルッコラだ。
アメ五粒とこのマッチのケースなら充分戦える。
「よし! 行ってくるわ。ネロはここで待ってて」
私はネロをお店から少し離れた場所に残して駆け出した。
次話タイトルは「令嬢、サンドラ」です




